第13話 お金で買えないもの、それは人間ではどうしようもできないものでもある

周りが何だか騒がしいように感じる。視界の端を慌てたようにいくつもの影が通り過ぎていく。


ああ、俺、負けたのか。


グリードポイントは溜まっているはずだが、このケガだ、グリードアクションを解除すれば傷も癒えるのだが、それにもグリードポイントが必要になる。仮に傷を癒すのに十分なポイントを稼いでいたとしても、これだけのことをしたんだ、どのみち俺の未来はもう詰んでる。


どうしてこうなった……誰が悪い。あの仮面の男か、それともこの金髪女か、それとも………………


徐々に薄れていく意識の中、わずかに残った視界に映るセガ高の制服を着た男の姿が昔のあの男に重なっていく。


きっと、あの時から、俺の人生は、少しずつおかしくなっていたんだ。





午前中の授業を終えた俺はおとなしくそのまま家に帰ろうとついさっき校舎に入るため通った前門を今度は逆方向にくぐるためジャリの轢かれた道を一人で歩いていた。


周りに俺以外の生徒がいないから俺が学校を抜け出してサボろうとしているようにも見えるが、そういう訳じゃない。この時期は東地区にある全ての高校が午後の授業が自宅学習になるのだ。たぶん他の生徒たちはまだ教室で友達とおしゃべりでもしているのだろう。


友達の少ない俺にはあまりない経験だが。


「ねえ、ブツ、今日はどこに行く」


あともう少しで前門、というところで茶髪のショートカット女が下から俺の顔を覗き込んできた。


「その呼び方やめろよ」


俺は自分のことをブツと呼ばれたことに眉をひそめた。


ブツというのは俺のあだ名のようなものなのだが、勝手に俺の隣を歩いているこの幼馴染の女が子供の頃背の高かった俺を見て勝手につけたあまり好ましく思えないあだ名だ。


「いいじゃん別に」


強面というほどではないが愛想がなくバスケで鍛えたがたいの良さも相まってあまり話しかけやすいタイプじゃないと少なくとも俺は思っている俺にこの幼馴染、牧下 美紀(まきした みき)は至って普通、馴れ馴れしいとすら感じるほどに気安く話しかけてくれている。


鬱陶しいと思うこともあるが、友達が少ない、まして異性ならなおさらの俺にとって美紀は数少ないかけがえのない存在だと俺は思っている。


「で、何のようだよ」


「うん、今度のセガ高の祭り、一緒に行かない。えーと、あれ…………」


「イーストンフェスティバル……か」


「そう、それ、イーフェス」


イーストンフェスティバル、通称イーフェスはまあ簡単に言うと文化祭みたいなもんだ。それぞれのクラスが思い思いの出し物を発表、もしくは模擬店として開店するのだが、それをやるのはこの東地区でも城ヶ丘高校に次ぐ有名高セガ高。当然、一学校の行事で終わるわけがなく、東地区全土を挙げた一大イベントとなっている。


それに美紀は俺を誘ったと言う訳だが……


「お前と二人でか」


「そう、いや」


「いやじゃない……が」


美紀のことは嫌いじゃない。嫌いなら話しかけられても無視しているし、そもそも一緒に帰り道を歩いたりもしない。


だが……俺たちはそういう関係でもない。


「お前、他に誘うやついないのか」


「他にって……」


「か、彼氏……とか」


俺の言葉を聞いた美紀は一瞬ぽかんとあほ面をした後、


「……ぷ、あははははははははははははは」


思いっきり笑った。お腹を抱えるほどに。


「いないよそんなの、全然、これっぽっちも、あはははは」


別に美紀は俺の事をバカにして笑っているわけではないのだが、自分の発言でこれほどまで笑われてしまうとなんだか言った俺も恥ずかしくなってしまう。


美紀のことを思って言ってやったつもりだったのだが、まさかこんな恥ずかし目を受けるとは。


もういっそのこと美紀を置いて足早に立ち去ろうかと思ったが、美紀の言葉にちゃんと返事していない。このまま帰ってもどうせ後で電話してきて、また同じことを聞かれる、自分を置いて行ったことへの不満や日頃の愚痴も添えられて。


結局、俺は美紀の笑いが治まるまでその場で待ち続けた。


「まさかブツがそんなこと言うとはね……そっか」


ようやく、笑いが治まった美紀は目から零れた涙を拭き取ると、少し考え込んだ表情をした。


いつも元気いっぱいでニコニコ冗談めかしている美紀にしては珍しく真剣な表情に自然と俺も美紀の言葉に集中する。


しばらく、美紀は俺から視線を外し顔を上に上げていた。俺もつられて顔を上にあげるが特段これと言ったものが頭上にあるわけではなかった。それでも美紀は俺の隣を歩きながらもずっと上を見上げ続け、ようやく口を開いた。


「もしさ、もし、私が売れ残ったら、私をブツがもらってよね」


「な」


美紀の突拍子もない言葉に俺はハトが豆鉄砲を喰らったようにすっとんきょうな顔をしてしまった。


そんな俺を見て美紀は、


「ぷ、あははははははははは」


再び、腹を抱えて笑った。目から涙がこぼれるほどに。


「冗談だよ、冗談」


状況が分からずその場で固まる俺を美紀は笑いながら背中をばしばし叩いた。


「じゃあ、明日十時、セガ高近くにある公園でね、約束だよ。遅刻したらお昼おごってもらうからね。じゃあ」


「あ、おい」


そう言うと美紀は笑ったまま、走って行ってしまった。


結局美紀にもてあそばれた俺はその場で呆然としばらく立ち尽くした。


俺の元を美紀が去る直前に、美紀の目元が光っていたように見えたが、きっと、拭いきれなかった涙が光に反射してそう見えただけだろう。


俺は、この時の美紀の行動を深く考えるのをやめた。しなかったのではなく、やめたのだ。この先もずっと……………………


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