じゃあ、こいつらの面倒頼むな

「今朝、行方不明の子供が増えてるってニュースみただろ」

「えぇ……」


 朝食の時間、時勢を知るのは重要だとクティはニュースを眺めている。人間とは違う流れを生きている外レ者だからこそ、時代の変化に敏感でいないとあっという間にボロが出て、人間に淘汰されるのだと真面目な顔で言っていた。

 雄介はその話を聞いてからあまり興味のなかったニュースを真面目にみるようになった。この先雄介が表舞台に出ることはないだろうが、出ないからといって関わり合いがないわけでもない。それに響や慎司、鎮はきっと表舞台でこれから活躍していく存在だ。彼らが表に出てきたとき、自分が知らなかったでは格好がつかないと思った。


 双月は純粋に今まで知らなかった世の中というものに興味があるらしく、表面上は取り繕っていたが一つ一つのニュースに目を輝かせたり、顔をしかめたりと忙しかった。普段だったらからかいそうなクティも双月のその反応には触れなかったのだから、なにか思うところがあったのかもしれない。


 そうして今朝も眺めていたニュースではクティがいった通り、最近行方不明の子供が増えているという話を取り上げていた。事件が頻発している場所は聞き覚えのない地名だったので、雄介からすれば周辺住民は不安だろうな程度の感想だった。それが今になって蒸し返されるとは思わない。


「実はあれ、この近所の話」

「は?」


 雄介は驚いて声をあげる。双月も上半身を起こした状態で目を見開いていた。


「ここにきてからここの敷地内ばっかりだったから気づいてなかっただろうが、この辺りはいま警戒態勢。子供一人で出歩かせてる奴なんていない。そんな中、見た目は子供のマーゴが一人でふらふらしていたら犯人に狙ってくださいって言ってるようなもんだろ」

「マーゴくんって、人間相手には……」

「普通の子供と変わらない。アイツが強いのは幽霊に対してだけだ」


 肩をすくめるクティを見て事の次第は理解した。


「そんな危ないときに散歩なんて……」

「正確にいえば食料調達だからな、やらないわけにはいかないんだよ」


 マーゴの食料は幽霊だ。家の中にいたからといって遭遇できるものでもない。しかし、それを調達に散歩に出かけていると聞くと背筋が冷える。双月も同じことを思ったのか眉間に深いしわが寄っていた。


「墓場とか寺とか、あとは事故が多い場所とか、ほかにもいろんな場所をふらふら歩いてるんだけどな、今の状況でそれをすると警察に保護されそうだし、保護者である俺たちが怒られそうだ」


 警察に送られてきたマーゴと、こんな時に子供一人で出歩かせるなと怒られるクティの姿を想像して雄介は微妙な顔をした。警察の話を聞き流して怒られるクティの姿まではっきり想像できてしまい、そんな事態は避けなければいけないという謎の使命感がわいてくる。何も知らずに人ならざる者が暮らすシェアハウスにやってきて指導しなければいけない警察が可哀そうだ。


「兄二人と一緒に出歩いてれば、さすがの犯人も手出さないだろ」

「兄二人……」


 双月はそうつぶやくと雄介を見つめた。雄介も双月を見つめる。どう見ても似てない。マーゴと並んでも兄弟に見える気がしなかった。

 二人を眺めたクティも顔をしかめる。結論は同じだったらしい。


「世の中にはいろんな事情の家族がいるからな、聞かれたら兄弟です。って押し通しておけばなんとかなる。しつこく聞かれたら両親が他界して……とかいっとけ。それ以上追及されない」

「堂々と嘘をつけと……」

「お前の場合は嘘じゃないだろうが」


 クティはなにをおかしなことを言っているという顔で眉をよせた。クティに境遇など話した覚えはないがしっかり把握されているらしい。特視の誰かに聞いた様子はなかったから、能力で見たのだろう。過去も未来もすべてが筒抜けというのは落ち着かず、思わずクティから視線をそらした。


