第14話 アマゾネス・エルフの女王

 こ、このメスエロガッパどもがぁ!

 お前らなんぞに、妾のエルを拐わせてなるものかよ!

 情欲に目をギラつかせる連中を一掃すべく、魔力を集中しようとした時、エルが自らアマゾネス・エルフ達の方へ一歩踏み出した。


「わかりました、僕が行けば他の人達には危害は加えないんですね」

「ふふっ……ええ、もちろんです」

 美少女然とした風貌ながらも、毅然とした態度で言い放つエルを見て、リーダー格は頬を染めながら確約する。

 おいおい、ちょっと待たぬか!

 妾はエルの肩を捕まえ、どういうつもりか問い質す!


「見ての通り、僕達以外は怪我人と非戦闘員だけです。戦いになってそちらを狙われたらフォローしきれないし、ここは戦闘を避けるべきだと思うんです」

 エルの言い分は解る。しかし、それは非戦闘員が仲間だったら・・・・・・の話であろう?

 見ず知らずの連中のために、エルが犠牲になる事はないだろうが!

 だが、彼は小さく首を横に振る。


「この場に僕だけだったら、逃げ出していたかも知れません。でも、アルトさんは『貴族』じゃないですか」

 「貴族」という所を強調して、エルは妾を見つめる。

「『貴族には貴族の果たすべき義務がある』……そうでしょう?」

 『貴族ゆえの義務と責任』というやつか……。

 確しかに、魔王の娘である妾には、国民を守る義務がある。しかし、自分の民でもない者にそれ・・を感じる必要はないのだが……。

「弱き者を守る! アルトさんには、そんな格好いい……憧れるような貴族でいてほしいんです。その為には、僕だって体を張りますよ!」

 そんな奇特な貴族なんておらん! そう言ってやりたかったが……。

 なんというか、キラキラした瞳でそんなん言われたら、反論なんてできる訳がないではないか! ズルいぞ!


 くぅ……エルの気持ちを立てて犠牲無しで事を収めるなら、確かに今はアマゾネス・エルフの好きにさせておくしかない。

 だが、一度エルを拐われてしまえば、この広大な『緑の帯』のどこにあるかも解らない、やつらの集落から救いだす事は不可能だろう。


 どうする……あ、そうだ。

 エルの代わりに、骨夫を差し出したらダメだろうか?

 ふとそんな代替え案が浮かんだ時、エルがある作戦について耳打ちをしてきた……。


「なるほど、そういう事か……」

「それじゃ、計画通りに……」

 エルからの策を聞き、それに乗った妾達はひとつ頷いて彼を見送る。

「仲間との別れは済みましたか?」

「ええ。ですから、約束通り他の人達には危害は加えないでください」

「もちろんです。では、参りましょう」

 アマゾネス・エルフのリーダーは、エルをスッとお姫様抱っこで持ち上げると、味見とばかりにその頬に舌を這わせた。

 こ、こやつっっ!


「くっ……」

 思わず炎の魔法をブチ込んでやりそうになったが、骨夫になだめられて何とか自制する。

 おのれ……それ以上やったらただでは済まさんからな!


「アルトさん! 骨夫さん! 皆さんの事、よろしくお願いします!」

「わかった!お主も綺麗な体のままでいるんだぞ!」

 返事を返した妾を、リーダー格はにやけ面でチラ見する。

 あ、完全に妾にケンカ売ってるな。

 覚えておけ! その勝ち誇った表情……絶対に敗北感で曇らせてやるからな!


 エルを抱いたリーダー格を筆頭に、次々とアマゾネス・エルフ達は大森林の奥へと姿を消し、やがて奴等の気配が完全に無くなった。

 それを確認してから、馬車の御者達にも手伝わせて護衛の冒険者やくたたず達を回復、あるいは荷物を奪われスペースの空いた荷台に乗せて、妾は命令を下す!

