第14話 選択を軽んじるのはお金をどぶに捨てるようなものだ

午前九時五十分。集合時間よりも十分早く、俺はセガ高近くにある公園に到着した。


俺はそこまで時間にきっちりしているわけではないが、普段教師たちに十分前行動が基本、十分前行動は人として当たり前と耳にタコが出来るほど聞かされているせいか自然と俺は集合場所に十分前ぐらいは着くように家を出るようになっていた。


といっても、美紀はいつも約束の時間に十分ぐらいは遅れて来るから時間通りに行っても問題ない……と思っていたのだが、


「もう、遅いよ~」


遅刻魔、というか時間に多少ルーズであるはずの美紀が俺よりも早く公園中央にある時計の下に到着していた。


「遅刻したから今日のお昼はブツのおごりね」


美紀にそう言われて美紀の後ろにある時計を見上げて見るが、俺のスマホと同じく十時少し前で短針が止まっていた。


「待て、俺は遅刻していないぞ。ほら」


美紀に俺のスマホの画面を見せるが、美紀は俺の事を不満げに見るばかりでスマホの画面を見ようとしなかった。


「女の子を待たせたら、遅刻なんだよ」


「なんだ、その男だけに不利なローカルルールは」


「むう」


頬を膨らませる美紀を見て俺はこれ以上の言い合いは無意味であると諦めた。


「はあ、わかったよ。昼ぐらいおごってやるよ」


「やったあ」


見てくれはうちの高校でも一、二を争うほどに整っている美紀だ。そんな奴と近くの高校の文化祭を見に行くなんて、小さいころからの知り合いじゃなきゃ、緊張でどぎまぎしていたかもしれない。


俺たちは、とりあえずセガ高に向かって校内でやっている出し物を見て回った。


東地区を挙げた祭りと言っても元は一高校の文化祭。出し物の多くはセガ高の中で催している。


もちろん高校の外でやっている出し物もあるが、とりあえずは量を見ようと多くの出し物が開かれているセガ高を回ることになったのだ。


「はあ、面白かったね」


「まあ、そうだな」


俺たちがセガ高に入って最初に見た出し物は寄生虫アニスの冒険という中々エキゾチックな絵本の朗読劇だった。中々危険な香りのするタイトルだったが、実際に聞いてみるとよく作られており、ラストの宿主を守るために寄生していたアニスが命を落とす場面はグッとくるものがあった。


「ねえ、ブツ。そろそろお昼にしようか」


スマホを確認すると午後十二時を少し過ぎたころだった。昼飯を食うにはちょうどいい時間だ。家を出る直前に飯を食ってきたので俺はまだそれほど腹を空いていなかったが、いつもより早く来ていた美紀はもう空いているかもしれない。


「そうだな」


俺はうなずいて美紀の空腹を回復させることにした。


「じゃあ、どれにしようかな」


俺がうなずくと美紀は手に持っていたセガ高に入ってすぐもらった各クラスの出し物とセガ高内の地図が載ったパンフレットを開いてにらめっこをし始めた。


「なにおごってもらおうかな~」


忘れていたが俺は美紀の謎ルールで罰としておごることが決定していたのだった。


「あんま高いのはやめろよ」


「うーん」


俺の言葉も真剣モードに入った美紀には届かなかった。


美紀は眉を寄せて真面目な顔でパンフレットを凝視していた。


「時間、かかりそうだな」


大体のことはノリと勢いで決めてしまう美紀だが、こと食いもんに関しては他の奴が引くぐらい真剣に悩む。


美紀いわく、大抵のことは失敗してもやり直しが効くが食事だけは食べられる回数が人それぞれ決まっているから、真剣に考えなくてはいけないのだと言う。


それだけ真剣に他の事にも向き合っていれば、ヒューマンタグももっと上がるだろうに。


美紀のヒューマンタグは俺の\八万より少し低い、\七万。まあそれでも、平均よりは高いのだが……


「まだ決まらないのか」


「ちょっと待ってよ」


すでに昼飯を食うと決めてから十分経過。さすがの俺も腹が空いてきた。


どうせ俺のおごりだしいっそのこと俺が決めようかと思っていると、見知った顔が俺たちに話しかけてきた。


「あれ、ブツじゃねえか」


平均的な身長に着崩した制服。そしてなにより若干まぶしさを感じる染めた金髪。間違いない、というか間違えようがない。こいつは俺の数少ない友達、


「あん、ああ、チュウヤか」


島原 中也(しまばら あたや)。あだ名はチュウヤ。俺の数少ない友達で、見た目はいかついチンピラ風だが中身はケンカ一つしたことのないただの小心者だ。高校デビューに失敗してクラスの腫物みたいになっていたところたまたま縁、というか体育の残り物同士仲良くなった。話してみると以外と馬が合うし、俺と違って空気が読めるチュウヤと話すのは苦が無くていい。それとなく話していれば勝手に調整してくれるからな。


ちなみにあだ名は美紀が付けた。


「何してるんですか、こんなところで――」


見上げていたチュウヤの視線が徐々に下がり、俺の後ろ側へと動いていった。そして、


「よ」


モグラたたきのモグラ並みの勢いの良さで俺の背中から美紀が顔を出した。


「え………………えええええええええええええええええええ」


校内中に響きわたるほどのでかい叫びに回りの視線が俺たちに集まる。


「騒ぐな」


「い、いやだって、え、え」


普段なら空気を読んで黙るチュウヤもさすがに気が動転してそれどころではないらしい。よくよく考えていればプライベートで俺と美紀が会っているのをチュウヤが見たことはなかったな。学校で美紀が俺に話しかけてくるときは大抵何かしらの用事がらみだったしな。


そもそもチュウヤには俺たちが幼馴染であることも言っていなかった。言う必要もなかったが。


「どゆこと」


「そういうことです」


「え」


美紀の悪ふざけにチュウヤが困惑した顔で俺の顔を見上げた。


「ちがう」


考えが追いつかずしばらく考え込むように俯くチュウヤだったがしばらくして理解したように顔を上げて親指を突き立てた。


「まあ、いいや。いや、よくないけど。まあ、そう言う事なら応援します」


チュウヤは今の状況が自分にはよくわからないことを理解した。


「だから違――」


「ああ、これ良かったらどうぞ」


否定しようとする俺にチュウヤはポケットから小さい紙切れを二枚手渡した。


「え、あ、これ」


後ろからその紙を覗き込んで美紀の表情が固まった。よく見るとそれは最近注目されているアマチュアバンド、セントラルタワーのライブ入場券だった。


そう言えば、このバンドメンバーはみんな高校生って言っていたな。セガ高の生徒だったのか。美紀もこのバンドの曲をいくつかダウンロードして聞いていたのを覚えている。


「いいのか、これ。かなりいい席みたいだが」


「たまたま、来場百人目とかで当たったんですよ。でも俺興味ないんで。よかったら二人で見に行ってくださいよ。そんじゃ、俺他の見に行って来るんで」


そう言ってチュウヤはさっさと近くにあったメイド喫茶に入って行ってしまった。


チケットを見るとライブ会場になってるのは近くにあるライブハウス。イーフェスの出し物は原則校内でする決まりになっているらしいが、規模の大きいものなどはこうして校外でおこうことになっている。さすがに有名なバンドと言うこともあってセガ高の外のちゃんとした会場で演奏をすることになっているらしい。


いまから行けばちょうどライブが始まる頃には会場に到着することが出来る。


「どうする、行ってるか」


「うん」


こうして俺たちは昼飯を後に回して、ライブ会場へ向かうことになった。


この時の選択を一生後悔することになるとも知らず。


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