「そんなわけだから気分転換にマーゴの散歩に付き合ってくれ。そっちの奴はろくに外を出歩いたこともないだろ」

 クティは双月を顎でしめす。双月は微妙な顔をしたが否定はしなかった。


「ついでにこれも渡しとく。マーゴが幽霊みつけても、お前は見る力ないからな」


 そういってクティがポケットから取り出したのは眼鏡ケース。受け取った雄介がクティの反応をうかがってから開くとそこには予想通り、ありふれた眼鏡が収まっていた。


「これは?」

「生前の持ち主が頭おかしいレベルのオカルトマニアだったんだが、見る才能は一切なく、死の淵にたってまで幽霊が見えないことを嘆き悲しみ、その無念が使っていた眼鏡に宿ったという代物」

「……なんでそんなもの持ってるんですか」

「マーゴを預かったときに特視から借りた。お前ら帰るときついでに持って帰れ」

「借りたものは自分で返すのが筋じゃ……」

「正確にいうと勝手にもって来た。俺が返しに行くとぐちぐち言われて面倒だから、バレないように戻しておいてくれ」

「それ盗んでるじゃないですか!」


 思わず声を張り上げたがクティは素知らぬ顔。

 いわくつきの物を保管する倉庫があることは聞いているが、出入りを禁止されている。触れると危ないものもあるらしく、管理は大鷲が行っているらしい。緒方でも取り扱いが難しいためノータッチだと聞いた。

 そんな倉庫にこっそり入って、どこにあったかもわからない眼鏡を返却などできるはずがない。

 クティも知っていそうなものなのに、「よろしく」と軽い口調でいう。このくらい図太くないと外レ者として生きていくのは難しいのだろうか。

 ため息をつきつつ眼鏡に向き直る。渡してきたタイミング、いわくを考えればマーゴとの散歩に必要なものなのだろう。


「これをかければ幽霊が見えるんですか?」

「察しがいいな」


 説明の手間が省けたとクティが歯を見せて笑う。


「散歩中、マーゴが不審な行動とったらそれかけて確認しろ」

「俺も見えないが」


 双月が不服そうに口をはさんだ。眼鏡はどう見ても一人分。オカルトマニアの執念がこもった眼鏡など何個もある方がおかしいが、雄介が使うなら双月はどうするのかという疑問は残る。


「お前は気配覚える練習だ。ハッキリ見えなくともなにかいるくらいは分かるようになれ。だいたいの幽霊は無害だが、たまに悪霊なんかもいるし、悪霊と普通の霊の見分けもできるようにならないと特視の仕事にも差し障るだろ」


 クティの言葉に双月は不満そうに口をつぐんだ。言っていることは最もなのだがクティに正論を言われるのが不服らしい。双月はすねた様子でそっぽを向く。


「クティさんも幽霊見えないんですか?」


 眼鏡をわざわざ盗んできたということはクティには幽霊が見えないということだ。人ではない存在だというのに意外だと思ったらクティはなんでもないような口調でいった。


「俺は生きている人間しか食えない。死んだ人間から影響を受けるほど弱くもない。向こうも俺たちみたいなのにはノータッチだ。だから見えなくても問題がない」

「問題あるかどうかで見える、見えないが決まるもんなんですか……」

「生き物ってそういうものだろ。必要な部分が進化し、必要がない部分は衰える」


 そこで言葉を区切るとクティは双月へ視線を向けた。


「お前も食欲やら睡眠欲は落ちてるだろ。お前が生きるためにそれらは必要ないと判断されたから衰えたんだ」


 クティの言葉に双月は無言だった。双月の食欲や睡眠欲が落ちていることは雄介も知っている。ここにいる間、雄介は用意してもらったベッドで寝て、愛子が用意してくれた食事をとったが、双月はそうではなかった。ベッドはクティにボコボコにされた体を休めるために使った。睡眠をとるためじゃない。食事は雄介に合わせて食べてはいるが一般的な男子高校生と比べればだいぶ少ない。