「よぉし!とっとと『緑の帯』を抜けて、安全圏までたどり着くぞ!」

 他の外敵から襲撃された際に、速攻で迎撃出来るよう先頭車両で警戒しながらも、拐われたエルに想いを馳せる。

 無事でおれよ、エル……。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ふぅ……。

 僕を抱き抱えたままだというのに、アマゾネス・エルフのリーダーは風を切って森の中を突き進んで行く。

 ほとんど地上に降りずに、大樹の枝から枝へと跳び移り進む彼女達の身体能力には、正直驚かされてしまう。


 チラリと地上を見れば、彼女達が略奪した荷物をくくりつけられた巨体の狼が十数頭、僕らの後にピッタリと着いてきている。

 どうやら、僕らが作戦会議をしている間に呼び寄せた使い魔か何かみたいだな……。

 こんなかくし球がある以上、やはりあの場で戦わなかったのは正解だった。


 でも、アルトさんには悪い事をしたかもしれない。

 無理矢理『貴族の……』何て言ったけど、どう見ても僕のわがままに付き合ってもらった形だもんな……。

 でも勇者の子孫として……いや、それとは別にしても、助けられる人を見捨てるなんて事はできなかったんだ。


「ところで、貴方はエルと呼ばれていましたね」

 考え事をしていると、僕を抱きかかえたエルフのリーダーが声をかけてきた。

「愛称ではなく、本当の名前……フルネームは何というんですか?」

「……エルトニクス、です。姓はありません。うちは平民の家系なので」

「平民……」

 何か納得がいかなかったのか、リーダーは思案するように呟く。

 むむ、まさか勇者の力はバレてないと思うけれど。


(主さまぁ、隠蔽の力は発動してるから大丈夫だと思うけど、エルフは魔族以上に魔力感知に長けてるから気をつけてね!)

 念話で語りかけてきたハミィの言葉に頷き、僕は何とか彼女の気をそらすために質問を返した。


「そ、そういえば、貴女の名前をまだ聞いてませんでした」

「ああ、確かに。これは失礼をしました」

 こほんと小さく咳払いをしてから、彼女は名乗る。

「私の名はカトス・イプレアロ。カートと呼んでください」

 そう名乗った彼女は、ニッコリと優しく笑みを浮かべた。

 うう、流石はエルフ……すごく綺麗な微笑みだ。

 だが、その笑顔もすぐに欲望にまみれた物に変わる。


「うふふふふふふふ……エルは色々と初めてですよね。たくさん、たぁくさん可愛がって、私無しではいられなくしてあげます♥」

 その獣欲に満ちた瞳で見据えられ、ゾワリ背中に悪寒が走る。

 な、何をされるんだろう、僕は……。

 それからしばらくの間、怪しい妄想に浸るカートを刺激しないようにひたすら耐えて、僕達はようやくアマゾネス・エルフの村へとたどり着いた。


「すごい……」

 眼前に広がる光景に、僕は思わず声を漏らしてしまう。

 なんとも大きい、砦みたいな巨大樹を中心に、これまた大きな樹木がそれを囲むように延びている。

 アマゾネス・エルフ達は、その樹のうろを加工して家にしているみたいだった。

 人間界ではまずお目にかかれない状況に、立場も忘れて見とれてしまう。


「さて、まずは女王様と謁見していただきます。そこで貴方の今後の扱いが決まりますので、楽しみにしていなさい」

 僕を地面に下ろしながら、カートが言う。

 アマゾネス・エルフの女王か……一体、どんな女性ひとなんだろうか。


 一緒に乗り合い馬車を襲撃したチームと別れたカートの背中を追いながら、僕はこの村の中心である巨大樹の中を進む。

 すごいな……。この巨大樹をくり貫いて作ってあるにも関わらず、樹自体の生命力は全く衰えていない。

 まるでおのぼりさんみたいにキョロキョロする僕に、すれ違う村のエルフ達は怪訝そうに首を傾げる。

 あ、それもそうか。僕はまだ女の子の格好だった……。

 着替えもないので、トホホと情けない気分を引きずりつつ、僕らはやがて巨大樹のかなり上の方にたどり着く。


「ここが女王様の謁見の間です。粗相の無いように」

 気を引き締めるように、カートがキリッとした顔立ちになる。

 それと同時、僕らの目の前にそびえていた両開きの扉がゆっくりと開いていった。


 ……その部屋の中はかなり広く、余裕で百人以上は収容できそうだ。

 これが樹木の中だなんて、人間界の常識だと信じられない。

 出入口の扉から真っ直ぐ伸びた赤い絨毯は、部屋の中央に位置する階段まで続いており、その階段の上は薄いカーテンで仕切られている。

 その奥にぼんやりと見える玉座と、それに座る人影。

 あれが、女王か……。


 カートと共に階段の下まで進み、そこで片膝を付いて礼をする彼女に習って同じように礼をした。

 伏せた頭の上から、カーテンが開いていく音が聞こえる。いよいよ女王がその姿を表した。


 僕は、玉座に座る人影へと視線を移す。

 金の王冠と上質なマント、炎のような瞳に発達した筋肉、そして毛深い体と「ウホッ」の一声。


「…………ゴリラだ、これー!!」

 思わずツッコんだ僕の声が、部屋中に大きく木霊した!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る