それはボクのセリフ!
「雄介!」
双月が慌てて雄介の腕をつかむ。それでも女の子の手は緩まず、双月ごと雄介をどこかに引っ張っていこうとする。
「見ツケタ、見ツケタ! 美味シソウナ、オ兄チャン!」
「雄介を離せ! このガキ!」
このままだと埒が明かないと思ったのか双月がそう叫んで、雄介と女の子の間に割って入る。長袖を来ていた双月が腕をまくると肌の部分が盛り上がり、鋭い刃物の形に伸びる。それを女の子のいる方へ乱暴にふるう。
女の子の姿がハッキリみえない双月の攻撃は当たらなかったが、危ないと思ったのか女の子は雄介から手を話して距離をとった。
「雄介、大丈夫か」
「ひとまずは」
慌てて立ち上がろうとした雄介だったが女の子に掴まれた部分がズキリと痛む。見ればくっきりと子供の手の形が残っており、雄介はゾッとした。
「どこにいる」
双月が雄介をかばうように前にでて刃を構える。いつの間にか両腕から刃物をはやした双月は警戒した様子で前方を睨みつけていた。
そんな双月を女の子は忌々しげに睨みつけている。
「双月、お前いつのまにそんな技を」
「あの野郎を倒そうと頑張ってたら、なんか出来るようになった」
あの野郎というのがクティだというのは分かったが、そんな曖昧な感じで出来るようになるものなのだろうか。
「今は腕から生やすくらいしかできないが、もっと練習すれば遠距離攻撃も出来るかもしれないと言っていた」
「……それはすごいな」
双月の腕から生えている刃物がブーメランみたいに飛ぶ様を想像して雄介は背筋がゾクリと震えた。魔女の森で双月にナイフを投げつけられた思い出は忘れられるほど昔ではない。
「だが、今は目の前の奴をどうするかだ」
双月はそういって刃を構えるが女の子がどこにいるかはハッキリ分からないらしく視線がさまよっている。それに女の子も気づいたらしく口が大きく開いて、ケタケタと不気味な笑い声を上げる。
「オ兄チャン、見エナイ、見エナイ。ソレジャ、怖クナイ」
女の子はそういってケラケラ笑いながら体を不規則に揺らす。首が大きく揺れ、手足が関節を無視して不自然な動きを繰り返す。見ているだけで気分が悪くなる姿に雄介は後ずさった。双月は雄介の視線を辿って女の子の位置を割り出したらしく、刃をそちらに向ける。
「雄介、お前が位置を教えろ」
「……メガネを双月に渡して……」
「その一瞬の間に攻撃されたら、避けられるのか」
雄介よりも実践をしっている双月の言葉は説得力がある。たしかに、眼の前の存在は人間とはまるで違う存在だ。マーゴが言っていた悪霊はおそらくコイツ。力の強さといい、人間と同じだと思ったら痛い目を見るだろう。
「今は前にいるんだよな」
そういいながら双月は前方を睨みつけた。
「二メートルくらい前にいる」
「わかった」
双月はそういうといきなり飛び出した。雄介から見て二メートルを一瞬で跳んだように見えたが、女の子――悪霊からしても予想外の動きだったらしい、ぎょっとした顔で距離をとろうとする。しかしその前に双月が刃を振るった。
ギャァア! と鋭い声が響く。思わず耳を塞ぎたくなるような声だったが雄介はなんとか耐えた。今の状況で五感を鈍らせるのは得策じゃない。
双月の刃は悪霊にあたり、片腕を一本切り落としていた。悪霊が双月をにらみつける。
「どっちだ!」
「右!」
双月は素早く右を切り裂いた。けれど今度は悪霊の方が早い。双月のスピードをもう理解したらしい。
「許サナイ!」
憎々しげに悪霊が叫ぶと女の子の体がブクブクと膨れ上がり黒いなにかへと変わっていく。あっという間に女の子の姿を覆い隠して現れたのは人の手や足が枝のように刺さっている黒い塊。見ているだけで目が腐りそうな存在感に吐き気を覚えた雄介は口元をおさえる。
「どうした!?」
「変形した……女の子から手足がいっぱいついた黒いなにかに」
おそらくはこれが悪霊の真の姿。女の子の姿は人を油断させるための擬態なのだろう。あの姿で人の目につくところにしゃがみ込んでいれば幽霊が見える人間だけが引っかかる。
