第7話 少年の実力
妾の野生(イメージは猫)が告げている!
この少年には、何かあると!
そんな目の前の少年は、上気した頬と潤んだ瞳で妾を見つめ……って、んん?
ひょっとしてこれ、妾に魅了されてない?
……あー、はいはい。
つまりはあれか、妾に魅了された少年が醸し出す
んん、こんないたいけな少年も誘惑してしまったか……。
まぁ無理もない。
魔界までの随一と言われた妾の美しさの前には、純粋で免疫の無い少年が虜になるのも仕方がない事よな。
ふふ……罪作りな妾の美しさが怖い……。
「おう、いい女がいるじゃねぇか!」
不意に割り込んできた下卑た台詞に、妾の思考が中断される。
なんじゃ、一体。
見れば、いかにもチンピラでございますと言わんばかりな風体の男達が、五人ほどで妾を取り巻くように見下ろしていた。
ふぅ……騒ぎを起こしたくはないから大人しくしておくが、普通ならもう死んでるぞ、お主ら。
「ほぅ、魔族のねーちゃんかよ。ちょうどいいや、俺達に付き合わねー……」
「失せろ」
何がちょうどいいのか知らんが、この手のチンピラに色々と言っても無駄なので、ただ一言で切って捨てる。
「っの……なにお高くとまってんだ、こら!」
チンピラの一人が、わかりやすいくらいに大声を出す。激昂したのか、脅すつもりなのかは知らぬが無駄な事を。
しかし、無視する妾に対して怯えているとでも勘違いしたのか、チンピラの伸ばした手が妾の肩に触れた。
よし、死刑。
魔力を練り上げ、目の前の下等生物どもを焼こうとした時、
「そちらのお姉さんが迷惑がってます。手を引いてもらえませんか?」
いつの間に回り込んだのだろう、妾の目にも写らなかった……。
この少年、ただ者ではないのか……?
「すっこんでろ、ガキがっ!」
だが、それを彼が軽くガードすると、チンピラは悲鳴をあげてのたうち回った。
一瞬、因縁をつけるための演技かと思ったが、どうやら本気で折れているらしい。
他のチンピラが呆気に取られているのと同時に動いた少年は、瞬く間に残りの連中もねじ伏せる!
その動きは見事な物で、妾ですら目で追うのがやっとだった。
「ちょっかいを出すなら、相手を選んだ方がいいですよ。もっと酷い目に合う所だったんですから……」
そう言って、少年はチラリと妾の方を見る。
フッ……見抜いておったか。やはりできるな、この少年……。
「おいおい、お前ら。なーにやってんだ、まったく!」
と、横合いから呆れたような声色で、一人の男が近づいてきた。
割り込んできた男の姿に、地面に転がるチンピラ達の顔がパッと輝く。
そんな連中を見下ろし、ため息を吐いた男は妾と少年に向かって自己紹介を始めようとする。
「俺は……」
「たしか、ラライル組のウルフ・三郎さん……ですよね」
「ほぅ……さすがは話題の少年剣士。俺の事は知っていたか」
…………え、なに?
この少年とチンピラ大将って、それなりに有名人なの?
何せ妾は今日この街に来たばかりだから、事情に疎い。
だから、そっと少年に耳打ちするように説明を求めた。
「あ、あのウルフ・三郎って人はラライル組っていう冒険者パーティの一員なんです……」
顔を赤らめながら少年が説明してくれた所によると、王国から離れたこの街は冒険者ギルドに登録している各パーティで、魔物や魔獣といった外敵を防いでいるらしい。
で、ラライル組というのはギルド内でも上位のパーティで、目の前のウルフ・三郎はそこのエースだとか。
外敵からの防衛という強みがあるだけに、こうやって調子に乗ったチンピラまがいの真似をする奴等も出てきているという訳か……。
「で、そっちの小僧は二、三日前から挑戦者を集めて実力アピールしてやがったよな。パーティを組もうってのか、ギルドに売り込もうってのか知らんが、目障りになってきたんで、ここで潰させてもらうぜ」
ふむう、つまりは古参と新参の勢力争いみたいな物だな。
どちらかと言えば、妾は少年を応援するが。
「僕は、この街に根をはるつもりは無いんですけどね……」
反論する少年の言葉を、三郎は鼻で笑う。
「魔法剣を賞品にチラつかせて、アピールしてる奴の台詞じゃねーな」
『誰が賞品だ、無礼者』
揶揄した三郎に、突然反論した声が響き全員がビクリとした。
『我は、主殿以外に忠義を尽くすつもりはない。口を慎め』
剣が……話している?
