たぶんね、ニュースのやつ!
マーゴが雄介たちを引っ張ってきたのは公園だった。行方不明の子供が出ている関係で人気はなく、おかれた遊具も心なしか寂しそうに見える。
公園の前で腰に手をあてたマーゴは眉を吊り上げて公園の中を見回している。説明もされずにつれてこられた雄介と双月は顔を見合わせた。
「ここに幽霊がいるのか?」
「悪霊いるかも」
悪霊という言葉に雄介と双月は固まった。マーゴはそんな二人にはお構いなしに公園の中に入ってしまう。
「今日ね、ぜんぜん幽霊いなかったの。だからボクお腹すいた」
マーゴの口調はいつもよりも刺々しい。クティからマーゴは食欲旺盛だという話を聞いた。育ち盛りでとにかく量を食べたがると。そんなマーゴにとって食料である幽霊がいなかったのは死活問題だ。いつもの散歩コースを終えても一人も幽霊と遭遇できなかったマーゴはすっかりヘソを曲げていた。
「これだけ歩いて一人もいないっていうのはおかしいことなのか?」
雄介の問いにマーゴは険しい顔のまま頷いた。
「もしものための非常食もいなかったの。これは変!」
「そんなのいたのか……」
幽霊を非常食に取っておくという恐ろしい言葉に雄介は腕をさする。双月も眉間にしわを寄せているがマーゴからすると普通のことらしい。
クティが双月に雄介がいなくても大丈夫なように交友関係は広げておけと言っていたのを思い出す。双月はものすごく嫌そうな顔をしていたが、特殊なものしか食べられない外レ者は食料の確保が重要らしい。となれば、マーゴが幽霊を食べずにとっておいたのも生きるすべなのだろう。
幼い子供の姿でいわれると恐ろしいが。
「たぶんね、ニュースのやつ!」
一通り公園の中を見渡したマーゴは雄介と双月を振り返ってそういった。マーゴの中では答えが出ているようだが雄介には意味が分からない。双月も眉間にさらに深いしわを刻んでいる。
「子供が行方不明になる事件と幽霊がいなくなってる現状がどう関係するんだ。幽霊まで誘拐を怖がって姿を消してるなんて言わないよな」
無理矢理連れてこられた双月は不機嫌な顔で刺々しい言葉を口にする。ラムネタイムを邪魔されたのが気に食わないのかもしれないが大人気ない。
「違うの。みんな食べられちゃったの。ボクのご飯なのに」
マーゴは不満そうにそういうと公園の奥の方を示す。
「ボク、あっちみてくる!! おにーちゃんたちはここら辺調べて! 悪霊いたら教えてね」
いうなり、マーゴは公園の奥へとかけていった。遊具などには目もくれず、置いていく雄介たちなど振り返りもしない。
納得のいく説明もないまま放置された雄介と双月は顔を見合わせた。
「つまり……どういうことだ?」
「さあ……?」
二人で首を傾げてみても現状は変わらない。雄介はため息を付き、双月はマーゴが消えて方向を睨みつけた。
「とりあえず、悪霊がいるなら見つけないと近隣住民に被害が出たら困る」
雄介はそういってリュックのポケットに入れていたメガネケースを取り出した。ケースからメガネを取り出してみてもやはり普通のものにしか見えない。
ものは試しとメガネをかける。度は入っていないらしく、見える風景はなにも変わらない。
「どうだ?」
「……なにも変化がないな」
メガネを一度外して辺りを見回す。それからもう一度かけてみるが、見える景色はやはり変わらない。
「クティの話は嘘だったのか?」
「マーゴ君の話だと幽霊はいないらしいからな……」
マーゴの話を信じるならばここに幽霊はいない。いないものは見えるはずもないので、幽霊が見えるメガネはただの度なしメガネである。
「双月、なにか感じないか?」
「俺は幽霊がみえたことなんてない」
といいつつも双月は周囲を睨みつけている。見えないなにかを探そうとする双月に習って雄介も辺りを見回した。
周辺にあるのは砂場に滑り台。鉄棒やブランコ。どこにでもある公園といえる。マーゴが駆けていった奥の方には整備された木々や花壇が見える。雄介の近所にあったものより広い公園らしい。
「本当に悪霊がいるのか?」
「……マーゴ君を信じるほかないな……」
とりあえずメガネはかけたまま周囲を見渡す。公園の案内板を見つけて眺めると、マーゴが走っていった道は一本道で公園をぐるりと回り、いま雄介たちがいる場所に戻ってくるようになっているらしい。
「そのうちマーゴ君は帰ってくると思うけど、どうする?」
「ここでぼんやり帰り待ってろって?」
双月が眉を吊り上げる。だいぶ苛立っている様子を見て雄介は苦笑した。
