第13話 偽りの姉妹作戦

「ア、アルトさん……やっぱりこんなの無理ですよぉ……」

 涙目で顔を真っ赤にしながら、エルが訴えてくる。

 しかし、断固として言わせてもらう!滅茶苦茶似合っているぞ、と!


 動きの邪魔にならぬ程度にフリルを多目にし、淡いピンクでまとめた可愛らしい服でありながら、軽めの武装に剣を下げさせている。

 一見すれば、どこかの令嬢が冗談で剣士の真似事をしているようにも見えて、どこか微笑ましい。

 そんなエルの女装コンセプトは、ワイルド&キュート!

 因みに妾のコンセプトは、エレガント&ビューティーです。


「骨夫さぁん……」

 たまらずエルは、骨夫に助けを求める。しかし……。

「エルは男の子、エルは男の子、エルは男の子……」

 怪しい光を宿した目でエルを見つめる骨夫は、念仏のように口内でブツブツと唱えながら己の中の何かと戦っていた。


『大丈夫ですよぉ、主様ぁ!ちょー、お似合いですっ!』

「ハミィまで、僕の格好に合わせなくていいよ!」

 唐突に、可愛らしい声が聞こえたかと思えば……なかなかノリがいいな、この魔剣。

 何か骨夫が「お、魔剣おまえ……女だったのか」なんて驚いているが、魔剣に性別は無いと思うぞ。


「うう……アルトさん……」

 味方がいないためか、すがるような表情で妾に助けを求める。

 その顔が情けなくて可愛くて……いかん、何か変な感情が芽生えそうだ。

 しかし、ここは心を鬼にして言わねばなるまい。


「エルよ、いま妾とお前は姉妹・・という設定だ。だから妾の事を呼ぶ時は、『お姉ちゃん』もしくは『お姉さま』と呼ぶように」

 それを聞いて、エルは少し口をパクパクさせていたが、やがて覚悟を決めたのか、おずおずと言葉を口にした。


「お……お姉……ちゃん……」

 はい! お姉ちゃんですよ!

 ぐはぁっ! ヤバイ、ヤバイぞこれは!

 なんとか表面的にはクールに決めていた妾だったが、あまりの愛くるしさにギュッとして、スリスリして、ペロペロしてやりたくなる!

 しかし、なんとかその欲望を抑え込み、妾は女性職員に問い掛けた!