これはまさか……生きている剣だというのか!?
さすがの妾も、神器クラスのアイテムの出現に面食らってしまう。
だが、三郎どもの衝撃はそれ以上だろうか。
「お……おいおい、すげぇじゃねぇか……」
ゴクリと息を飲んで、三郎は汗を拭う。
「どうだ、小僧。その剣と女を置いていくなら見逃してやるぞ?」
こら、どさくさ紛れに妾を一緒にするな。
まぁ、妾が神器クラスの希少価値だと言うのは認めるが。
『主殿が我を譲渡するハズが無いんですけお! 主殿、この無礼者を斬らせてくだち!』
怒りのあまりか、変な物言いで剣は少年に迫るが、彼は落ち着いた様子でポンポンと宥めた。
「落ち着きなよ、ハミィ。あんな見え見えの挑発に乗ることはないよ」
むぅ……この少年は、どれだけ修羅場をくぐっているのだろう。
この落ち着き様は、年相応の反応ではない。
「親切心で言ってやったのによぉ……」
そんな少年の様子に三郎も警戒したのか、初めから全力でいくようだ。
その証拠に、奴の体から一気に闘気が吹き上がる!
そして、それと同時に三郎の姿に変化が現れた! これは、まさか……。
「これが俺様のぉ、真の姿だぁ!」
狼にも似た人外の姿に変化して、雄叫びをあげる三郎!
間違いない、奴は『獣魔族』!
それは、獣の特性を持つ魔族の総称。
メジャーな所では、目の前の三郎みたいな人狼や人狐等があげられ、普段は人間や普通の魔族の姿をしている者も多い。
特徴として、魔力は並みの魔族より弱いものの、身体能力ではそれらを遥かに凌駕する恐ろしい存在だ。
「小僧とは言え……ぶぉっ!」
あ。
正体を現し、何か言おうとした三郎の腹に少年の拳が突き刺さる。
そしてそのまま、三郎は吐瀉物を撒き散らしながら、地面に崩れ落ちていった。
って、おいぃっ! せっかく妾が獣魔族の恐ろしさを説いたのに、もう終わり!?
空気を読まずに不意討ちした少年を責めるべきか、不意討ちとはいえ一撃で沈んだ三郎を責めるべきか!?
唐突すぎて、判断に迷うではないかっ!
……いや、ここは人狼を一撃で沈めた少年の技量を誉めるべきであろうな。
人間なのに、見事と言う他ない。
「上位パーティのエースだと聞いてたから、少し期待してたんだけどな……」
『こやつ程度の腕では、主殿の仲間として力不足ですよ』
ふと、少年と魔剣の会話が耳に届く。
なんと……こやつらも仲間を探しておるのか?
念のため、こっそりと少年の魔力を探ってみるも、彼からは
つまり、あの
なればこの少年を妾の元に引き込めば、奴等に対する切り札となり得るかもしれない。
なにせ獣魔族を一撃で沈める程の逸材だからな……。見た目も妾好みだし。
「し、少年……」
「うわっ、なんスかこりゃ!」
妾が彼に呼び掛けようとしたちょうどその時、買い物を終えてきた骨夫がひょっこり姿を現した。
お前、今頃……。
「うわあぁっ! 魔物だあぁっ!」
骨夫の姿を見た少年が、突然叫びながら飛び込んで来て骨夫の顔面に殴りかかった!
ほ、骨夫ーっ!
「デジャブッ!」
悲鳴を上げながら吹っ飛ぶ骨夫!
地面に数回バウンドしながら転がって、ガクリと力なく倒れ付す。
し、死ぬな、骨夫っ! いや、死んでるんだけど!
その後、止めを刺そうとする少年をなんとか抑え、骨夫が妾の連れであることを告げてようやく宥める事ができた。
な、なんなんだ、この少年は……。
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