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 サトリとサワラ。

 

 アイウエオ順に並んだら、たまたま順番が前後した、それだけ。

 だけど、中学校に上がったばかりの、夢見がちな年頃の女の子が、運命、っていうモノを自分勝手に証明するには、あまりにも都合のいい出来事だった。


 席が近ければ、自然話す機会は多くなる。私達が仲良くなるのに、そう時間はかからなかった。

 おだやかで優しくておっとりした美晴は、私がグイグイ主導する形で、どんどん友情を深め、一週間経つ頃には、もう下の名前を呼び捨てするような関係になった。

 舞台をおりた美晴は、あの時のような神々こうごうしさよりも、もっとずっと親しみやすくて。

 些細ささいな出来事にも反応して、コロコロよく笑う子で。出来ないことより出来ることに目を向けて、人のいいところを見つけて。

 幼い頃に両親を亡くした、なんて過去を微塵みじんも感じさせなかったから、初めて美晴の家に遊びに行った時にその事を知って、驚いた。

 美晴のお祖母さんも、おじさんもおばさんも、優しかったけど。でも、お祖母さんはともかく、おじさんおばさんは、美晴を大切にしつつも、ちょっと他人行儀な感じで。

 でも、美晴は幸せそうだった。無理している感じは、全然なくて。

 今ある幸せを、大切にしていた。偽善とか、そんなんじゃなく、たぶん本気で、自分はそれなりに幸せって、思っていたんだ。

 

 そんな美晴を、不憫ふびんとか思うのは、美晴に対して、とっても失礼だと思ったから。

 私は私らしく、美晴の大切な友達として、美晴のそばにいたい……そう思っていたのに。


 私が感じていた気持ちが友情とはちょっと違う、ラブレターの件でそれを自覚した時は、かなり悩んだ。


 それまで、私は普通に少女マンガのラブストーリーのような、恋に憧れていたし。ただ、現実にはそんな素敵な男の子は存在しない、って思ってもいたけど。

 周りの男子は、あまりにも粗暴で、子供っぽくて、恋愛対象にならなかったから。


 女の子が、女の子を好きになる。


 まだ「LGBTQ」なんて概念が広く認知されていなかった頃で、だから、私は自分が異常なんだ、と思っていた。

 こんな気持ちが知られたら、生きてはいけない。

 子供特有の純粋過ぎる思い込み。


 だからと言って、美晴からは離れられなかった。


 その『恋』を心に秘めたまま、私は年月を重ね……あっという間に中学卒業を迎え。

 私達は同じ高校に入学することができた。けれど、クラスは分かれてしまった。


「美晴は、進路、どうするの?」

 クラスは分かれてしまったけど、家の方向が一緒だから、私達はよく一緒に登下校した。

 学校で一緒に過ごす時間が減った分、そのわずかな時間が、とても大切だったから、私は時を惜しむように沢山の話をした。


「あ、うん、私は進学しないかな。高校卒業したら、お見合いして、結婚しないといけないから」

「……それ、本気?」

「ミチだって知ってるじゃない。20歳までは恋愛も自由だけど、それまでに好きな人が出来なかったら、お見合いしなさいって言われてるって」


 聞いていた、知っていた……冗談だと思っていた。

 確かに、美晴のお祖母さんは、早く結婚して、幸せになってほしいって、口癖のように言っていたけど。


「いや、聞いていたけど、今時そんなの、時代錯誤さくごじゃない? そんな歳で将来決めるなんて早すぎるって! せめて大学卒業までは、待ってもらえないの?」

「……一応、交渉はしている。でも、それが許してもらえても、選べる学校は、ひとつしかないけど」

 美晴が告げたのは、すぐ近くにある、国立大学。

 極端に偏差値が高いわけじゃないけど、それなりに難関。

「……結構ハードルが高いね。でも、文系の学部もあるから、まだ見込みはあるか。美晴は、お祖母さんに逆らう気はないんでしょ?」

「別に言いなりになるつもりはないよ? だから、交渉してるんだし。ホントは仕事もしたいけど、あの大学なら必要な資格も取れるし、今後の交渉次第だし。ただ、猶予ゆうよは貰いたいけど、お祖母ちゃん悲しませてまでを張るほど、好きな人がいないだけで」

