第11話 怒りは良くも悪くも人を変える、お金のように
痛てぇ、痛てぇ、痛てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ
全身を光の矢に撃たれながらも俺はこのむかつく金髪ツインテールに向かって腕を盾代わりにして走った。いくら、頑丈な化け物になったつってもさすがに頭を射抜かれちまったらひとたまりもねえ。
水ぶくれには矢があったっても痛みはねえが、水ぶくれも一度つぶされちまったらもう再生はしねえ。空気の抜けた風船みたいになって動きの邪魔になるだけだ。水ぶくれをつぶされた矢に貫かれるたび全身が激痛に襲われる。それを俺は目の前の女に対する怒りと憎しみで無理やりねじ伏せた。
「グッ」
矢に射抜かれるたび血しぶきが飛び、水袋が破裂する。残った視界が徐々に赤と緑の霧で霞んでいく。それでも俺は迷わずただただまっすぐに走った。俺には確信があった。あの金髪ツインテールのヒューマンタグは平均よりはるかに高い、たぶん百万ぐらいはあるだろう。そんな女が、俺みたいな雑魚を前にケツを振って逃げるわけがない。女はこの変わり果てた醜い化け物が朝会った俺であることなんて気づかないだろう。いや、きっと元のままでもあいつは覚えてない。俺の事なんて記憶に留めておく必要なんてないただのモブとしか思っていないだろう。
だが、俺は違う。俺はお前を知ってる。
お前がプライドの高い高慢な女であることも。お前のヒューマンタグが俺たちみたいな平民とは比べ物にならないほど高いことも。
そして………………
俺は矢継ぎ早に襲ってくる光の弾幕を見た目通りの怪物じみた耐久力だけでもって突破。金髪ツインテールに目掛けて血まみれの鉤爪を勢いよく振り上げた。
金髪ツインテールの顔や驚きや恐怖の色はない。あるのは称賛と憐みをないまぜにしたようなどこまでも上から目線な表情。
「グガァァァァァ」
雄たけびをあげても、女の顔に変化はない。察どもの肉を引き裂いた鉤爪が自らに迫ってきてもこの女から勝利への確信がなくなる気配は一向になかった。
そりゃあ、そうだろうな。ちょっとやそっと平均より高いヒューマンタグ持ってるだけで俺は特別なんだって思い上がってるバカどもがこの世界にゃそこらじゅうにいるんだ。それだけのヒューマンタグを持っていれば。自分が誰かにまけるなんて想像もしねえだろう。
俺の鉤爪が金髪ツインテールを捉える直前、女の体が光の粒子で消えた。
女の顔は見えないが俺の頭にクソ生意気な笑みを浮かべて勝ち誇っている女の姿が浮かぶ。
ああ、そうだ。こんなもんは出来レースだ。ヒューマンタグはその人の実績も加味されると言っているがその実態はその人間の本質、生物としての価値が大部分を占めているんだ。だから、俺みたいな平均そこらのヒューマンタグの奴なんかが城ヶ丘高校のエリートお嬢様と戦ったって負けるのは眼に見えている。像とゴキブリを戦わせるようなものだ。
だがな、これは命がけの勝負なんだ。スポーツや勉強とはわけが違うんだ。たった一回、たった一回で勝負が決してその結果は二度と覆らねえ。てめえみたいなお嬢様はどうせ自分の有能さを見せびらかすためにちょうどいいとか思ってんだろうが…………あめぇんだよ。
俺は女が光の粒になって消えた瞬間、すぐにもう一方の腕で後頭部をガードした。
「え………………うそ、でしょ」
俺は初めてこのいけすかねえ女の焦った声を聞いた。どうしてお前の動きがわかったのか、お前には一生わからねえだろうな。俺たち見てぇな奴らを心底見下して生きてるお前らにはな。
後頭部へと回した腕が何かに貫かれた衝撃が伝わった瞬間、俺はすぐさま後ろに振り向き、空中にいる女目掛けて鉤爪をもう一回振り下ろした。
「フォトン……」
間に合う訳ねえだろ。仮に間に合ったとしても踏ん張りの効かねえ空中じゃそのままハエみたいに叩きつけられて終わりだ。
鉤爪が女の肉を引き裂こうとする直前、女の目から涙が溢れているのが見えた。
ああ、それだ。その顔が見たかったんだ。俺は。自分たちが出来損ないとあざ笑っていた奴らに復讐される。恐怖で歪んだそのみっともねえ面が、俺は、見たかったんだ。
俺のかぎづめが金髪ツインテールの腹を掻っ捌く直前、突然俺の視界全てが赤く塗りつぶされた。
「グァア」
気付いた時、俺は吹き飛ばされていた。横っ腹が黒く炭になるまで燃やされて。
攻撃されたのか。でも、なんだこの火力は。察どもの銃じゃねえ。微かに肉の焦げたみてえな臭いがする。吹き飛ばされる寸前に爆発音みてぇな音も聞こえた気がする。炎系のマネーアクションか。それにしても、体を炭にしちまうほどの火力を持ったマネーアクションだと……一体いくらするマネーアクションを使ったんだ。
鼓膜をやられた俺には周りの音は聞こえねぇ。だが、視界は生きてる。今ならまだ、あのクソむかつく女を……
横腹を焦げるほど焼かれはしたが立ち上がれないほどのダメージを受けたわけじゃなかった。
あれほど高火力のマネーアクション。そうそう何度も撃てるわけがねえ。追撃が来る前に金髪ツインテールを殺そうと近づく俺の前に一人の男が立ちふさがった。
くせのある短い黒髪に中性的な顔立ち、男物の制服を着てなかったら女と間違われそうなほどに線の細い男。
むさ苦しい男どもばっかと遊んでる俺とはまた別の意味で相いれないだろうその男を俺は知っていた。
金髪ツインテールに不意打ちをしかけた俺を自転車で思いっきり吹き飛ばしていったセガ高のジャージを着た謎の男。
ああ、そうか。お前も俺の邪魔をするんだな。お前も心の底では俺のことを見下してんだろ。高校時代の俺と大してヒューマンタグも変わらねえくせに。俺を、俺の事をあざ笑ってんじゃんねえ。
「グラァァァァァ」
喉が破れそうなほどの雄たけびに全身の細胞が逆立つ感覚がした。
昔、チュウヤに俺がどうして戦うのか聞かれたことがあった。自分達はヒューマンタグが低いから、ケンカが強くならないと周りに馬鹿にされるからだが、平均的ヒューマンタグ、いや、ぐれてこれだから実際は平均より少し高いヒューマンタグを持っているはずの俺がどうして自分たちのようなチンピラとつるんで喧嘩をしているのか。
その質問を聞いた時、俺はチュウヤの事を鼻で笑った。
確かに戦うのに理由は必要だ。だが、戦うのにそんな大層な理由なんていらねえ。
「グガァ」
俺がこいつを殺すのももそんな大した理由があるからってわけじゃねえ。
ただお前がセガ高の生徒で、俺の邪魔をした。
お前を殺す理由なんてそれだけで十分だ。
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