第2話 持ち金と運に相関関係はない
自動車の窓に映るこの世の物とは思えないほどかわいい女の子。サファイヤのような深いマリンブルーの瞳につまらそうに引き結んだ薄桃の唇を映す、絹のようにサラサラな金髪を二つに結んだ金髪の女の子。そんな天使かはたまた女神様の生まれ変わりかと見間違えるほどの美貌を持った少女と窓ガラス越しに目が合った私はそっとため息を吐いた。
「美しい」
ああ、なんで世界はこうも不平等なのかしら。きっとこう思うのは私だけではないはずだわ。この窓に映る美少女を見たら他の女の子だってきっと私と同じことを思うはずよ。
この子の美しさには何をしたって敵わない、てね。
こんなにきれいな子を見ちゃったら、私ならもう自分の美貌を磨くのはやめてしまうわ。だってこの子に美貌では敵わないんですもの。顔はいい、スタイルもいい、もちろん性格も完璧。人間なら誰しも一番になりたい生き物、二番でもいいとか、平凡が一番とか言う人いるけどあれは負け犬の遠吠えよね。だって負けていいことなんてこの世にあるわけないのですもの。だからもし私がこんな子に会ったらその日のうちに頭を刈り上げて山に籠ってしまうわ。ひたすらこの子に勝てる何かを探して一生懸命特訓するの。
運動でも勉強でも芸術でもなんでもいいから何か一つ、この子に勝てる何かを…てね。
でも残念なことにそれは叶わないの。だって神様がこの美しい女の子にあげたのは絶世の美貌だけじゃなかったの。最難関大学の入試を一発合格しちゃうぐらい賢い頭脳に、世界チャンプをあっという間に自信喪失させちゃうほど抜群の運動神経、見た物聞いたものがあまりの美しさに天国を見てしまうというほど豊かで優れた美的センス。天は二物を与えずというけれど、神様はこの子にこの世のすべてを上げてしまったの。
ああ、なんてかわいそうなことのかしら。神様が現世にお創りした女神を体現したようなこの女の子と違う時代に生まれてくれば、私の人生はもっと華やかなものになったかもしれないのに……
「……お嬢様、カーウィンドに涎垂らしながら頬ずりするのやめてもらえませんか」
運転手兼お世話係の札木(さつき)の呆れた声に私は今自分がかなりおかしなことをしていることに気が付いた。
「あら、いけない。世界一の財閥である金持(かねもち)グループの箱入り娘である私がこんなはしたないことを」
「自分で箱入り娘って言うんですね。」
私の座る後部座席へ顔を向けていた札木だったけど、信号が青に変わったのを見て、また顔を正面に向けた。
「それにしてもお嬢様、その悪癖何とかならないのですか」
「悪癖?」
幼いころからマナーやら姿勢やらを厳しく叩き込まれてきた私がそんなみっともない所作をするわけはないと思うんだけど。でも長年私のお世話係をしているこの愛想ゼロの子が冗談を言うわけはないし。うーんでも全く心当たりがないのよね。結局、札木の言っている悪癖がなんだか分からなかった私は何を言っているかわかんない、という絵にかいたようなかわいいキョトン顔をバックミラー越しに札木に見せた。私のかわいさ爆発のキョトンを見た札木は目の中の黒い球をメトロノームみたいに動かしてばつが悪そうにしながら口を開いた。
「その……うっとりした目で鏡に頬ずりする。さっきの、やつですよ。」
「ああ、さっきの」
確かに人に見せたら奇異の目で見られるかもしれないけれど、悪癖だなんて。
「失礼ね札木。あれは仕方ないことなのよ。鏡越しとはいえ私のこの見目麗しい美貌を見てしまったら誰でもああしてしまうわ。」
こんなに可憐で美しい私が鏡に映っていたら誰でもその美貌に目を奪われて鏡に頬ずりしてしまうわ。ただの生理現象よ。それを札木はおおげさに、まるで私が自分大好きすぎて周りのことが全く見えていない頭のおかしい子みたいないい方して。ほんと、もう、この子は。
「それは自分でも見とれてしまうものなんですか。」
「自分でも、よ」
それから札木が私に話しかけることはなかった。
長年一緒に生活してきた札木に変なナルシスト容疑をかけられてかわいいへそを曲げてしまった私はマシュマロみたいに真っ白なほっぺたを膨らませてしばらく後部座席で足をバタバタさせていた。けど、すぐに飽きた私は足をバタバタさせるのを止めて制服の胸ポケットから白いスマホを取り出した。
やっぱり、暇をつぶすと言ったらこれよね。
一昔前ならいろいろなアプリがごったがえしてデスクトップが埋まってたらしいけど。今じゃたった一個のアプリで全部できちゃうんだから楽よね。私は中央にあるマネーアプリのアイコンをタッチしてアプリを起動、とりあえず現状どんな風に世の中がなっているのかを知るためにネット新聞を購入した(\100)。
「ふむふむ、なになに、ほーこれはこれは。」
一応読んでる感を味わうために声を出してみるけど、全く興味ない情報ばかりだった。やれどこどこの俳優が浮気しただ、やれどこどこの作家が盗作しただの、正直どうでもいい。この新聞に書かれていることの九十九パーセントはわあつぃにとってどうでもいい情報だったけど、一つだけ私の興味をそそる情報があった。それは、
再びグリード出現!!またも被害者は高校生!