「もしかして、行方不明事件の犯人って……」
「コイツか!?」
マーゴはニュースのやつと言っていた。聞いたときは意味が分からなかったが、行方不明事件の犯人が人間でなく悪霊であれば納得がいく。
「もしかして、幽霊がいなかったのもコイツが取り込んだせいなのか?」
悪霊の姿はひどく歪だ。一つの者というよりは複数の者がくっついているように思える。となれば枝のように生えた手や足の数だけ人や幽霊が取り込まれているというのだろうか。その可能性に雄介は鳥肌が立つ。
「双月、コイツをなんとかしないといけない」
「分かってる」
雄介の言葉に答えて双月が刃を構える。名前を呼べば雄介の気持ちは双月に伝わる。シェアハウスにいる間はこそばゆかったそれが、今は頼もしい。
「俺がサポートするから、あんな気持ち悪いものさっさと片付けてくれ、双月!」
「わかった」
双月の言葉を待っていたかのように悪霊から手が伸び双月に襲いかかる。雄介の指示に従って双月は刃を振るうが、悪霊の方が手数が多い。雄介が刃を振るうたびに面白いほどに手は切り落とされていくが、切り落としても切り落としても伸びてくる。そのうえで段々と数はましていき、雄介の指示では間に合わない。そのうちに双月の手足に悪霊の手が絡みつき、刃を振るうことすら難しくなる。
「双月!!」
雄介は力いっぱい叫んだ。負けるな! 勝て! 双月なら出来る! そんな強い感情を込めて名前を呼ぶ。呼べば呼ぶほど双月のキレはあがり刃物の鋭さは増す。
名を呼ばれれば呼ばれるだけ強くなる。その意味が今やっと実感ができた。たしかに双月は名を呼ばれることが大切なのだ。
それでも付け焼き刃の力には限界がある。
悪霊が見えない双月。悪霊が見えても対抗手段に限界がある雄介。少しずつ二人は追い詰められ、背中に湖を覆う柵が当たる。左右に逃げようにもそれ見越したように悪霊はいくつもの手を広げていた。見えない口で悪霊が楽しげに笑う。
「美味シソウ、美味シソウ。オ兄チャンタチ、美味シソウ。食ベタラ、モット、大キクナレル」
悪霊はうっとりした口調でそういって、雄介と双月にズルズルと近づいてくる。そうして近づいてくるにつれて、枝のように生えた手足の奥に人の顔があるのに気づいた。黒い手足の中に埋もれるように幼い子どもの顔がいくつか埋まっている。
行方不明の子どもたち。それに気づいた瞬間、雄介は何も考えずに悪霊に手を伸ばしていた。
「このバカ!!」
双月が叫ぶ。慌てて雄介と悪霊の間に割って入り、刃を振るう。しかしその刃を悪霊は大量の手足で受け止めた。見えない口がにんまりと弧を描いたように見えた。
「イタダキマース」
不気味な声とともに雄介の体も引っ張られる。双月が必死に抗っているのが見えたが、それも大量の手足に封殺されていく。
このままじゃ、二人とも死ぬ。そう思った時、
「それはボクのセリフ!」
そう幼い声が聞こえたとともに、体が浮く感覚がした。意味がわからずに雄介は目を瞬かせる。衝撃のためかやけにスローにみえる視界にうつったのはマーゴの姿。マーゴが小さな手で雄介と双月をぶん回している。
その意味不明な光景に雄介の思考は止まった。同じようにマーゴにぶん回され、宙を待っている双月の顔が視界に映るが、こちらも目を丸くしている。
「もー! マーゴいない間にピンチになるとか、プンプンだよ!」
乱暴に二人を地面におろしたマーゴが雄介と双月を指さして胸を張った。頬をふくらませる姿は大変子供らしく愛らしいが、その背後には手足がいっぱい生えた黒い塊がブヨブヨと蠢いている。
「マーゴ! 後ろ!」
とっさに叫んだ雄介の声より早く霊の手がマーゴに伸びる。マーゴはそれに対して自然に振り返ると、
「あんまり美味しくなさそう」
そういいながらブチリとその手を引き抜いた。
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