それはまあ、餌が高級だからだな
駄菓子でも食べるようにそれを口に含んだマーゴは、「にがーい」と言いながらもぐもぐと口を動かす。その姿に雄介と双月はもちろん、悪霊までもが信じられないという様子で動きを止めていた。
視線を一身に集めたマーゴはマイペースに引き抜いた腕を食べきるとポンポンとお腹を叩く。
「でも、お腹は膨らむ!」
にっこり笑ったマーゴの笑顔に悪霊が怯えたように見えた。それは勘違いではなかったらしく、マーゴから逃げるように悪霊が動き出す。必死に逃げようとしているのは分かるが、いくつも手足がくっついているせいで動きは遅い。
マーゴはそれにスキップ混じりに近づくと愛らしい笑みを浮かべた。
「いっただきまーす!」
悪霊から聞こえた声とは違う、愛らしい子供の声。心底嬉しそうな声を最後にマーゴは悪霊に飛びかかり、その体に飛び乗ると眼の前にある腕をブチブチと引き抜いた。
双月に攻撃されたとき以上に悲痛な悲鳴があがる。それが聞こえていないような楽しげな顔でマーゴはブチリ、ブチリと手足を引き裂いては口に運び、蛇のように一飲みする。
悪霊が必死に手足を伸ばすが、マーゴは駄菓子を差し出された子供のように伸びてきた手にかぶりつく。
それは一方的な捕食だった。
雄介と双月は地面に尻もちをついたままその様子を唖然と見守った。あまりの出来事に目をそらすことすらできなかった。
悪霊がすすりなく。雄介を騙そうとした時とは違う本気の声だ。「助ケテ。食ベナイデ」と悲壮な声で泣き叫ぶ。それを聞いてもマーゴは止まらない。ただひたすらに手と口を動かし続ける。
雄介はふいに思い出した。クティは言っていた。幽霊相手ならマーゴは最強だと。きっとクティにはこの光景が見えていた。
「そろそろお腹いっぱいになってきた」
半分ほど食べたあたりでマーゴが膨らんだお腹をさすって切ない声をあげる。すでに悪霊は抵抗ができないほどに弱りきっていて、悪霊に取り込まれていたらしい子どもたちは点々と地面に転がっていた。
すぐに介抱して無事を確かめるべきだ。そんな思考が頭に浮かぶのに体が動かない。マーゴの動きから目が離せない。
それは双月も、悪霊も同じだったようだ。
うーんと困った顔をするマーゴをみて悪霊は希望を見たようだ。このまま見逃してもらえるのではないか。そんな希望。
しかしマーゴはにっこり笑う。
「大きくなったら、もっと食べれるよね!」
その言葉の意味が雄介には分からなかった。けれど悪霊には分かったらしい。「ヤメテ」と小さな震える声がした。それをかき消すようにマーゴの体がぶくぶくと膨れ上がる。
子供の小さな手足が膨れ上がり、体も風船のように大きくなる。服が弾ける頃にはマーゴの体は元の形が分からないほどに変形していた。かと思えばぶくぶくと膨らんだ体が少しずつ一の体を作り始める。頭ができ、肩ができ、両腕ができ、少しずつ人の形、中学生くらいの少年の体へと変貌する。
「これならもうちょっと食べれる!」
そういってにっこり笑った少年の顔はマーゴの面影を強く残していた。
「なにが起こってるんだ?」
雄介の隣まで移動した双月が中学生くらいまで成長したマーゴを見つめながら顔をしかめる。それに雄介はどう答えていいものか迷った。
「悪霊がたべられてる……」
その答えに双月の顔がゆがむ。双月にはなにかをちぎって食べるマーゴの姿しか見えていないが、か細い悲鳴はおそらく聞こえている。
「外レ者の成長って……あんな風なのか……」
食べるために大きくなったマーゴの姿を見て双月は未来の自分を想像したのかもしれない。ぶくぶくと膨れ上がり、変形した体。あれはどうみたって人ではない。化物だ。
「だいたいあんな感じだなあ。どうだ? 人間に戻りたくなったか?」
突然背後から聞こえた声に雄介と双月は揃って振り返った。そこにはニヤニヤ笑っているクティとなぜかげっそりした大鷲の姿があった。
「いつのまに……!?」
「クティは瞬間移動みたいなことが出来るんじゃ……心臓には悪いがの」
そういって大鷲は心臓を抑えて大きく息を吐き出す。青白い顔を見るに相当恐ろしいことがあったようだ。