「どうだ、この(超かわいい)エルの姿を見ても『男だからダメよ』と言うつもりか」

 そんな妾の問いかけに女性職員は何も言わず、ただ流れる鼻血を押さえながら『合格』とだけ書かれた札を挙げた。

「マーベラス……とだけ、言わせていただきます。事情を知らずに今の彼を見て、『男』だと判断する方がいれば、頭か目のどちらかが悪いと断言するしかないでしょう」

 なんか、すごいお墨付きをもらった。

 だが、職員はキリッとした顔立ちに戻ると、言葉を続ける。

「ですが、これはあくまでも個人的な話です。これから合流する、護衛を務める複数の冒険者パーティからも許可を得なければ、チケットはお売りできません」

 チッ、やはり固いのぅ。

 だが、その護衛どもに認めさせればよいというなら、話は簡単だ。


 その後、合流した護衛パーティ達だったが、案の定あっさりと『合格』の札を挙げた。

 やはり、かわいいは正義か……。

 かくして、妾達は無事に乗り合い馬車に搭乗することとなり、魔界を目指して出発するのだった。


 ──馬車は、順調に切り開かれた『緑の帯』の中の街道を進む。

 乗り合い馬車なんて言うから、せいぜい幌馬車みたいな物かと思っていたが、中々どうして。

 魔界の騎馬にも採用される六本足の魔馬レッサースレイプニルを四頭立てにして、ホテルの一室をくり貫いてきたような十人乗りの馬車が二台。

 さらに、交易品などの物品を積んだ荷馬車が二台の合計四台。

 それを、冒険者パーティ四組が護衛についた大所帯で移動するのだ。

 ここまでくると、乗り合い馬車というよりは商隊に近いな。

 実際、客が乗っていなくても物資の運搬は常に行われるとの事なので、どちらかといえば人の方がついでなのだろう。


「わぁ……」

 馬車の窓から外を見ていたエルが、時おり見える珍しい動植物に興味深そうな声を漏らす。

 そんなエルを横目に、妾は車内を見回した。

 アマゾネス・エルフの襲撃を考慮しているため、乗客は女ばかりであるが、魔族が四人に人間が三人、そして妾達で定員の十人だ。

 外敵からの不安こそ少し有りそうだが、乗客同士は和気あいあいと会話を交わしている。

 妾達の事もただの美人姉妹と思っているようだし、作戦はうまくいきそうだ。


 ……だが、こうしていると思い知らされる。本当に平和なのだな、と。

 妾が眠りに着く前、つまりは父上が封印される前までは、人間と魔族は血みどろの戦いを繰り広げていた。

 だが、目覚めてからの世界は、両者がにこやかに笑いあっている姿が普通で、違和感というか感覚のズレを嫌が応にも覚えてしまう。

 しかし……問題なのは、その平和を妾は嫌いではないという事だ。


 父上を復活させる事に迷いはない。が、その事で結果的にはこの平和が破られるかもしれない。

 その時、妾は……。

 ふと、隣のエルに目をやる。

 ひょっとしたら、この子とも敵対するかもしれない……そんなことを思った時、胸の奥がズキッと痛む感覚を覚えた。


「どうしたんですか、アル……お姉ちゃん?」

 妾の様子に気付いたエルが、声をかけてくる。

「うむ……大丈夫だ……」

 何と答えて良いか解らず、心配そうなエルの頭をそっと撫でた。

 そうだ、いま悩んでも仕方がない。だが、この子との約束だけはしっかり守ってやらないとな……。

 あと、馬車に酔って真っ青になってる骨夫は、後で少しシメてやらねばなるまい。

 そう心に誓いながら、妾達は流れる景色を眺めていた。


 それから小一時間ほど経って、なんとなく吹っ切れない気持ちを抱えたまま馬車に揺られていた時に、事件は起こった!

 突然、空気を切り裂くような笛の音が鳴り響き、敵の襲撃を伝える!

 お約束というかなんと言うか……来てしまったようだな、アマゾネス・エルフ!


「皆さん、只今アマゾネス・エルフの襲撃を受けていますが落ち着いてください!」

 御者台の方から、乗客を安心させるように女性の声がかかる。

「護衛の冒険者達が迎撃に移っていますので、間もなく戦闘は終了します。ですから、パニックにならずに冷静にお待ちください」

 ほう、中々手際が良さそうだな……どれ、お手並み拝見といくか。

 そう思い、窓から様子を伺おうとする。と、その時、再び御者台から声がかかった。


「……申し訳ありません、護衛が全滅しました」

 早っ! そして弱っ!

 い、いや……アマゾネス・エルフが、予想以上に強かったパターンか?

 どちらにしろ、このままではやられるだけだ。

「妾達がアマゾネス・エルフの相手をする! お主らは、決して馬車から出るでないぞ!」

 乗客達に念を押して、妾とエル、そして馬車酔い中の骨夫が飛び出した!


 外に出て状況が知れると、なるほど流石に地の利は向こうに有ることがよく解る。

 馬車の進路を塞ぐように四人、そして退路を絶つべく三人が弓を構えていた。

 さらに回りの樹の上からも無数の矢先がこちらに向けられていて、一見すれば逃げ場など無くなっている。


「あら、まだ護衛の戦士がいらっしゃったんですね……」

 警戒する妾達の前に、一人のアマゾネス・エルフが歩み出てきた。

 その名称からどんなゴリウーかと思えば、意外にも普通のエルフとベースは変わらない。

 少し日焼けした肌に艶のある髪をなびかせ、優雅な仕草で妾達の前に立つ。

 しかし、丸みを帯びつつも筋肉質な体付きは、魔法を得意とする通常のエルフとは思えぬほど生気に満ちている。

 さらに、全員が弓以外にも山刀などを帯びていて、接近戦もお手の物であることを匂わせていた。


「安心してくださいな、他の護衛の方々も死んではいませんわ」

 確かに、何か薬品が付いた矢で射られたらしく、倒れている冒険者達は皆ピクピクと痙攣している。

「無駄な抵抗は止めて、素直に荷物を差し出せばこれ以上は……あら?」

 リーダー格らしいアマゾネス・エルフが唐突に言葉を止めて、スンスンと鼻を鳴らす。

「そちらのお嬢さん……あなた……」

 エルの方を向きながら、もう一度リーダー格は鼻を鳴らした。


「驚いたわ……。あな、男の子なのね!」

 リーダー格の言葉に、他のアマゾネス・エルフもザワリと色めき立つ。

 こ、こいつ! まさか匂いで性別を見抜くとは!

「あらまぁ、困ったわぁ……」

 嬉しそうに腰をくねらせながら、リーダー格はエルを見据える。

「これは荷物だけじゃなくて、この子も頂いていかないと帰れないわねぇ……」

 その言葉に同意するかのように、この場のアマゾネス・エルフ全てが、端正な顔立ちを肉食獣のように歪めて獲物エルにねっとりとした視線を向けていた。

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