第8話 金のないものが金持ちと同じようになるにはお金以外のものを支払うしかないのだ

「くそ、あのいけ好かねえ女」


チュウヤはさっきナンパをしかけた女に返り討ちに遭ったことで苛立っていた。その苛立ちはたまたま近くにあったゴミ箱にぶつけられた。


「やめろ、そんなことしてヒューマンタグが下がったらどうするんだ」


「でもよお、あいつのせいで俺は\五万も無駄にしちまったんだぜ。おかげで俺のマイバンクにはもう金が――」


俺の言葉に反論してきたチュウヤに俺はわかりやすく眉間を寄せた。


「う、わ、悪い」


俺たちの関係は分かりやすい。俺がこの三人の中の司令塔でリーダー的存在だ。集団の決定は俺が決めるし俺が不快もしくは不利益をこうむることはたとえ自分たちが貧乏くじを引くとわかっていてもこの二人はしない。俺が反対すれば他の二人が心の中で賛成していてもそれを曲げて俺の意見を通す。なぜそうなっているのか、答えは単純だ。この集団で一番俺が賢く、こいつらがバカだから。それもこいつらは分かっている、だから俺に反対しないし、俺の言う事に黙って従う。その程度の頭はこいつらも持っているのだ。


別に俺がこのチームを率先して作ったわけじゃない、ただ自然とこうなっただけだ。ただの成り行きだ。


「でも大学サボってる俺たちがヒューマンタグなんて気にしたって仕方なくないか」


俺の不快そうな顔を見たチュウヤは分かりやすくひよるとカッとなっていた頭をすぐに冷やして俺に媚びるように愛想笑いをうかべた。


熱しやすく冷めやすい弟分気質のあるチュウヤはこのグループの盛り上げ役。率先して会話の話題や女の子をナンパしにいって、俺たちが退屈しないよう気を回している。


「それでもだ。無意味にヒューマンタグを下げる必要はないだろ」


「そ、そうだな」


チュウヤの言葉が尻すぼみになる。


「ギュフフフフ、しょおうがないなあ、ちゅうやはあ」


そんなチュウヤの姿を見てギュスターが気色の悪い笑い声を上げた。


「う、うるせえ」


ぬぼっとしたギュスターの持つ不思議な雰囲気に委縮していたチュウヤの心は少しゆとりを取り戻したらしい。声にいつもの調子が戻っていた。


この中で一番表情が読みにくくマイペースなギュスターは基本聞き役だがそれと同時にムードメーカーも担っている。俺が悪くした雰囲気をこうやっていつも和ませる。


こんな風に人間にはそれぞれ役割があり、俺たちはそれを全うしなくてはいけない。


俺が小学生のころから今に至るまでずっとこんな頭の悪い出来損ないどものまとめ役をずっとやっているように。


人間の本質は変わらない。どれだけ時間が経ったとしても。


「でも、あの女、いったい何者だったんだ」


頭を冷やしたチュウヤが再びさっき俺たちをコテンパンにしていった女の話題を上げた。


「城ヶ丘高校の生徒だろ。あの白い制服の胸に入ってた西洋の城みたいなマークはあそこのエンブレムだからな」


東地区に住んでいる人間で城ヶ丘高校の制服と胸ポケットに刺繍されたエンブレムを知らないやつはいない。なんせ、城ヶ丘高校は東地区だけでなく北地区、南地区、西地区の人間にまで名前が知られている超エリート校だからな。高校生のヒューマンタグの平均が五万であるのに対して城ヶ丘高校の平均ヒューマンタグは三十万。三十万なんて四十代の平均ヒューマンタグと同じ額だ。そんな破格のヒューマンタグを持った生徒がごろごろいるなんて、とてもじゃないが平均ちょうどの俺やそれより下のこいつらからしたら雲の上の世界の話以外の何物でもない。


