17話~災いの兆候

「王子。軍務局からの報告で懸念事項がございます。」



「嫌な予感しかしないが…聞こう。」



「昨日の治安維持部隊の城壁外警邏において、魔獣の目撃情報が上がってきました。戦闘にまで発展したらしく、辛くも撃退に成功したとのことです。幸いにして死者はいなかったものの、重傷一名、軽傷三名の被害が出た様です。」



「重傷者出たのか!?五人一組で動いていたはずだろう!?」



「それほど強い個体だったという事なのでしょう。報告によると、不意の遭遇戦だった様で、元は牛だったのではないかという話です。

今日その死体の回収を行う予定と聞いておりますが、魔獣が確認された地点です。十分に活動が出来るかどうかも不透明です。」



「そもそも、魔獣が発生する要因なんかあったか?魔獣が自然発生するなんて考え辛い。」




魔獣とは動物の種類の区分ではなく、魔力の影響を深刻に受けてしまった動物の変異体を指す


その個体は元となった個体よりも大型化、狂暴化し、非常に頑丈になる。その反動というか、内包する魔力に耐えきれなくなり長くて一週間の命ではないかと言われている


間違いない事は魔獣は人類にとって非常に危険な生物だという事だ




「魔獣の誕生には非常に濃密な魔力が必要になるのはご存じの通りです。最も可能性が高いのは、例のクーデターの際にAクラス魔術を使い、その後の魔力の拡散作業をしなかった可能性が高いかと思います。」



「魔力の拡散をサボったのか……。高位魔術師として常識だろう。」



「小国だからとは言え、さすがに知らない訳ではないと思いたいですな。

現実味があるところですと、Aクラス魔術を使用した後で拡散作業に移るまでの余裕がなかった。と考えるのが妥当ではないかと思います。

現段階ではあくまで推測の域を出ませんが、魔獣を生み出す程の魔力溜まりを引き起こす事象が他に考えられないのも確かです。」




通常では起こり得ない魔力が滞留する現象。いわゆる魔力溜まり。この現象は100%人族が原因で引き起こされる。ちなみに、獣人やエルフと言った亜人もこの人族に分類される


自然界において、魔力が一か所に留まり続けるという事は稀だ。通常、魔力は空気中に分散されて、徐々にその濃度は均一なっていく。常に一定.という訳ではないが、生物に影響を与えられる程の高濃度が自然発生する事はほとんどない


それを人為的に発生させるその方法が、高位魔術の行使だ。少なくともBクラス以上の魔術を用いらなければならないが、起こすことはできる


魔術は魔力を媒体にでしか発動しない。魔力は自然界にもあるが、人族にはそれを自身で生成、及び周囲の魔力を集めて転用する力がある。普通であれば自然界に大きな影響を与えるだけの力を持つ者はいないが、例外がBクラス以上に到達した魔術師


Bクラスの魔術なら、完全になくなるまで多少時間がかかるものの、魔力溜まりは自然と薄くなっていき、悪影響を引き起こす領域は小さい、Aクラスの魔術は残る魔力の量が尋常ではない為、範囲も濃度も高くなり、人力で拡散させる必要がある


魔獣の出現。それを生み出す為に必要な高位魔術でなければ発生しない魔力溜まり。それが可能なクーデターを率いていたAクラス魔術師の存在。間違いなく関係があると考えるのが自然。しかしながらその責任の追及はしたところで認めるとも思えないし、意味のあることでもない




「とりあえず事の真偽は別として、魔獣への対応が必要なのは間違いないな。」



「然様です。過去数十年に渡ってなかった事態です。過去の記録では群れを成す動物が元になった魔物がいたことで、当時の特A級魔術師が手こずった記録もございます。少々面倒な事件です。」




「下手するとレキシーも同じ様になるかもしれないという事か。過去の魔術師と現代の魔術師の技巧の差があるとは言え、楽観視はできない。魔獣は非常に短命という話だからな。当面一週間ほどは警戒を厳に対応していくしかないだろう。」




いざとなったら、城壁内で魔獣が寿命で死ぬまで耐えればいい。復旧には時間を要するかもしれないが、実際に魔獣に対処した人間が残っていない以上は最悪の事態を想定しておかなければいけないだろう




「隣の特A級区域から同様の報告は来ているか?」



「現段階では届いておりません。ここから両隣の区域までは少なくとも一週間必要ですから、そちらまで魔獣が達する可能性は低いと思われます。」



「少なくとも、大群で押し寄せるような事態にはならんか…。では、両隣の特A級にも連絡を。いざとなったら全力で飛んでくる指示を出すかもしれないとな。」



「畏まりました。ブライアント卿、シモンズ卿の両名に連絡を致します。」




まぁ、その二人まで駆り出すとなると大災害クラスだ。そうならないことを祈るばかりだな

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