第11話 任務

「ここ、人……ここ、穴……ここ、仕掛け……」


 折り畳みのテーブルに広げた紙に、レジスタンスの拠点の見取り図を書き、指差しながら待ち伏せや罠の場所を教える。


「ここ、待ち伏せ……手砲ある……こっちも……」

「ふん、ここもダルバーニの息が掛かってるのか」


 レジスタンスの拠点は、丘の向こう側の斜面をくり抜いて作られていた。

 見張りが居るのは丘の向こう側だけなので、僕らが居る場所は全く見られていない。


 地下に作られた拠点は迷路のような作りで、あちこちに罠や待ち伏せのポイントが作られていた。

 全滅を防ぐためなのだろう、出入り口も複数つくられている。


「リーダーが居そうな場所はどこだ?」

「ここ、地図置いてある……ここ、武器置いてある……こっちは、住む場所」

「分かった……ガガト、今回も派手に頼むぞ、こっちはぶっ潰して、この入口からやってくれ」

「けっ、相変わらず人使いが荒いな。もっとも、それだけ俺様が出来る男って事だな」


 ガガトは、リーダーであるレレゾの指示を受け、ふんぞり返って格好をつけてみせる。

 見ているだけでムカつくが、実際、偉ぶるだけの働きはしてみせるで余計にムカつく。


「サメメは、ここと、ここを押さえてくれ、逃げる奴が居ないように固めてくれれば、それでOKだ」

「あら……固めるだけで良いの? あたしにも遊ばせてよ」

「ならば最初の所を完全に固めたら、ここから中に入り、退路を固めてから好きにしてくれ」

「そう来なくっちゃ……外で待ってるだけなんて、退屈すぎて死んじゃうわん」


 サメメは露出の多い服装を殊更に見せ付けるように、凹凸の目立つ身体をくねらせる。

 ガガトが、ニヤニヤと締まりの無い笑みを浮かべた。


「俺は、こっちの入口から、作戦室と思われる部屋まで真っ直ぐに突っ込む。いいか? いつも通りに一匹残らず処分するからな」

「任せておけよ、このガガト様が全部叩き潰してやるからよ」

「じゃあ、あたしはガガトが粉々に砕きやすいように、カチカチに凍らせておくわ」


 打ち合わせを終えたレレゾは、振り返って帯同している騎士二人に指示を出しました。


「チルルの護衛を頼んだぞ、万が一の場合には、迅速に連れてこられるように準備しておけ」

「はっ、かしこまりました!」


 護衛の騎士は、僕らよりもずっと年上だが、常人離れした魔法を使うレレゾに対しては敬語で通している。

 レレゾ達は、二手に分かれて藪に踏み入っていった。


 ガガトとサメメは、左側へと回り込んで行き、レレゾは丘を登って上から仕掛けるようだ。

 ガガトとサメメが配置に付くのを待ってから、レレゾは天空に向かって合図の雷を打ち出した。


 わざわざ攻め込みますと知らせるような行為だし、実際レジスタンスの連中は、急いで迎撃の準備を始めた。

 自分達の魔法に馬鹿みたいな自信があるレレゾ達には、奇襲とか急襲といった発想はまるで無い。


 レレゾは、拠点の出入り口の上から雷の魔法を撃ち込んだ。

 上から撃った雷は、方向を変えて拠点の中へと飛び込み、そこでレレゾの制御を離れて放電する。


 待ち伏せていたレジスタンスは言葉さえ発せずに倒れ、待ち伏せ用の手砲は暴発して被害を拡大させていく。

 手砲とは、大砲を小型化して、太い棒の先に付けたもので、原始的なバズーカ砲のようなものだ。


 魔力の少ないレジスタンスの主力武器だが、国内で作られたものではなく、隣国のダルバーニから密かに持ち込まれているらしい。

 確かに魔力の少ない人間でも威力のある攻撃ができるが、一発撃つまで手間が掛かり、命中精度も良くない。


 ほぼタイムラグ無しで使える魔法に較べると、使い勝手の差は歴然だ。

 レレゾやサメメは手砲を撃たれる前に魔法で攻撃してしまうし、ガガソは身体を硬化して一発目を防御して二発目を撃たれる前に反撃してしまう。


 不意を突かれなければ、三人にとって手砲は怖れる存在ではない。

 だからこそ、突入前に僕に魔眼を使って偵察をさせ、手砲の場所を調べさせているのだ。


