閑話 佐原主任の想い人

1

 女の子が女の子に恋しちゃいけないなんて、誰が決めたんだろう? 


 その頃は、毎日そんなことばっかり考えていた。


 その頃。私が中学生になった、頃。


「ミチ? 何してるの? 帰ろうよ」

「あ、うん、帰ろう、帰ろう」


 中学校に入学して、同級生になった佐取サトリ美晴ミハルに声をかけられて、私は思考を中断した。

 思考を中断されたことに、別に腹は立たない。だって、それよりも、美晴と帰る方が、大事だから。


 この気持ちに気付いたのは、いつだったかな?


 多分、夏休み前に、美晴が上級生にラブレターを貰った、あの時。


 困ったような、恥ずかしいような、複雑な顔で、ラブレターを読んでいた、あの顔を見た時に、私は自分の心の奥底に芽生えた、嫉妬の炎を感じた。


 それは、仲の良い友人に対する独占欲なのだ、と最初は思ったけど。


「どうしよう、ミチ。こんな手紙、どうしたらいいの?」


 携帯電話がようやく普及し始めた頃で、中学生の連絡手段は、まだ家電か手紙、という時代。

「興味ないなら放っておけば? どうせ付き合ったりしないんでしょ?」

「それはそうなんだけど……でも、無視するのも悪いし……」

「付き合う気もないのに、変な気を回せば誤解されるよ。相手もどうせ当たって砕けろって気持ちだよ。高嶺の花のお嬢様だもん」


 美晴は、市内でも、有数の名家である佐取家のお嬢様だ。と言っても、跡を継いでいるのは、美晴のおじさんなんだけど。

 美晴のお父さんとお母さんは、もう大分前に亡くなったらしい。なので、美晴のお祖母さんに引き取られて、佐取の本家で暮らしている。


 中学三年生が、一年生にラブレターを寄越すなんて、なんてマセたことを、と思うけど。それも男子が。


 でも、美晴には、そうさせてしまう魅力があった。


 顔形はそれなりに整っているけど、すごい美少女かと言うと、そうでもない。

 でも、そこに、美晴の声や、仕草や、立ち居振舞いが加わると。


 たおやか、と言うのは、こういうことを言うんだろうか? 指先が動くだけで、まるで雅楽ががく調しらべが聞こえて来そうな、まるで舞を見ているような、不思議なオーラが漂う。


 佐取家は、山の方にある由緒正しい神社の宮司ぐうじの家系で、その家の子供は、お祭りの日には神社の隣に設置された舞台で舞を舞っていた。

 お神楽舞かぐらまい、神社では『浦安うらやすの舞』って呼んでた。今は血筋に関係なく、神社周辺の地区に住む小学生の女の子は 希望して練習すればこの舞に参加することができる。


 まだ美晴と友達になる前。

 私達は、家は意外と近いのに、たまたま学区の境目で、違う小学校に通っていた。

 だから、家からそう遠くない神社のお祭りに行って神楽舞を観たのも、ホントにたまたまで。

 昨年の秋、この舞台には他の女の子も上がっていた。同じ歳くらいの女の子達が踊るのよ、スゴいね、くらいの軽い気持ちで、眺めていたけど。


 そこに、神が降りてきていた――。


 まさに、巫女、と言うのはこういう存在なのだ、と示すかのように。


 正直段違いだった。その眼差しが、指先が、腕の動きが、隅々まで神経が行き届き、力が張り巡らされ、けれど、優雅で。

 他の女の子達の役割は、その圧倒的な存在感を判らせる為だけに、あるように。


 あの瞬間、きっと私は、恋に落ちていたんだと思う。



 神々しいまでに美しい、神の依代よりしろに。



 中学校の入学式に教室に入った時。その女の子が、自分の前の席に座っていたのを見た時は。


 

 これは、運命の出会いに違いない――本気でそう思った。


 

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