第15話 優柔不断なやつはお金の価値を知らないやつだ

「お、すげぇ人がいるなぁ。砂糖にたかってるアリみてぇだ」


「なんかもうちょっといい表現はないの」


俺たちは何とかライブ始まりの五分前にライブハウスへ到着することに成功した。


音楽に興味ない俺でも名前は聞いたことがあるくらいのバンドのライブだ。当然会場内はそのファンの人たちで埋め尽くされていた。


なんか見てるだけで体が熱くなってくる光景だな。


俺たちはライブ会場に入ると近くにいたスタッフにチュウヤからもらったチケットを見せた。すると俺たちを先導して席まで案内してくれた。


「うわ、ステージの真ん前だよ。すごいね」


「あ、ああ確かにこれはすごいな」


美紀がステージの近さに感動する中、俺はステージの装飾の派手さに驚いていた。なんだこれ、ロックなのかファンシーなのかよくわからん。なんかかっこいいと思うものとかわいいと思うものをいっぺんに突っ込んだみてぇなセットだな。


まだ始まる前なのだが、会場内の空気は重い。


ってか後ろにいるファンたちの圧がすごい。なんかファンでも何でもない俺がここにいるのはかなりの罪悪感があるな。


後ろから感じる静かな圧に耐えること数分、突然会場の照明が一斉に消された。


「お」


「みんなー」


スピーカー越しに聞こえるバンドメンバーの声。それを聞いた会場の観客たちは


「きゃぁああああああああああああああああああああ」


悲鳴を上げた。


鼓膜が破れそうだ。


消えた照明が再び点くと、セットには四人のメンバーがそれぞれ担当の楽器を持って立っていた。


「マサトさまぁああああ」「タイチくぅうううううん」「レカルドさまぁあああああああ」「アカネぇええええええええええ」


それからしばらく俺はメンバーのすごさよりもセントラルタワーファンのすごさに圧倒されていた。


このバンドよりも周りのファンの方が実はすごいんじゃないのか。いろんな意味で。


その後セントラルタワーは五曲の曲を披露した。残念ながら俺が知っていたのは一曲だけだった。


どうやら美紀が好きなメンバーはマサトとと呼ばれているベースのメンバーらしい。一番マサトからのレスポンスに答えていた。


「今日はみんな見に来てくれてありがとう。愛してるよぉおおおお」


「きゃあああああああああああああ」


最後はお決まりの文句でこのライブは締めくくられた。


「すごかった、すごかったよね、よね、よね」


「あ、ああ」


ライブが終わっても美紀の興奮は上がったままだ。まあ、他のファンにも美紀のようになってる奴が少なくない数いたみたいだが。


セガ高に戻る途中、俺はセントラルタワーについて美紀の力説をずっと聞かされ続けていた。


「セントラルタワーのメンバーってみんなヒューマンタグがそこまで高くないんだよ。チームリーダーのマサトなんてヒューマンタグは平均とほとんど変わらないんだって」


「え、それでこんな人気になってんのか」


芸術関係はヒューマンタグが一番反映されにくいとされているが、それでも有名な歌手や画家のほとんどが\百万越えのかなり高いヒューマンタグを持っている。恐らく、芸術活動しているほとんどの人間は平均より高いヒューマンタグを持っているはずだ。それが、平均的なヒューマンタグで有名な曲を世に出した人間がいるなんて。


「そうだよ、すごくない」


「確かに、すごい」


「そうなんだよ、すごいんだよ。セントラルタワーを一躍有名にしたのがタグ・グレイブって曲なんだけど」


「ああ、それ知ってる。さっきやってたやつだよな」


確か、美紀のスマホで聞いていたのもその曲だった気がする。


「そうそう、それが音楽の有名な賞で表彰されたときに、お立ち台でマサトがヒューマンタグが低くても夢を諦めるな、諦めなければヒューマンタグが低くても夢を掴むことができるって、賞でもらった像を掲げて高らかに宣言したんだよ」


「へぇえ、それを堂々と言えるなんてすごいな」


ヒューマンタグに不満を持っている人間はたくさんいる。不満に思っていないのは自分のヒューマンタグが他の人よりもはるかに高い人たちだけだ。それでもみんなヒューマンタグについての不満を堂々とは言っていない。なぜなら、ヒューマンタグが高い人はそれに応じた高い役職に身を置いており、ヒューマンタグに文句を言う事はその人達をみんな敵に回すことだからだ。