「いや、そりゃあ、わかってるんだけどよ。城ヶ丘高校ってここから結構遠いじゃんか。なのになんであの女こんなところにいたんだよ」


「ううん、ここらぁへぇんにぃおうちぃがぁあるんじゃぁないのぉ」


「そうかもしんねえけどさ、あんな上玉、ここら辺たまり場にしてる俺たちが一回も見かけてねえっておかしくないか。あんな女がいればすぐに噂になんだろ。」


チュウヤの言いたいこともわかる。確かにあの女には何か裏がありそうだ。だが俺にはあの女よりも気になることがあった。


「確かにあの女のことも気になるが。それよりも俺は俺を自転車で突き飛ばしてそのままいなくなりやがったあのガキの居場所の方が気になるぜ。」


ほんの一瞬だけだったが、確かにあれは…………


「ああ、ブツが言ってたジャージ彗星か。」


「ああ、間違いねえ、あれはセガ高のジャージだった。胸に十字架見てぇなクロスしたマークが書いてあったからな。」


セガ高はここら辺にある平均ヒューマンタグも平均そこそこの一見どこにでもある普通の高校なのだが、東地区では城ヶ丘高校に次いで有名な高校だ。その理由は、


「セガ高って言えば、体育祭とかそんな祭りみてぇなことを年に何度もやってる、あの高校か」


学校行事への力の入れようが異常だからだ。最近じゃどこの高校も学校行事なんて時間の無駄、授業の邪魔にしかならないと年に一個の行事すらないところがほとんどで俺たちが通っていた高校も年に一回全校試写会とかいう体育館で昔の古臭い映画を見せられる行事があったぐらいだった。だが、セガ高の年間カレンダーには毎月行事の予定が入ってる。


理事長が大の祭り好きだか知らねえが、地区全体を使った運動会を開催するなんて異常を通り越して奇行だ。だが、規制や権利関係で地区全体での祭りが開催しにくくなっている最近の世の中で毎年一般公開されながら行われているセガ高の行事は東地区の風物詩みたいに定着しており、住民からも親しまれている。


東地区一有名な城ヶ丘、東地区一愛されているセガ高とは東地区では有名な言葉である。


だが、


「ああ、そうだ。騒ぐしか能のねえ、しょうもない連中が集まった高校だ」


俺はセガ高が嫌いだ。


大したヒューマンタグも持ってねえくせに、馬鹿騒ぎして目立ってるだけで、自分が特別だとか思い上がっている馬鹿どもの集まり、それがセガ高だ。周りの奴らがちやほやするのも自分達がたいした苦労をせずに勘違いした馬鹿どもが退屈をしのがせてくれるからだ。


あいつらは何もすごくない。ただ人に言われたことを何も考えずにやっているだけだ。あいつらは、特別なんかじゃない。


「あれ、セガ高って言えばそういえばブツの元カノを寝取ったた奴もセガ高の」


「チュウヤ、てめえ死にてぇのか」


チュウヤの言葉に俺の殺意が向けられる。


「ひっ」


「てめえを殺すぐらいの残高はまだ俺のマイバンクには残ってるんだぞ」


自分の顔を見ることはできないが、チュウヤの恐怖で青ざめた顔から今の俺は鬼のように顔をしているのだろうことがわかる。それは俺の心と一緒の顔だ。


「おちついてぇ」


たまらずギュスターが止めに入るが俺の耳にギュスターの言葉は聞こえることはなkった。


今の俺に聞こえているのは体内から聞こえる全身を炙る憎しみの炎の音だけだ。


「お、落ち着けブツ」


良く知っているはずのチュウヤの声も顔も、今の俺には別の奴の声にしか聞こえない。


その声が聞こえる度、その顔が浮かぶたび、俺の中のどす黒い色をした炎はガソリンをぶちまけられたみたいに勢いよく爆ぜ爆炎を上げていく。


「やめてくれ」


「てめえ、覚悟しろよ」


チュウヤの顔をありったけの金を使ったマネーアクションでぐちゃぐちゃにしてやろうとした、その時、


「待ちたまえ」


突然、頭上から男の声が聞こえた


「あん」


その声を聞いた俺は、マネーアクションの使用を止め、頭上を見上げた。しかし、そこには誰もいない。


「……どうなってるんだ、確かに声が聞こえたはず」


「ここだよ」


「っ」


聞き覚えのない声が耳元でした瞬間俺は距離を取って振り返った。するとそこには、謎の仮面をかぶった細い体の男が杖を持って立っていた。


「何者だ、てめえ」


仮面の男は驚く俺たちを余所に、杖をボールペンのように器用に回し流暢な動作で騎士がするようなお辞儀をして答えた。


「初めまして、私の名前はドル・ボックス。この自由なく息苦しい世界に新しい風を吹かせる者です」


そう言うと、男は胸ポケットに入っていた自分のスマホを取り出し俺たちに見せてきた。


男が見せてきたスマホの画面には俺たちと同じマネーアクションのアプリ『M』の他にもうひとつあるはずのないもうひとつにアプリのアイコン、『G』というアイコンが表示されていた。


「これは」


「これはグリードアプリ、この世界を縛る呪いの鎖を破り、鬱屈としたあなたたちの世界に輝かしい希望を産み落とすあなた達の救世主となるアプリです」


「救世主」


この時、俺たちは全員画面越しから伝わるグリードアプリの魔性の魅力に心を奪われてしまっていた。


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