 手砲以外のレジスタンスの武器は、剣や槍などの武器、そして魔術士による魔法攻撃だ。

 レジスタンスの中にも攻撃魔法を使える魔術士がいたりするが、威力や攻撃範囲がレレゾ達よりも大きく劣る。


 例えるならば、誘導ミサイルや戦車にピストル一丁で向かって行くようなものだ。

 工夫をすれば戦火を上げられるが、待ち伏せがバレているような状況では劣勢は否めない。


 レレゾの魔法を聞きつけて、迅速に迎撃体制を整えたレジスタンスだが、成す術もなく拠点の奥へと追い込まれて行く。

 ある者は雷によって身体の芯まで焼かれ、ある者は鋼鉄のごとき拳で頭を叩き潰され、またある者はガチンガチンに凍らされた後で倒れて砕け散った。


 三人は、相手が年寄りであろうと、女性であろうと、自分達より年下の子供であろうと容赦なく命を奪っていく。

 跪いて命乞いをする者もいたが、ガガソは薄ら笑いを浮かべながら女性の頭を踏み潰した。


「あっ、馬鹿……サメメ、撃たれた……」


 圧倒的とも言える魔法が使えても、油断すれば反撃を食らう。

 レジスタンスは、曲がりくねった通路の先から散弾を詰めた手砲を発射して、兆弾によってサメメにダメージを与えた。

 撃たれたと聞いて、チルルが慌てた様子で訊ねてきた。


「えっ、ちょっと本当? 怪我の具合は?」

「肩、胸、腹、脚……内臓は大丈夫……でも血、多い……」

「拠点の近くまで移動します、急いで!」

「はっ、畏まりました!」


 護衛騎士達が手綱を握り、地竜車をレジスタンスの拠点近くまで移動させた。

 騎士達に守られながら、サメメが倒れている通路に踏み込んでいく。


 まだ戦闘は続いているが、脚を撃たれたサメメは動けなくなっていた。


「こっち……下、凍ってる……」

「うわっ、寒っ!」

「サメメ、暴走……そこから呼ぶ……」


 怪我を負わされて逆上したサメメは、無茶苦茶な威力で魔法を暴発させ、奥にいるレジスタンス達を凍り漬けにした。


「サメメ! チルルだよ、そっちに行っても大丈夫?」

「チルル、痛いよぉ……チルル、早く、早く来て!」


 ここに来るまでにも、砕けたマネキンのようなレジスタンスの死体がいくつも転がっていた。

 そんな惨状を作り出しておいて、ちょっと撃たれたぐらいで泣き言ぬかすなと言いたくなる。


「チルル、早く、早く治して、死んじゃう……」

「大丈夫、すぐ治療するからね……ケケン!」


 チルルは、僕を引き寄せて噛みつくようなキスをしてきた。

 噛みつくようなではなく、本当に僕の唇に犬歯を突き立てて、溢れてきた血を啜っている。


「んふぅ……んっふぅ……んあっ」


 急激に魔力が高まり、チルルは酔ったように顔を上気させ、すぐに治癒魔法を掛けようとします。


「駄目……まだ、弾残ってる……」

「あっ……ケケン、早くしてあげて……」

「分かった……サメメ、少し我慢……」

「手前、痛くないようにやれよな……くそっ、あぐぁぁぁ……」


 メスを使って銃創を切り裂き、ピンセットを使って弾を取り出す。

 魔眼を使い、最短距離で弾まで辿り着いているものの、麻酔無しなので相当な痛みだろう。


 サメメは、チルルから渡された手拭いを噛み締めて、必死で痛みに耐えている。

 僕が弾を取り出した場所から、チルルが治癒魔法を掛けていった。


 毛筋ほどの傷跡も残さずに治すのだから、やはりチルルは人並みはずれた治癒魔法の使い手なのだろう。


 治療を続けている間に、雷鳴や拠点を揺るがす衝撃が止んだ。

 魔眼で透視してみると、レレゾとガガトが合流したようで、制圧終了の合図を送っていた。


「終わった……レレゾが合図してる……」

「ちっ、あたしだけかよドジ踏んだのは……だいたい手前がちゃんと調べねぇからだろ、この能無し! 凍り漬けにすんぞ!」

「ちょっとサメメ、あたしの魔力タンク壊さないでよ」

「ちっ、それさえ無ければ、とっくに凍らしてんのにさ……」


 手砲の場所はちゃんと教えてあったし、自分が油断した結果の八つ当たりだが、反論すれば余計に揉めるだけなので黙っている。

