二度目は他殺
種を植えたというのはどうやら本当のことのようで、彼女はよく水を飲むようになった。喉が渇くと見るからに顔色が悪くなったし、どんなに手を繋いでいても温かくはならない。髪の先が少し緑がかってきたような気がする。
展示されている植物は、今じゃもう見られない希少な花ばかりで、キリコは目を輝かせながらひとつひとつ説明してくれた。夢のない僕とは違って彼女は将来、植物の研究者になりたいと言っていた。贔屓目かもしれないけれど、今でも十分研究者のようだ。
「ねえ、特別展示がやってるんだって! 行ってみようよ!」
「特別展示?」
「青年植物展だって!」
無意識に、足が止まった。
すくんでしまったのかもしれない。ぐびぐびと水を飲んだキルコが、可愛らしくお願いと手を合わせた。
「あ、ああ……」
実のところ、青年植物を見るのは初めてだった。いつもの公園に植えてある木がそうなのかもしれないし、花壇に咲いた花がそうなのかもしれないが、外見的特徴はない。普通の植物と青年植物の違いは、僕のような一般人にはわからないようになっている。
キリコに手を引かれたまま特別展示室に入ると、渋い男の声がしんみりと何かを語っている。青年植物の歴史、砂漠化から自然復活までの奇跡のストーリー。
なにが奇跡だバカらしい。
花の横にたてられたパネルには、生前の略歴、種を飲んだ年齢などが書かれていて、だいたいの人物像がうかがえる。
「私ね、花を咲かせたいの」
ひときわ目立つ、赤い花の前に立ちどまったキリコが、そう言ってパネルに顔を近づけた。大学卒業後に化粧品メーカーに就職した二十五歳の女性だという。
「わがまま、言っていいかな?」
パネルから目をそらさずに、キリコが口を開く。
僕が返事をする前に、彼女は言葉を続けた。
「私をね、ずっと大切にしてほしいの」
「ずっと?」
「うん、植木鉢にいれて、ずっとそばに置いてくれないかな。きっと素敵な花を咲かせてみせるから」
「僕の部屋で?」
「うーん、そうだなあ、ずっと植木鉢じゃきっと収まりきらなくなるだろうから、大きくなったら庭に植えてくれていいし。あ、でも、引っ越しとかで置いて行かないでね。ちゃんと私を連れて行って」
涙声でそういう彼女を思わず後ろから抱きしめると、途端に肩が震えて、彼女は嗚咽を漏らし始めた。三年の付き合いで泣かせたことはない。泣き顔を知るのがこんな時だなんてあんまりだ。
「でもね、あのね、嫌じゃないって言ったのは半分本当なの」
「どうして」
「死んだら燃やされて、灰になるでしょ?」
「ああ……そうだな」
「灰なんてゴミじゃない。それなら、私は美しく咲きたいなって」
そんなの、どちらも変わらない。
灰になろうと花になろうと、キリコがいなくなることは同じだ。それなら人間として僕のそばにいて欲しかった。一緒に年老いて欲しかった。僕がこの気持ちを伝えてしまえば、きっと彼女は自分の選択を悔やんでしまうだろう。
彼女の強がりを肯定するように、何も言わずに腕の力を強める。床に染みを作った涙は、綺麗な緑色をしていた。
灰なんてゴミじゃない。彼女の言葉がふとよみがえってくる。
もう何年、緑のままだろうか。
大きくなった庭の木に火をつける僕を、名も知らぬ誰かが羽交い絞めにした。
咲かない彼女 入江弥彦 @ir__yahiko_
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