 双月の体は確実に変化している。その変化は双月の中にある人だった部分が剥がれ落ちていくようで、雄介はなんともいえない気持ちになる。


「今後お前がどういった方向で進化するのかは俺もわからない。おそらくは戦闘特化型になるだろうな。何十年もしたら俺じゃ歯が立たなくなってるかもしれねえ」


 そういって肩をすくめるクティを双月は驚いた顔で見つめた。雄介としてもクティがそんなことをいうとは意外だった。


「あくまでこのまま無事成長できたらって話だ。俺たちは食事の量で力が決まる。満足に食事がとれなければ成長どころの話じゃない。つまりはお前らの相性にすべてはかかっているわけだ」


 クティはそういうと雄介と双月をじっと見つめて意地悪く笑った。


「リンさんと魔女から逃げ切って、運使い果たしたなんて言われねえようにせいぜい頑張れ」


 双月がクティをにらみつける。それを今までと同じようにクティは涼しい顔で受け流した。そんな二人を眺めながら雄介は己の手を見つめる。

 双月が生き残れるかどうかは双月だけの問題じゃない。今のところ双月が食事にできるのは雄介の言葉だけだ。となれば双月が生きていくためには雄介の努力も必要不可欠となる。

 恥ずかしくて名前が呼べないとか言ってられない状況なのだ。


「準備できた!!」


 話が一区切りついたタイミングを見計らったようにマーゴの元気な声が響いた。姿を見せたマーゴは白色の子供用リュックを背負い、頭には白いキャップをかぶっている。小さな水筒を斜めにかけて、準備万端という顔をするマーゴを見ると先ほどまでの空気が緩んだ。


「忘れもないか」

「愛子お姉ちゃんに見てもらったから大丈夫!」


 元気いっぱいにこたえるマーゴの後ろで愛子がほほ笑んでいる。その姿は母親にしか見えない。


「じゃあ、こいつらの面倒頼むな」


 クティはマーゴの元へ近づくとしゃがんで視線を合わせる。クティの言葉にマーゴの瞳は重大任務を任せられたというようにキラリと光った。


「任せて! ちゃんとお兄ちゃんたちを守るから!」

「頼もしいなー。お前ら、マーゴのいうことちゃんと聞けよ」


 マーゴの頭をなでながらクティは雄介と双月に顔を向け、にやりと笑った。マーゴに向けているものとはまるで違う、意地の悪い顔である。

 人には裏の顔と表の顔がある。羽澤家で過ごした少しの時間で十分に分かったつもりでいたが、クティのそれは隠す気がないためにどう反応していいかわからない。いや、隠していないのであれば裏ではなく素なのだろうか。なおさら対応に困る。


 とりあえず、この場は大人しく流れに身を任せようと雄介はうなずいた。双月は不満そうな顔をしていたが、文句は言わない。

 クティに渡されたリュックを背負い、眼鏡ケースをリュックのポケットに入れる。愛子にキャップと水筒を渡され、水筒もリュックにいれた。双月には渡さないところを見ると、双月には水も日差しを避ける必要がないと判断されているようだ。マーゴが動くたびに揺れる水筒も軽そうで、形だけの物なのだとわかった。

 人ではないから暑さに弱ることものどが渇くこともない。そう突き付けられたようで、チクりと胸が痛む。


「マーゴは幽霊相手だったら最強だから安心しろ」


 玄関まで見送りにきたクティがドアを開け、外に出た瞬間にそんなことをいった。どういう意味だと振り返った雄介は意味深に笑うクティを見た。その顔は閉まったドアですぐに見えなくなる。

 妙にその言葉が引っかかって、雄介は引き返して言葉の意味を問いただそうかと思った。それを遮るようにマーゴの明るい声が響いた。


「雄介にーちゃん置いてっちゃうよー!」


 気づけばマーゴは門のところに立っていた。迷子防止のためか双月がマーゴと手をつないでいる。ほほえましいその姿にホッとしたが、どこか心がざわつく。しかし理由がわからない。


「……今行く」


 確証のない不安を振り払って、雄介は二人の元へかけよった。

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