と言う記事だ。
この見出し、もうちょっと工夫できなかったのかしら……あ、いやそうじゃなくて。もちろん私が興味あるのはこの素材そのまんまの見出しじゃなくて、その内容。やっぱり、このグリードは高校生を意図的に狙っている。しかもこれで被害者は三人目。バウンティランクも上がってきてるし、かなりねらい目のターゲットね。
新聞に書かれていたのは、被害者が高校生であることと襲われた日時と時間、そして場所の情報のみでそれ以上詳しい情報は書かれていなかった。
これだけ大きい見出し付けて、枠もとってるのに実際に有益そうな情報が書かれてるのは最初の三行くらいで後はうさんくさい評論家やコメンテーターの夢想妄想ってどういうことよ。
大昔だったら破いて捨てることもできたんでしょうけど、今はそれが出来ないから、まあクレームメール一つ送るだけで女神のように寛大な心を持つ私は許してあげるわ。
その後、この記事を書いた記者は南国の島に左遷された。(私は知らないけど)
それにしても、もう少し情報がほしいわね。
私は他に個人でグリード事件を調べている記者が出しているネット記事を漁ってみたけど、どうも全部眉唾っぽい。
「はあ、仕方ないわね」
「ん、どうしたんですかおじょお」
「マネーアクション―ハッキング(\1000万)。」
ハッキングのマネーアクションを使ったとたん、指先が画面に触れていないのに勝手にスマホが動き始めてなんだかよくわからない数字の羅列が浮かび上がり始めた。
「ちょ、お嬢様」
札木が何か大きな声で言っているようだけど、マネーアクションのハッキングを使っている間は頭がものすごおい勢いで回転しているから周りの音はほとんど聞こえてこない。スマホの画面に映ってるのはただの数字の羅列だけど今私の頭の中にはパソコンのウィンドウみたいなのがいっぱい出ては消えてを繰り返している。その中から目的の物を見つけた私はとりあえずその場で開かずにコピーを取って私のスマホの中に落とし込んだ。
「ふう、やっと終わった。私この頭の中で起こるウィンドウの嵐みたいなの好きじゃないのよね。」
一仕事終えた私を札木はさっきの十倍呆れた目でミラーに映る私を見ていた。
「……はあ、お嬢様あまりマネーアクションは使用なさらない方が」
「別にいいじゃない」
札木の呆れ顔がさらに十倍された。
「お嬢様、マネーアクションと言うものは人それぞれ使えるものが異なっているのでございます。世の中にはそういう特殊なマネーアクションを使えるものを誘拐して悪用する連中もいるんですよ。ただでさえお嬢様はこの世界きっての財閥金持グループのご令嬢それだけで誘拐されるリスクは他の方々よりも高いと言うのに、聡明で才能あふれるお嬢様は通常の俗物では使うことが出来ないレアかつ強力なマネーアクションをいくつも使えるのですから、少しは自分の身を」
「聡明で才能あふれるだなんて、そんなぁ」
めったに褒めてくれない札木に褒められた私は有頂天になって札木の話を途中で聞き流してしまった。そんな私を見た札木は何か諦めた顔で運転に集中し始めた。
私ぐらいスペックの高い女の子ならマネーアクションなんか使わなくても自力でグリード事件のデータベースにハッキングして情報を盗み出せるんだけど、さすがにスマホじゃあねえ。いくらハッカーのスペックは良くても使うマシーンのスペックに問題があったらさすがにセキュリティにみつかぅて即お縄にされてしまう。あと、酔うしね。ここ車の中だから。
まあ、大した出費じゃないし、マネーアクション使えば酔わず、面倒な操作もせずにただスマホに触れてるだけでほしい情報が手に入るんだから。楽なもんよ。
「さてさて、じゃあ手に入れた情報を見て見ますか、と、ぶふぇあ。」
手に入れた情報を確認しようとしたところで突然の急ブレーキ。私のかわいいお鼻が座席につぶされてつぶされてしまう。ちょっと擦ったかも。
「札木、どうしたの。」
「い、いえ私もさっぱり」
ひりひりするお鼻を優しくさすっていると札木は運転席から外に出て車の状態を確認し始めた。
「はあ、今日が初登校だっていうのに。これじゃあ先が思いやられるわねえ。」
しばらく車の状態を確認した札木は私に一言、パンクですねと言って私を車から降ろすとレッカー車を呼んだ。
私は急遽、今日転入する高校まで歩いていくことになった。
ちなみに、札木はレッカー車が来たらパンクした車と一緒に自動車修理場まで付いていくらしいので私は一人で今日はじめていく高校に見知らぬ道を通りながら行かなければいけなくなった。
……お嬢様は狙われやすいんですから気を付けて下さい的なこと言ったの誰よ。
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