第7話 鹿狩り

 雪は、更に深く降り積もった。

 家の出入り口が埋まらないように、煙抜きの穴が塞がらないように、毎日雪掻きをしなければならなかった。


 家の周囲に積もった雪は、たぶん僕の身長よりも深くて、手製のカンジキを付けても上手く歩けないほどだ。

 長い時には、二日も三日も吹雪が続き、ずっと夜が明けないのではないかとさえ思ってしまう。


 東北地方の豪雪地帯に住む人ならば、あるいは当たり前の風景なのかもしれないが、東京生まれ、東京育ちの僕にとっては、恐ろしくなるような雪景色だ。

 家の入口を閉め、火を焚いていれば凍えないで済むけど、いつまで冬が続くかも分からないので、薪も節約しないと心配になってくる。


 外で遊べないので、昼間はフィヤを声やハンドサインで誘導する練習をして過ごした。

 前後、左右、伏せろ、走れ……声だけ、右手の動作だけでフィヤを動かせるように練習を続けた。


 フィヤにとっては遊びの一環になるように、上手くいったら思いっきり撫でて褒めてやり、集中力切れたと思ったら、薪を引っ張り合いする別の遊びをしてあげる。

 フィヤはなかなか賢くて、十日ほども練習を続けていると、大体の動きを把握した。


 その後は、薪を障害物に想定して、除けたり、周囲を回ったりと、難易度を上げてやると、フィヤも面白いのか自分から訓練に取り組むようになった。

 これだけの動きが出来るようになれば、もしかしたら春には兎狩りとかが出来るかもしれない。


 虎の干し肉は残っているが、春になったら別の動物を狩って食べたいという欲求が、日に日に強くなっている。

 鹿は難しいとしても、兎ぐらいの大きさの獲物ならば獲れる気がする。


 とは言っても、野生動物は動きが素早いので、何の準備も無しでは間違っても掴まえられないだろう。

 罠が必要だろうが、下手な罠を仕掛けたら、フィヤが引っ掛かる恐れがある。


 掛かっただけで怪我をしたり、死んだりするような罠では危険だ。

 逃げられない狭い場所に追い込んで、そこで止めを刺すような形にするしかないだろう。


 今のうちに川に仕掛ける罠も作っておく。

 川エビとかカジカのような魚が結構獲れるので、食料を補うのには大切な手段だ。


 冬に入る前に使っていた罠は、急な雪で回収できなかった。

 残っていれば、獲物が入っているかもしれないが、あまり期待しない方が良いだろう。


 秋に大量の魚が産卵に上って来たという事は、春になると稚魚が川を下って行く可能性が高い。

 そこで、小魚を獲れる網も作っておく。


 蔓を叩いて柔らかくして、裂いて、縒って、糸状にして、網状に結んでいく。

 大きな魚を獲った時の大雑把な網と違い、根気のいる作業だが、外は吹雪で時間は沢山ある。


 フィヤも僕が作業に没頭している時は、大人しくそばで寝ていた。

 毎日のように雪が降り続ける日が続いていたが、次第に晴れる日が増えて来た。


 十日に一度ぐらいだったのが、五日に一度ぐらいになり、三日に一度ぐらいと、太陽が顔を覗かせる時間が増えて来ている。

 晴れた日には、入り口と煙抜きの穴の雪掻きをして、その後はフィヤと遊んだ。


 すっかり雪の中で動き回る術を身に着けたフィヤを、声だけで誘導する。

 なにせフィヤは、スッポリと雪に埋まってしまうので、ハンドサインなど見る事も出来ないのだ。


「フィヤ、右、右、真っ直ぐ、ゴーゴーゴー……ストップ、左……左……ゆっくり、ゆっくり……ゴー! ゴーゴーゴー、右、右、ゴー……よーし、おいで!」

「わん、わん、くーん……くーん……はっはっ……」


 雪の中から飛び出して来たフィヤは、僕を押し倒すように飛び付いて来て、ペロペロと顔を舐め回す。


「よーし、よーし、フィヤ、良かったよ、凄く良かった」

「わん、わん、わん!」


 誉めながら撫でまわしてやると、フィヤは嬉しそうにじゃれ付いてくる。

 出会った頃には、ぬいぐるみのように小さかったフィヤは、今や柴犬の成犬よりも大きく成長している。


 もっとも甘ったれなのは変わっていなくて、ハンドサインなどの練習をする時以外は、常に僕の回りをウロウロとしている。

 燻製が残り三分の一ぐらいになった頃には、吹雪く日は殆ど無くなり、雪が降ってもドカっと積もるような降り方ではなくなった。


 日差しも力強さを増している感じで、毎日のように雪を退かさなくても家の入り口が埋まる事も無くなった。

 明らかに春を感じる日が多くなってきたが、フィヤも成長して食べる量も増えてきていて、雪が融ける頃には、食料も底を尽きそうな気がする。


 雪の降り方が弱くなったので、川まで道を踏み固める事にした。