「お前、こうなるって分かってて俺たちにアレを預けたな!」
双月がアレといって指さしたのはマーゴだった。未だ美味しそうに悪霊を食べるマーゴはクティたちが現れたことに気づいていない。お腹が膨れることを喜ぶ姿は無邪気で、それだけに人の手や足の形をしたものを平気で口に運ぶ姿がおぞましい。
そんなマーゴをみてクティは目をほそめた。それは子供の成長を見守る親のような顔で、雄介の背筋に冷たいものが走る。
マーゴをしばし眺めたクティは雄介たちに向きなおるとニンマリ笑った。とても意地の悪い笑みだ。
「俺の能力をわかっていて、警戒しないのが悪い」
暴論であるが、真実だ。クティに見た目に惑わされるなと言われていたのに女の子の形に擬態した悪霊に騙された。マーゴのことだって幼い子供ではないと分かっていたのに、理解していなかった。
自分たちが足を踏み入れたのはこういう世界だ。そうクティは言葉ではなく実践で示したのだろう。それが分かっても苦い気持ちが広がる。
「分かってたなら最初からクティさんと大鷲さんがくればよかったんじゃ……」
疲労からかふてくされたような声が漏れた。雄介の言葉にクティはニマニマと楽しそうに笑う。その後ろで大鷲が申し訳無さそうな顔をした。
「俺が最初からここにいたらアイツは現れなかった。いくら知能の低い悪霊だろうと手出しちゃいけない相手くらいは分かる」
「じゃあなんで、幽霊を食べるマーゴ君は警戒されなかったんですか?」
悪霊が自分のように見た目に騙されるとは思えない。となれば自分を捕食する存在が近くにいる状態で、なぜ悪霊はノコノコ現れたのだろう。
そう雄介が考えているとクティは雄介と双月を順番に指さした。
「それはまあ、餌が高級だからだな」
雄介は目を見開き、双月は不快げに顔をしかめる。二人の全く違う反応をみてクティは愉快そうに話を続けた。
「グルメなリンさんが食いたがるような質の良い魂持ちとグルメなリンさんが丹精込めて育てた羽澤家の双子の兄。多少の危険があっても食べたくなる高級品だ。お前らがマーゴが来る前に食べられてたらマーゴの方が負けてたな」
「……俺たちにそんな効果が……」
「美味しい魂っていうのは貴重なんだ。美味しい血筋っていうのもな。お前らは俺らからすると珍味。旨いうえに食ったら強くなる。そんなの危険を犯したって食べたくなるだろ」
「ってことは今後も……」
「この世界に身をおく以上、狙われるなあ」
クティはそういうと雄介の前にしゃがみこみ、雄介の顔を覗き込む。間近でみるとクティの顔は整っている。なにより目を惹くのが人とは違う虹彩を放つ瞳。じっと見つめられると妙な焦りが湧き上がる。
「やり直したくなってきたんじゃないか?」
「そんなわけないだろ」
雄介の体を引っ張ったのは双月だった。クティから隠すように前に出てクティをにらみつける。そんな双月をクティは不満そうに見つめたが、次には口元は弧を描く。新たな得物を見つけたという表情に雄介はまずいと思った。
「お前はどうなんだ? 人間に戻りたくないのか? あんな化物になってまで生きたいか?」
そういってクティが示したのはマーゴだった。
「戻りたいと願えば戻れるぞ。俺が戻してやれる。人間だったお前は嫌だろう。理性も消えて本能だけで、あんな風に獲物にむしゃぶりつくような自分は」
クティの言葉に双月の瞳が揺れた。視界にうつったマーゴは悪霊をすべて食べ終え、満足そうに息を吐いている。倒れる子どもたちにも、こちらにも見向きもせず、恍惚の表情を浮かべて満足気に腹を撫でるマーゴを見ていると嫌悪感が湧き上がった。
あれは人間ではない。化物だ。関わってはいけないものだと人間の本能が叫ぶ。
きっとそれは双月も同じ。先程からマーゴを見る目には嫌悪が透けている。あんな存在になるくらいなら人間に戻りたい。そう思ってしまうのではないかという危機感が雄介の中で膨れ上がる。
双月はマーゴをしばし見つめてからクティに視線を戻した。その瞳は初めてクティに提案を持ちかけられたときと違い、なにかを決意したように見えた。
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