そんな大人でもできない事を高校生しかもヒューマンタグが低い彼らが言うなんて。それは確かに人気が出るのも当然とうなずけるな。


「でしょ。それでセントラルタワーの人気に火がついて――」


力説に熱が籠って周りが見えていなかった美紀は角からやって来る人にぶつかってしまった。


「あ、すいません」


「ああ、いえ、こちら……こそ」


ニット帽とマスクで顔を隠したいかにも怪しいグラサン。しかし、グラサンを外して謝るその人の目を見て美紀の表情が固まった。まるで死人でも見たかのように顔を硬直させる美紀はわずかに唇を震わせて言った。


「へ……マサト――」


「シー、シー」


「あ、すいません」


名前を言われた不審者マサトは慌てて自分の口に指を当てて黙るように促した。そのマサトの様子を見て美紀も慌てて口に手を当ててふさいだ。


どうやら本物らしい。ファンでもない俺には全くわからなかったが。


というか、こんな少女漫画な展開現実にあるんだな。


「あれ、君ライブで最前席にいてくれた子だよね」


「あ、覚えててくれたんですか」


俺たちがいたのはライブの最前席、あれだけ観客がいたとしても覚えられていておかしくはないが。


「当然だよ。ファンの顔は忘れないよ」


「キャー」


本当かよ。俺も隣にいたんだが。


それにしても何だろう何か違和感のようなものを感じる。ライブではベースでクールなイメージがあったし、美紀の話を聞くとファンとの交流を大事にすると言うより自分の世界を大事にしてあんまりファンとか周りには関わらない人だと思ってた。


そのイメージとのギャップのせいか。


「あ、そうだ、よかったらこれから僕と一緒に食事でもどう。近くのホテルにランチを予約しているんだ。一緒に食べる予定だった友人が突然体調を崩しちゃってね」


「え、どうして私達と」


「ライブの感想を聞くためさ。ファンの意見は大事だからね。特に君みたいにかわいい女の子の感想は特に……ね」


「っ」


頬を赤くする美紀を見て俺はイラっとした。


俺と美紀は付き合っていないし、これからっもそういう風になる気はない。仲の良い幼馴染としてこれからも付き合っていきたいと思っている。だからといって美紀に男が言い寄るのを見ていい気はしない。


「あ、でも……」


いい気はしない、いい気はしないが……俺を見つめてくるこの目にダメだともいえない。


「別に構わねえよ」


そう言うと、美紀の顔が花が咲いたようにパッと明るくなった。


まあ、好きな歌手と出会えたんだ。舞い上がるのも当然だろう。


「じゃあ一緒に」


「ああ、ごめん。ランチは二人で予約してるんだ。だから一人しか連れていけないんだ……」


「え、そんな……」


せっかく明るくなった美紀の顔が曇ってしまった。


仕方ない、元々美紀のためにイーフェスに来たんだ。美紀が楽しくなければ本末転倒だ。


「行ってきな、有名人と一緒にランチなんてこれを逃したらもう一生ないぞ。飯はまた今度おごってやるから」


「でも……」


しばらく悩んだようだが、美紀はしばらく俺の顔を見ると頷いて、マサトに付いて行った


「じゃあ、またね」


「ああ。またな」


マサトに連れられ歩道を渡った美紀の背中を見送った後、俺はそのまま自分の家に帰ることにした。俺がここにいるのはイーフェスに来たかったからじゃなく、ただ美紀に誘われただけだからな。


この日を最後に俺が美紀と会うことはなかった。


後日美紀の家族は他の地区へ引っ越しをしたと担任から聞かされた俺は訳が分からず、美紀のスマホへ電話をかけたが着信拒否。意味の分からないまま日々が過ぎて行ったある日、俺は美紀の引っ越しの原因をテレビのニュースで知った。


『セントラルタワーのメンバー全員強姦未遂で逮捕』


どういう、ことだ………………


セントラルタワーのメンバーはライブ中にファンを物色し気に入ったファンを食事に誘っていた。それだけでも有名バンドには中々の問題だがセントラルのメンバーは食事に睡眠薬を混入、寝ている間にファンをロープで縛り、行為に及んでいるところをビデオカメラで撮っていたらしい。


中には撮影した映像で脅しても事実を公表しようとしたファンもいたそうだが、セントラルのクソどもは他のファンにそのファンがストーカーで無理やりホテルに連れ込まれたとありもしない情報を流して自分たちの手を汚さず他のファンにそのファンを攻撃させたらしい。他のファンからの壮絶ないじめに公表しようとしたファンも耐えきれず結局今までこの悪事が露呈することはなかったのだ。


これが俺の元から美紀がいなくなった理由だった。


「は、はは、あはははははははははははははははははははははは」


あいつとは違う、怒り、憎しみ汚泥みたいな粘っこい感情に塗りつくされた薄汚い笑顔。


俺はこの日、壊れた。


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