 雪を踏み抜いて落ちたりしたら危ないので、まずは河原まで。


 そして、雪が浅くなってから、川まで辿り着けるようにする。

 手製のカンジキで、地道に雪を踏み固めていく作業は、かなり体力を消耗させられる。


「わふっ、わふっ、わふっ」

「フィヤ、固めた脇を崩すなよ、まったく、ちょっと自由に動け回れるようになったからって、調子に乗るなよな……」

「わふぅ、わふぅ……わん、わん、わん!」

「はい、はい、後で遊んでやるから……ん?」


 雪の中からひょっこり顔を出したフィヤが眺めている先を見ると、鹿の群れがいた。

 数は六頭、前回の鹿とは違って、枝分かれした角が生えている。


 一番大きく立派な角を持っているのが、群れのボスだろうか。

 他の五頭は、枝分かれはしているものの明らかに角が小さいものばかりだ。


「フィヤ、待て……」


 鹿の群れにも目を奪われたが、それよりも、この群れを狙っている肉食獣が居ないか気になって周囲を見回した。

 幸いにして、肉食獣の姿は見えないし、鹿たちも僕らの方にしか注意を払っていないようだ。


 僕らが動かずに見ていると、大丈夫だと判断したのか、鹿たちは視線を逸らして移動を始めた。

 とは言っても、雪が深く、思ったほど機敏に移動出来ないようだ。

 その姿を見て、僕の中で食べたいという欲求が頭をもたげた。


「フィヤ、待て!」


 もう一度、フィヤに待てを命じて、銛を取りに家に戻った。

 ヌシを獲った時に作った、蔓付きの銛五本、蔓無しを五本携えて戻ると、まだ鹿たちは遠くまで行っていなかった。


 そのまま追って行っても、僕の足では追い付けない。

 なので、フィヤを回り込ませて、家の上の崖へと追い込む。


「フィヤ!」


 ハンドサインで大きく回り込むように指示を出すと、フィヤはモコモコと雪の中を進み始めた。


「フィヤ、右! そのまま……そのまま!」


 上流から下りて来たらしい鹿たちは、フィヤに後ろに付かれる形となって、少し速度を上げようとしている。

 フィヤは鹿たちの真後ろから、左側に回り込むように進んで行く。


「フィヤ! 右、右、真っ直ぐ、そのまま!」


 フィヤに左側へと回り込まれる形となって、鹿たちは右方向へと進路を変えた。

 そのままフィヤに群れの左後方を進むように指示を続けると、鹿の群れは大きく弧を描いて戻って来た。


 僕らの家の上側、大岩の庇の更に上は、登る程に切り立った崖になっている。

 ここに誘導出来れば、もしかしたら追い詰められるかもしれない。


 鹿の群れの向きが変わった所で、フィヤを真後ろへと誘導して、追い込みを掛けさせた。


「フィヤ! ゴー、ゴーゴーゴー!」

「わふっ、わふっ……」

「フィヤ、右、右、そのまま、ゴー、ゴー、ゴー!」

「わふっ!わふっ!わふっ!」


 フィヤに追い込まれて、鹿たちは崖の方へと上って行った。

 僕も銛を持って、雪を踏み固めながら進もうとしたが、雪が深すぎて上手く進めない。


 僕の上、10メートル程の所を鹿達は通り抜けようとしている。

 このままでは追いつけないと思い、蔓付きの銛を鹿の群れに向かって思いっきり投げ付けたが、狙いが外れて群れの手前の雪面に刺さってしまった。


「くっそぉ、フィヤ、ステイ!」


 一旦フィヤに追跡を中止させ、蔓を手繰って銛を回収した。

 先端が外れる銛は、ヌシを仕留めた時のように近くの獲物に刺すには向いているが、遠くの獲物を狙うには向いていない。


 投げてしまうと、一々棒を拾いに行かなければならない。

 今回は、次の一投が最後になるつもりで望まないと駄目そうだ。


 深い雪に苦戦しながらも、フィヤと一緒に鹿達を追い詰めていった。

 鹿達が上っていった先は、奥へと抜けてくような道筋は無く、進むほどに切り立った崖になる。


 僕らから逃げるには、鹿達は戻って来るしかない。

 もう一度、僕らの前を通り抜けようとする時がラストチャンスだ。


「フィヤ、前……前……左……」

「わふっ……わふっ……」


 フィヤの位置を微調整しながら、ゆっくりと鹿達に近付いていく。

 鹿達は、崖の一番先まで行き、振り返って僕らを観察している。


 たぶん逃げる時には、一気に僕とフィヤの間を駆け抜けて行くはずだ。

 フィヤとの距離が離れ過ぎない様に、それでいて外側を通られないように気を配った。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 積もった雪の中を動くのは、思っていたよりもずっと重労働で息が切れる。

