第3話 金持ちケンカせずというが売られたものを衝動買いするのは金持ちの特徴だ

車を降ろされた私は札木と別れて十五分、絶賛迷子になっていた。


「どうなってるのよ、これ。」


大抵のことは何でもこなす完璧美少女の私にもできない、わけじゃないんだけど、苦手というか他の人がやるよりも少し時間がかかってしまうことがある。それは……地図片手に目的地へ行くことである。


「もう地図なら地図らしくもっとわかりやすく書いておきなさいよ」


別に方向音痴とかそういうわけじゃないんだけど(そういうわけである)、地図とはほとんど無縁の生活送ってるから、慣れてないだけで別に苦手意識があるとかそういうわけじゃないの。ほ、ほんとよ。ほら、私くらいの完全無欠ヒロインになるとこれくらい欠点があった方がむしろかわいいというか、欠点が欠点になってないというか……


しばらく心の中で言い訳マシンガンをした私は心に虚しさを抱えながらポケットからスマホを取り出した。スマホの画面中央にあるのはついさっき使った万能のアプリ、マネーアプリのアイコン。そして右上にあるデジタル時計が現在の時刻を私に克明に教えてくる。


「六時三十五分」


私が今日から転入する世ヶ谷高校(せがたにこうこう)、通称セガ高は八時から授業開始らしいから授業開始までにはまだ時間はたっぷりあるんだけど、なるべく七時までに行って学校の中を見ておきたい。迷ってるとはいっても近くまでは来てるはずだからマネーアクションを使って目的地の場所さえわかれば間に合うことには間に合うんだけど……


「それをするとなんか無性に負けた気がするのよね」


画面の中央にあるマネーアプリのアイコンとしばらくにらめっこしていると、近くで女性の悲鳴が聞こえた。見て見るとゴミ捨て場近くでコンビニ店員の女の子が三人のチンピラ君たちに囲まれていた。


「ねえねえ、いいじゃん、いいじゃん。ちょっとだけ、ちょっとだけだから。俺たちといいことしようよ」


「あ、あの困ります。私今バイト中で」


「そんなのいいからさあ、俺たちと一緒に気持ちよくなれる場所に行こうよ。なんなら今日のバイト代俺たちが立て替えてあげるからさあ」


「ぐひゅひゅひゅ」


あらら、ゴミ出ししている間に変なのに絡まれちゃったみたいね。ってか、三人の中にいる男の一人、笑い方めちゃくちゃ気持ち悪いわね。なにあれ、蛙。明らかに人間じゃないわね。


よく見るとチンピラ君の中のひとりが女の子の腕を掴んで逃げれないようにしていた。


かわいそうにあれじゃ逃げるのは難しいわね。マネーアクションを使えば別でしょうけど、マネーアクションは使うのにお金がいるのよね。彼女は見るからに高校生、そして絡んでるやつは大学生かはわからないけれどどう見ても彼女よりも年上。


この世界じゃ働いていなくてもお金は毎月勝手に手に入る。もちろん、働いていない人と働いている人でその額は異なるんだけど。私たちにはそれぞれヒューマンタグという人それぞれの価値を示す値札が生まれた瞬間にAIによって勝手につけられる。そのヒューマンタグに応じたお金が毎月私たち、厳密にいうとマイバンクって言うこの世に唯一あるネット銀行(こっちも生まれた瞬間ヒューマンタグと一緒に勝手に開設される)に振り込まれる。ヒューマンタグはその人の生まれ持った才能や行ってきた実績によって毎年更新されるんだけど、基本的には成長に応じて上がっていく仕組みになっている。


つまり、見るからに粗暴で品性のかけらもないあの大学生たちの方があのおとなしそうで真面目そうな女子校生よりもヒューマンタグが高い(お金を持っている)可能性が強いのだ。

マネーアクションを使うにはお金が必要で、高額なマネーアクションほど強力な能力を発動する。彼女の財政はあの年でコンビニのバイトをしていることからも想像はできる。だから彼女がなけなしの身銭を切っても状況を変えることは絶望的だと思う。この世界ではお金をより多く持っている方が強者とされるからね。


「ね、ほらきっと君が気持ちよくなってくれたら店長さんだって喜んでくれるよ。なんだったら一緒に気持ち良くならないって誘ってくれるかもよ。」


「ぐひゅひゅひゅ」


「あ、いや、でも」


「でもとかいいからさあ、ほら」


さいっていの口説き文句ね。私だったら一流ホテルの最上級レストランで夜景を見ながら誘ってくれなきゃその時点でお断りね。そうしてくれても断るかもしれないけど。それぐらいしてくれるのが女性を口説く最低限のマナーでしょうに。


「ね、ほら、決まり決まり。さあ行こう。」


「え、いや、私」


彼女にはかわいそうだけど、面倒事には巻き込まれたくないし。ここは、いったん隠れて……


「お、おい、見て見ろよあれ、すっげえ上玉じゃねえ。」


げっ


別に私の名前を呼ばれたわけじゃないから私のことだって決まったわけじゃないけど、まあ私の事でしょうね。ナンパに集中してたから気付かれなかっただけで、普通にこんなきれいな子がいたら男どもが気づかないわけないからね。自分たちとじゃ分不相応とわかる脳みそがチンピラ君たちにあればいいんだけど、