「誰もいないの? 一人も?」

「うん……あーあ、ミチが男の子だったら、良かったのにな」

「え?」

「だって、私、今まで生きてきて、ミチより好きになった人、いないもん。ラブレターとか貰っても、全然ときめかなかった。それよりも、ミチといる方が、何倍も楽しかったし。でも、ミチは女の子なんだよね、残念」

「……もし、私が男の子だったら、私と結婚していた?」

「うん。それなら、高校卒業と同時でもいいな。きっと毎日楽しい」

「じゃ、美晴が頑張って大学卒業まで期限を伸ばして、それでも、好きな人が出来なかったら、私と駆け落ちしない? 私も美晴とだったら、一緒に暮らしたい」

「……それ、いいかも。好きな人ができたら、って、別に女の子じゃダメだなんて、一言も言われてないもんね」

「じゃ、約束しよ。美晴が大学卒業するまでに、社会で生活出来る力を身につけて、いざとなったら駆け落ちしよう」

「うん、約束」



 思いがけず、美晴と将来を誓い合って。


 それが、美晴にとっては、女の子同士の、悪ふざけの延長だったとしても。

 たったひとつの道しかなかった将来の選択肢を増やせたような、錯覚めいた希望だったとしても。


『今まで生きてきて、ミチより好きになった人、いないもん』


 それが、単なる友情の範疇はんちゅうだったとしても、嬉しかった。



 やがて、美晴は希望が叶い、大学に進学し。

 交渉の結果、大学の選択肢を増やしてもらい、通学圏内の私立大学に通えることになった。そこでも美晴の希望する仕事の資格は取れるんだって。


 私は、とにかくいざとなったら美晴を養えるくらい、手に職を付けるため、近くの看護学校に進学した。学んでいるうちに、助産師の道にも興味が出てきた。だって、美晴との間には、どんなに望んでも、赤ちゃんは産まれない。でも、赤ちゃん、すごく可愛い。だから、私が産めない分、世の中のお母さんを手伝って、沢山の命を助けたい……他人には話せない動機だけど、私は真剣に勉強し、看護学校を卒業したあと助産師専攻のある学校に進学した。

 

 無事、助産師の資格も取って。

 私は実家近くの市立病院に就職した。

 

 美晴は、結局大学でも好きな人は出来ず、お見合いを承諾していた。ただ、正式に決まるまでは、せめて外で働きたいと交渉して。

 美晴がなりたかったのは、図書館の司書で。

 でも、図書館司書の採用は、なかなか狭き門で。

 近くの市立図書館でも、司書の募集はなく、美晴が選んだのは、商店街の小さな本屋さんの店員だった。

 美晴のお祖母さんの知り合いの、老舗の本屋さん。

 これが、お祖母さんのギリギリの許容範囲。

 ほとんどアルバイトみたいなものだけど、大好きな本に囲まれて仕事出来るのは嬉しい、と話していた。

 

 さすがにこの頃は、私も美晴との約束を本気で果たすのは現実的じゃないことは、分かっていた。

 でも、もし、そのお見合い相手が、嫌なヤツだったら。

 そこまでいかなくても、美晴がどうしても結婚したくないと思うんだったら。

 いつでも美晴を受け入れることが出来るように、私は一生懸命働いた。

 すぐには助産師の仕事はさせてもらえなかったけど。まずは産科病棟で看護師として働きながら、少しずつ仕事にも慣れていくのを目標にして。


 やっと、3ヶ月が過ぎた、ある日。

 美晴が連絡してきた。相談したいことがある、と。


 もしかして、お見合いしたのかな?

 ソイツが、嫌なヤツだったのかも知れない。


 心配と、ちょっとした期待を胸に、私は次の休みに、美晴と落ち合った。

 夜は美晴は外出できないから。


 そして、告げられたのは。


「好きな人が、できたの」


 ……いつかは、こんな日が来るとは、思っていたけど。

 でも、美晴が続けて発した言葉で、私はショックを受けている暇を与えられなかった。




「それと、赤ちゃんが、できたみたいなの」

 

 

 

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