 雪を口に放り込んで喉の渇きを癒し、ジリジリ、ジリジリと距離を詰めて行くと、ボス鹿が決断したように動き出した。


「フィヤ、ハウル!」

「わん、わん、わん、わん!」


 フィヤと僕の間を駆け抜けようとしていた鹿の群れは、フィヤに咆えられた事で僕よりにコースを変更した。


「せーの、うりゃぁぁぁぁぁ!」


 さっきは手前に刺さってしまったので、今度はもっと上を狙って銛を投げたのだが、今度は群れの上を通り過ぎてしまった。


「あぁ……しまった……」


 完全に逃げられたと思ったのだが、銛に付けていた蔓が一頭の角に絡みついた。

 蔓は更に前脚に絡み付いて、鹿は大きくバランスを崩し崖を転げ落ちていく。


 蔓が絡んだせいで前脚を上手く使えず、鹿はもんどり打って斜面を転げ、岩の間に角が引っ掛かった。

 ゴキン……っと嫌な音が聞えて、僕が踏み固めた道まで落ちた鹿はピクリとも動こうとしなかった。


 一旦僕らの前を通り過ぎて行った鹿の群れは、途中で足を止めると仲間の倒れた場所へと近付いて行く。


「フィヤ、おいで!」

「わふっ!」


 予想外の事態にフィヤを呼び寄せたが、その後どうするべきか分からなくなってしまった。

 フィヤと合流して、斜面をズリズリと滑りながら鹿の群れへと近付いていったが、ボス鹿が倒れた仲間の前に立ち塞がって、僕らを近付けさせまいとしている。


 不用意に近付けば、今度は僕らが角の餌食にされそうだ。

 更に斜面を滑り落ちるようにして、鹿達から20メートルぐらい離れた位置で、踏み固めた道まで戻った。


「うぅぅぅぅ……」

「フィヤ、待て!」


 20メートルほどの距離を保って対峙し続けたが、鹿達はなかなか動こうとしない。

 ボス鹿が僕らを睨み付け、他の鹿は倒れた仲間を起そうと鼻面を寄せている。


 その必死な様子に罪悪感を感じてしまったが、ここで追加の食料を得られるのと得られないのとでは大違いだ。


「くぅーん……くぅーん……」

「そうだね、お腹空いたよね……よし、戻ろう、ハウス」


 睨み合っていても仕方がないので、一旦家に戻って食事を取る事にした。

 魚の燻製を炙って昼食にして、食べ終わった後はフィヤと一緒に昼寝した。


 昼寝から目を覚ましても、まだ鹿達は仲間の下を去っていなかった。

 家に戻り、フィヤとじゃれ合って時間を過ごし、日が傾いた頃に様子を窺うと、鹿達は倒れた仲間を残して姿を消していた。


 踏み固めて作った道の脇を更に踏み固めて、鹿が置ける程度のスペースを作った。

 本当は今日中に解体したいところだが、時間的に難しそうなので一旦雪を被せて固めて隠しておく。


 血抜きとかをした方が良いのだろうが、既に鹿の身体は冷たくなっているので、上手く血抜きは出来ないだろう。

 この近くには、鹿を食い荒らすような野生動物は居ないはずだが、念入りに雪を被せて固めておく。


 フィヤも周りの雪を掻いて手伝ってくれた。

 鹿は首の骨が折れて死んだようで、血が流れていないから臭いで野生動物を引き寄せる事はないだろう。


 鹿を埋め終わる頃には日も西に傾き、ぐっと気温が下がってきた。

 小雪も降り始めて、まだまだ春は遠いと感じさせられる。


「フィヤ、帰るよ、ハウス」

「わん! わん、わん!」


 明日は朝から鹿の解体作業だ。

 傷みが早いと思われる内臓から処理して、肉は大きく切り分けて雪室に保存しよう。


 燻製も作って保存食も増やせるだろうし、これで春までの食料は大丈夫だろう。

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