「へーい、そこのかーのじょ」


やっぱりね。


案の定チンピラ君達は大人しそうな女の子から離れて私の方へ向かってきた。


「ねえねえ、君、めっちゃかわいいね。高校生、どこの高校かな」


はあ、だからすぐ隠れたかったのよ。


ちらっ、とチンピラ君たちの後ろを見るとチンピラ君たちから解放された女の子が心配そうに私の方を見つめていた。


いい子なんだろうけど、人を呼ぶとか通報するとかしてくれないかしら。まあ足がガクガク震えちゃってるから、動けなくなってるんだろうけど。


「そんなことどうでもいいだろ、それより今から俺たちと一緒にいいとこ行かない。高校じゃ教えてくれない大人のお勉強をしてあげるよ」


あんまりしゃべりかけないでくれないかしら。あなた達の下品な声で私の鼓膜が穢れる。


「ぐひゅひゅひゅひゅ」


卑しい目で私を下から上へ――特に私の程よい形をしいている胸を中心に――舐めまわしながら近寄ってくる大中小、三人のチンピラ君たち。視界に入れるだけでも怖気が走る。どうして安物の男はこういうゲスな視線を恥ずかしげもなく女性に向けられるのかしらね。どれだけ自分たちがバカ面してるのかわからないのかしら。


「それ以上近づかないでくれる。あなた達みたいな下賤なやつと関わると私の品位が穢れるのよ。」


「ああん」


中くらいのチンピラ君が私の手に向かって手を伸ばしてきた。バイト娘とおなじように私の腕を掴んで逃げられないようにするつもりでしょうけど、甘いわね。


「マネーアクション―アクセルライト(\三十万)」


チンピラ君の手が私に触れる直前、私の体が光の粒子になってその場から消えた。


「な、どこいった」


目の前の美女がマジックのように突然消え慌てるチンピラ君たち。このままどこかに行ってしまってもよかったんだけど、なんか負け犬みたいで却下。結果、光のスピードでチンピラ君(小)の後ろを取ると(こいつが一番生理的に気持ち悪かったから)、そのまま裏拳を側頭部に叩き込んだ。


「ぎゅふ」


「な、ギュスター」


ギュスターってあだ名、それともハーフか何かだったのかしら、まあどうでもいいけど。私の拳、というと実は違うんだけど私のパンチを受けたギュスター君はそのまま脳震とうで気絶してしまった。


「て、てめえ」


「ま、まて」


私に仲間を殴られた怒りそのままに殴り掛かろうとするチンピラ君(中)をチンピラ君(大)が止めた。


「ブツ、何で止めんだよ」


「落ち着けチュウヤ」


「ギュスターがやられたんだぞ。黙ってられるか」


ただのゲスの集まりと思っていたけれど、仲間を想う心ぐらいは持っていたようね。少し感心はしたわ……まあどれだけ仲間を想ったってゲスはゲスなんだけどね。


「今のはマネーアクションだ。しかも、普通のマネーアクション―アクセル(\五万)と比べ物にならねえくらいに速い。こいつは気をつけた方がいい」


ブツと呼ばれたチンピラ君はバイトの女の子に絡んでいる時も他の三人よりも一歩引いていた。今もチュウヤって呼んだチンピラ君は仲間を私に頭に血を昇らせて私に殴り掛かってきたのに自分は一歩も動かず、私の動きに注意を払っている。どうやらこの三バカの中ではこの人が頭、もしくは参謀みたいな役割みたいね。普通なら頭をつぶすのが鉄則なのでしょうけど――


「だからどうしたってんだ。マネーアクションにはマネーアクションだ。来いマネーアクション、マッスルアップ(\三万)」


殴り掛かってきたチュウヤはマネーアクションを口頭で発動した。


マネーアクションを使うには二つのやり方が存在していて、普通はマネーアプリを起動させて使うマナーアクションをセレクトするんだけど、もう一つが口頭でマネーアクションの名前を言うやり方もある。さっきの私のアクセルライトも同じ口頭で発動させたもの。この場合は事前に口頭で使うマネーアクションをアプリから口頭発動アクション登録をしておけばいつでもどこでも口頭でそのアクションの名前を言えば自動で発動してくれる。何でもかんでも口頭で使えちゃったら破産しちゃうからね。私以外は。


腕の筋肉が普通ではありえないほどに膨張。ボーリングの玉ほどにまで大きくなった拳を私目掛けて振り上げてきた。


「しねえぇぇ、このアマぁぁぁぁ」


彼の肥大した拳が私の頭に触れる直前私は腕、の表面に光の粒子を集合させそれを盾代わりにして彼の拳を受け止めた。


「な、なに」


自慢のパンチを受け止められ動揺する彼に私は空いている拳を下から上に振り上げ彼の顎目掛けてアッパーを撃ち込んだ。マネーアクション、フォトンシールド(\五万)。実はだいぶ前にもう口頭でフォトンシールドを発動しちゃってたんだけどね。これ、発動して十分ぐらいはそのまま何度でも使えるから。


「がっは……」


ギュスター君をダウンさせた時と同じようにシールドをグローブ代わりに私はチュウヤ君をノックダウンした。


まあこれだけ完璧美少女な私はもちろん護身術もマスターしてから別にマネーアクションを使う必要はなかったんだけど、ほら、あんまり貧乏人に触れると貧乏が移るって言うじゃない。そんな迷信信じてるわけじゃないけど、こういうやつらはどんな汚いとこ触ってるかわかんないし、病気持ってるかもしれないし……とにかく、これでチュウヤ君もギュスター君と仲良く脳震とうで気絶。残るは、目の前でお仲間が倒れても一切気にしてないこの冷徹ぶった上から目線男だけね。

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