咲かない彼女

入江弥彦

緩やかな自殺

 今、彼女はなんと言っただろうか。

 うるさい鼓動を服の上から押さえつけて、もう一度言ってくれとジェスチャーで示す。聞き返すための言葉が上手く出なかった。



「種を植えたのよ、トオルくん」



 キリコはそんな僕の反応が予想通りだとでもいうように、ゆっくりと口角をあげた。緩やかな自殺を告げるには不釣り合いな表情が彼女らしい。

 この作り物みたいに綺麗な笑顔に僕は惚れたはずなのに、今は何よりも憎らしく思える。



「……いつ」



 絞り出された声がかろうじて空気を震わす。



「三日前」



 なんてこった、もう三日。残された時間は、あと四日。

 怒りとか悲しみとか絶望とか、そういう言葉では表せない感情がこみあげて僕は思わず口を押えた。

 小刻みに震える僕の手を彼女が握る。そういえば、ここ数日は氷のように冷たかったっけ。三日前に種を植えたというのならそれも納得がいく。冷え性なのよね、なんて嘘の上手な彼女にすっかり騙された。



「なんで、一言相談してくれなかったんだ」


「政府からの決定だもん」


「承諾するかどうかは本人の自由だって……」


「そうね。一応、そうなってるわね」



 だったら。どうして。なぜ。なにか一言。

 言葉をうまく選べずにいると、キリコが立ち上がって僕の手を引く。つられてベンチから腰を上げると、人目もはばからず思い切り抱き着いてきた。



「私、嫌じゃないよ」


「嘘だ」


「本当よ」


「いや、嘘だ」


「どうだろう」



 最近の高校生は大胆ね、なんていうおばさんたちの声が聞こえたが、僕は今それどころじゃない。



「ねえ、喉が渇いちゃった」


「飲むなよ、水」


「枯れちゃうよ」



 枯れていいんだよ。枯れていいから。

 小さく首を振る僕の頬に、キリコが両手を添える。

 まっすぐ僕を見上げる彼女の瞳にはどこか悲しそうな色が揺れていた。



「ねえ、四日間、学校サボっちゃおうよ」


「友達はいいのか?」


「私はトオルくんと過ごしたいの」


「行きたいところとか、ある?」


「植物園!」


「……趣味、悪いよ」



 ふざけているのか本気なのか、彼女の提案にそう返すのが限界だった。

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