軽いつもりで言った一言

月之影心

軽いつもりで言った一言

 ブーッ…ブーッ…


 机の上でマナーモードにしたスマホが震えていた。

 寝転がって本を読んでいた俺は本を机の上に置き、機嫌よく震えるスマホを取って画面を見た。


 【凜乃りの


 久し振りに見る名前だった。


『彼女は出来ましたかな?』


 電話に出るなりスピーカーからおどけた女の声が聞こえてきた。


「不覚にも機を逸して未だ独り身にございます、姫。」


 こちらも負けじと大仰に返した。


『あはは!久し振りだね!元気そうで何よりだよ。』

「あぁ、凜乃も元気そうじゃないか。それよりどうかしたの?」

『ううん。アドレス帳整理してたら大樹たいじゅくんの名前があったから懐かしくて電話しちゃった。」

「それはそれは。姫のお目に留まる事が出来、恐悦至極にございます。」


 またも大仰に、見えてもいないのに深々と頭を下げながら言って、二人で大笑いした。




 俺と凜乃は実家が隣同士で、小さい頃からよく一緒に過ごして来た幼馴染だ。

 幼稚園の頃から高校まで、別に男女の付き合いがあったわけでもないのにずっと一緒だった。

 周りからは『お似合いの二人だ』とかよく言われたが、俺も凜乃も、特にそういった事は意識せずに居た。


 今は二人とも大学生になり、それぞれ実家から離れて一人暮らしをしている。

 と言っても、俺の通う大学と凜乃の通う大学は駅一つしか離れておらず、更に住んでいる所はお互いの通う大学よりも近い。

 会おうと思えばいつでも会える距離だが特に何か用事があるわけでも無く過ごしてきたので、今回の電話も実は1年ぶりくらいだったりする。




『あぁ、何か大樹くんの声聞いたら会いたくなっちゃったなぁ。』

「会いに来ればいいじゃん。近いんだからいつでも会えるぞ。」

『え…行ってもいいの?」

「実家じゃ散々俺の部屋に来てただろうに何を今更。」

『実家と一人暮らしの部屋は違いますぅ~。』

「そんなの気にする間柄じゃ無いだろ。」


 実家暮らしの頃、凜乃はよく俺の部屋に来ていた。

 朝起きて階下に降りていったら母親と一緒になって弁当を作っていたり、それこそ休みの日などは俺が起きる前から俺の部屋に来て漫画を読み漁っていた事もあったくらいだ。


『まぁそれもそうだね。遊びに行こうかなぁ。』

「おぅ来い来い。」

『じゃぁそうする!』


 凜乃はそう言うと一方的に電話を切った。


「もしもし?…切れた…遊びに行こうかなって今からって事?そんなわけないよな?」


 不可解に思いつつ、通話の切れたスマホを机の上に戻し、読んでいた本を取って続きを読み始めた。




 20分程経った時、インターホンが鳴った。


「は~い。」


 インターホンの通話ボタンを押す。


『来たよぉ!』


 凜乃だ。

 本当にあれからすぐ家を出てこっちに来たらしい。


「マジかよ。」


 俺は再度インターホンのボタンを押して通話を切って玄関へ向かった。

 玄関の扉を開けると、凜乃がニコニコとした笑顔を向けて立っていた。

 余程寒かったのか、鼻と頬を真っ赤にしていた。


「遊びに行くって今すぐって事だったのか。」

「勿論!それより早く中入れて!寒すぎる!」


 言いながら凜乃は俺を押し退けて部屋の奥へと入っていくと、炬燵の中に足を突っ込んで背中を丸めて動かなくなった。

 俺はキッチンでココアを入れて凜乃に持っていってやった。


「これでも飲んで温まれ。」

「おー!さすが私の大樹くん!気が利くねぇ!」

「誰がお前のだよ。」

「はぁ~あったけぇ~。」

「聞けよ。」


 湯気の立つココアをちびちびと啜りながら、凜乃はニコニコとしている。


「しかし電話も久し振りなら会うのはもっと久し振りじゃないか?」

「んーと…電話が1年ぶりくらいで、でも会うのは去年の春に実家帰った時に会ってるから9ヶ月ぶりくらいだよ。」

「あ、そっか。忘れてたわ。」

「酷いなぁ。こんな可愛い幼馴染に会った事を忘れちゃうなんて。」


 凜乃は本気とも冗談とも取れる言い方で、ココアの入ったカップを口に付けたまま上目遣いで俺を見ながら言った。


 実際、凜乃は可愛い。

 パッチリした目に長い睫毛、小振りだが真っ直ぐ通った鼻筋と口角の上がった唇。

 好みは人それぞれでも、『可愛いか可愛くないか』と訊かれれば大抵の人間は『可愛い』と答えるだろう。

 高校の頃も、学校一とは言わないがそれなりにモテていた。

 俺の友人の中にも凜乃に告白した奴は数名居たが悉く断られていた。

 その内、いつも一緒に居る俺が凜乃と付き合っているんじゃないかと噂になった事もあったが、二人してキッパリ否定している。