シェアハウスを出発した当初はマーゴと手をつなぎ楽しそうにしていたが、こうも振り回されると苛立ちの方が勝るらしい。
じっとしているとさらに苛立ちが増しそうだと判断した雄介はマーゴが向かった方とは逆の道を見つめる。
「じゃあ、こっちも移動するか。逆から回ればそのうちマーゴ君と合流できるだろう」
雄介の視線の先をみた双月は不機嫌な表情のまま歩きだした。その姿に雄介は苦笑を浮かべたまま後に続く。
整備された道を歩いていると湖が見えてきた。案内板によるとこの公園は大きな湖をぐるりと囲んでいるらしい。
太陽光を反射して水面はキラキラと輝き、木々や花が風に吹かれて揺れる。美しい景色に雄介は目を奪われた。ここに悪霊がいるとは思えなかったし、行方不明事件がなければもっと人の姿があっただろう。
双月は公園に来るのも初めてだろうし、きっと目を奪われている。そう思って双月を見ると予想に反して険しい顔で辺りを見回していた。
「双月?」
「……ここ、なんかおかしくないか?」
双月はそういいながら周囲を睨みつける。幽霊を探していた時とは違って空気が張り詰めていた。魔女の森で初めて出会った時と近い雰囲気に雄介の体がこわばる。
「おかしいって、どこが?」
「生き物の気配がしない」
双月はそういいながら眉間のシワを深くする。雄介は双月にならって辺りを見回してみたがよくわからない。言われてみれば虫もいないし鳥のさえずりも聞こえないが、たまたま周辺にいないだけと言われればそれだけのような気もする。
「もう少し、周辺を探ってみるか」
「といっても、ここ一本道だぞ」
見えるのは人が入らないように柵で囲まれた花壇。公園をぐるりと囲っている木々。ベンチに湖だけ。かなり見通しはよく、向こう岸も見ることが出来る。これだけ開けた場所でなにかを探すといってもなにを探すのか。
「雄介、なにか見えないか?」
「なにかと言われてもなあ……」
双月に言われるがままに辺りを見回した。幽霊がみえるメガネをかけているのは雄介だけだ。幽霊の気配を感じ取る練習をしろと言われた双月は今日一度も幽霊に遭遇できていない。となれば現状、なにかを見つけられる可能性があるとしたら雄介だけだろう。
雄介はぐるりと周囲を見渡した。なにか変わったもの、おかしなものは見えないかと目を凝らす。
「あっ!」
それが目に入った瞬間、雄介は思わず走っていた。後ろから双月の驚いた声が聞こえたが足は止まらない。今の状況でこんなところにいるのは不自然な存在が見えたのだ。
「君、一人? お母さんは?」
雄介たちが立っていた場所から少し離れたベンチの脇に、赤い服を来た子供がうずくまっていた。遠目には分からなかったが髪を二つにゆっているのを見るに女の子のようだ。
しゃがみ込んだ女の子からすすり泣く声が聞こえる。両親はぐれたのだろうか。
「はぐれちゃったのか? お父さん、お母さん、どっちと一緒に来たんだ?」
子供の行方不明事件が多発している今、両親がこの子を放置して遠くにいるとは思えない。おそらくは近くでこの子を探しているはずだ。この公園は一本道だから、ここで待っていればそのうち両親と合流出来るだろう。
そう考えた雄介はひとまず女の子を安心させるように優しい声を意識する。女の子の泣き声は止まらない。知らない人間に話しかけられて余計に怖がらせたのかもしれないと雄介は焦った。
「おい、雄介……」
追いついてきた双月が何故か少し離れた場所から雄介を見つめていた。その顔には困惑が浮かんでいる。
「双月、ちょっと手伝ってくれ。子供はどうにも苦手で」
「子供……?」
雄介の言葉に双月が怪訝そうな顔をする。眉間にシワをよせ、女の子がいる辺りを睨みつけている。そんな怖い顔で睨みつけたら余計に女の子が怯えると雄介は焦った。
「双月、この子が余計に泣いちゃうから!」
「雄介……」
双月は心底困惑した顔でこういった。
「俺には子供なんて見えないぞ」
えっと雄介が声を漏らした瞬間、女の子の泣き声が止まった。そして雄介の足首が力強い手で掴まれる。ゾッとするほど冷たい感触。思わず振りほどこうと足を動かすがびくともしない。視線を向ければ赤色の服を来た女の子がそこにいた。しかし顔を上げた女の子には目があるべき場所に暗い穴が二つ空いている。
「バレチャッタ」
目のない女の子の口が弧を描く。首が落ちそうな程に傾けて、にんまりと笑うと力いっぱい雄介の足を引っ張った。
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