 それに、チルルが治癒魔法を自由に使えるようになるには、僕の存在は不可欠なので、痛めつけられても命を奪われることはない。


 治療を終えて拠点の外へと出ると、レレゾとガガトは先に戻って来ていて、帰り支度を始めていた。

 戻って来た僕らを見て、レレゾが声を掛けてきた。


「サメメ、やられたのか?」 

「ちょっと油断しただけよ、大したことないわよ」


 返り血にまみれた戦闘服を脱いでいたガガトも、心配そうに声を掛けてくる。


「サメメ、大丈夫なんだろうな?」

「傷一つ残ってないけど、この能無しに嫌らしい手付きで胸を揉まれちゃったわ」


 確かに無駄に大きな胸は見たけど、弾を取り出すためで、揉んだ覚えはない。


「何だと手前ぇ……」

「弾、取り出した……だけ」

「嘘ついてんじゃねぇよ、どらぁ!」

「ぐうぅ……嘘、違う……がぁ……」


 ガガトが巨体に似合わない素早い動きで放った前蹴りを腹に食らい、倒れたところに更に回し蹴りを食らった。

 ガードした両腕が、ビキっと嫌な音を立て鈍い痛みが走る。


「ちょっと、サメメもガガトも止めてよね。あんまり面倒掛けると治療してあげないわよ」

「ちっ、能無し、手前はチルルの乳でも揉んでろ!」

「ちょっと、ガガト!」

「ふんっ……」


 チルルの治癒魔法で、すぐに痛みは無くなったけど、ガガトに対する憎しみまでは消えない。

 僕らが揉めている間にも、護衛の騎士達は作戦の後始末を始めていた。


 油と火薬を撒き散らし、アジトを完全に破壊するのだ。

 やがて油の線を引きながら騎士達が戻って来た。


「お待たせいたしました」

「遅いぞ、もたもたするな!」

「はっ、申し訳ございません」


 レレゾは叱責したが、僕の目からは騎士達の動きには無駄が無く、機敏に動いているようにしか見えない。

 僕らが地竜車に乗り込んだのを確認すると、一人が手綱を取り、もう一人は御者台から乗り出すようにして油を撒き続けた。


 そして、アジトから十分に離れた所で、撒いて来た油に向かって魔法を打ち込んだ。


「ファイヤー・バレット!」


 地竜車の一番後、装備品の置かれた場所に乗っている僕からは、炎の帯がアジトへと向かって行くのが良く見えた。

 アジトの中に撒き散らされた油は、内部を火の海へと変えて無残に倒れた死体も炎に包んでいく。


 そして、アジトの最深部に置かれた火薬樽にも引火し、大爆発によって出入口からは炎が噴出し、内部の圧力が全て抜けた所で丘が陥没し、跡形もなくアジトを埋め尽くした。


「問題ない……全部埋まった……」


 返事を返す者はいないが、今の報告をもって僕の役目は終わりだ。

 任務は終了したが、レジスタンスは全滅していない。


 実は最初に見取り図を描いた時に、抜け穴を一本描かずにおいたからだ。

 レジスタンス達が一番重要視し、巧妙に隠された抜け穴だけは三人に知らせずにおいた。


 その抜け穴を通って、非戦闘員と思われる人達の多くが抜け出している。

 こんな事では罪滅ぼしにはならないだろうが、今の非力な僕にできるのは、この程度だ。


 ここまで来る途中に見る集落や、レジスタンスの人達の生活レベルを見れば、どれほど貧しいのかは一目で分かる。

 それに対して軍の施設での生活は十分に豊かだし、時折チルルの治療に同行して訪れる貴族の屋敷は、絢爛豪華の一言だ。


 今は戦力の面で大きな差があるが、手砲が進化してライフル銃のようになれば戦力差は逆転するだろう。

 民衆が蜂起して、この国の実権を握る日も遠くはない気がする。


 四人が座っている座席の後、装備品を載せるスペースで膝を抱えて座り、目を閉じて眠った振りをしている。

 耳にはガガソの下らない自慢話が嫌でも入ってきた。


 その馬鹿笑いをするガガトの周りには、血塗れの幽霊が何体もへばり付いている。

 でも、魔眼を持たない四人は、一生気付かないのだろう。

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