「はいはい。凜乃は可愛いよ。でももっと可愛い凜乃を覚えておくのに容量使ってるんで挨拶だけの記憶は残ってない。」

「何それ。」


 凜乃はけたけたと笑いながらココアを一口。


「ところでさっきの話。」

「どの『さっき』だよ。」

「電話。」

「何か話らしい話なんかしたか?」

「彼女は出来ましたかな?」

「あれ話だったのか。ジャレた挨拶かと思ってた。」

「どうなのよ?」

「居ないって言ったじゃん。」

「本当に?」

「居たら凜乃を部屋に呼ばないよ。」


 凜乃がカップの中のココアをくるくると回しながら呟いた。


「それは嫌だから彼女作らないで。」

「何て事を言うかな。」


 冗談を言われたと思い笑って返したが、凜乃の顔は真剣だった。


「まぁ、今のところ学校とアルバイトで彼女作る機会は無いから当分フリーだろうけどな。」

「でも出会いなんていつあるか分からないし。」


 確かに、機会が無いと言うのは方便だ。

 自慢では無いが学校で一人、俺に告白してきた女性は居た。

 だがそれもタイミングというやつで、俺自身が特に彼女が欲しいとか思っていない時だったし、何よりアルバイトに精を出していた時だったので他人に時間を縛られたくないという思いもあって断った。


「大樹くんと遊べなくなるのは寂しいよ。」

「1年ぶりに電話してきた人が言う台詞じゃないな。」

「大樹くんだって連絡して来なかったじゃん。」

「用事も無いのに電話しないだろ。」

「用事なんか作ればいいじゃないの。」

「無茶苦茶だな。」


 こういうノリは昔から変わっていない。

 気心知れたお互いだからこそ、こういった我儘じみた事も遠慮無く言える。


「そういう凜乃は彼氏居ないのか?」

「居ないよ。相変わらず私をステータスみたいに思ってる人が言い寄って来るけど、そんな人と付き合うなんてこれっぽっちも考えられないし。」


 凜乃は人差し指と親指をほぼくっつけて『これっぽっち』を表現しつつ、苦々しい顔を俺に向けて言った。


「そういや凜乃は昔からモテてたけど、誰かと付き合ってるって話は聞いた事無いな。凜乃ってどんな男が好みなんだ?」


 軽い気持ちで尋ねてみたが、これまた凜乃は真剣な眼差しを俺に送っていた。


「よくぞ訊いてくれました大樹くん。」

「聞きましょう。」


 いつものノリだ。


「と言ってもそんなに面倒な事じゃないのよ。一緒に居て落ち着けて、何でも気軽に言い合える人なら。」

「面倒では無いけど、それって付き合ってみないと分からないことじゃない?」

「高校や大学で出会ったばかりの人ならそうね。」


 それより長い付き合いとなるとなかなか居ない気もする。


「高校以前からの知り合いとなると誰が居るよ?」

「中学の時の同級生で今も交流のある人なんか一人しか居ないわよ。」

「誰?」

「大樹くん。」


 そりゃそうだ。

 でなけりゃ気安く幼馴染は名乗れない。


「俺以外居ないのか…って俺も中学の頃の友達とか今何処で何してんのか誰一人知らないけど。」

「だから、一緒に居て落ち着けて、何でも言い合える相手って大樹くんしか居ないのよ。」

「ははは。それは光栄だな。まさに俺が凜乃好みの男ってわけだ。」

「そうよ。」

「つまり、凜乃の彼氏に相応しいのは俺って事だな。」

「そう言ってるじゃない。」

「よって、俺は凜乃の彼氏になるべきである!って事か。」

「そういう事。」

「じゃあ俺たち付き合うか?なんてな…」

「うん。そうしよう。」
















 え?




 俺は凜乃の顔をじっと見たまま、体も思考も固まっていた。

 凜乃はニコニコしながら俺の顔を見ていた。




「何だって?」

「『うん。そうしよう。』って言った。」

「その前。」

「大樹くんが『付き合うか』って言った。」

「あぁ…まぁ幼馴染としての付き合いはずっと続くだろうけど…そういう意味…ではない…よな…?」


 凜乃は表情を変えず、そのままの笑顔で俺をじっと見ている。


「いいのかよ?俺なんかで…」

「一緒に居て落ち着けて、何でも言い合えるのは大樹くんしか居ないんだから、大樹くんじゃないと無理でしょ?それとも、私が彼女じゃダメ?」




 ある日、突然掛かってきた1年ぶりの幼馴染からの電話。

 そのままの勢いで遊びに来た幼馴染。

 冗談交じりに言った一言で、本日、俺に可愛い彼女ができた。

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軽いつもりで言った一言 月之影心 @tsuki_kage_32

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