第十四話 作戦前夜
二度はいわないよ
センジュカの言葉にしばし部屋の空気が固まった。
「せ、センジュカ!? どうしたんじゃ!? ぬしが人を助けようとするなんて、気でもふれたのか!?」
「失礼な方ですね」
センジュカが不快そうに眉を寄せても大鷲は慌てたままだった。緒方も納得いかなそうな顔でセンジュカを見つめている。いや、見つめるなんて優しいものではなくにらみつけている。センジュカの真意を読み取ろうとする鋭い視線。晃生であったらひるんでしまいそうな威圧にセンジュカは口元をほころばせた。
「いま、羽澤は不安定な時期です。奴が生まれていませんから」
「奴っていうのは、呪われた最初の双子のことでいいんだよな?」
晃生の問いにセンジュカは笑みを浮かべながら頷いた。賢い子供を褒める大人のような顔。いつになく優しい表情に少し居心地が悪くなる。
「なんで最初の双子がいないと不安定になるんだ?」
「リーダーのいない集団はもろいでしょう。羽澤家の人間は力は強いですが正しい使い方を知らない。そんな人間たちが好き勝手に動いたら待っているのは崩壊です。事実、羽澤家は跡取り問題で揉めています」
「最初の双子がいれば揉めないっていうのか」
「腹立つことに奴は圧倒的ですから。羽澤の有象無象共などすぐに黙らせられますよ」
センジュカは笑みを浮かべてはいたが目が冷え切っていた。奴と評す相手を嫌っているのがよくわかる。
「だからこそ奴がいない今は狙い目なのです。足並みをそろえられない集団の穴をつくことは簡単ですわ。生贄の第一候補であるあなた。予備であるあなたのお友達とそこにいる双子を全員かっさらっていったら、羽澤家の人間は慌てふためくでしょう。あぁ、想像するだけでも愉快ですわ」
フフフフフと怪しい笑い声をあげながらセンジュカは両頬に手をおいて歓喜に体を震わせる。今までも不気味だと思ってみていたが一層おかしい様子に晃生は顔を引きつらせ距離をとった。
「ぬしが善意から人助けなんてするはずがなかったの……」
「そういうことなら納得だな」
どこかあきれた様子で大鷲と緒方が頷いた。二人があっさり納得してしまうほどにはよくある行動らしい。
「まーわしとしても、これ以上羽澤家の尻拭いをするのは気がすすまんからいいけどの。隠すのも難しくなってきたし、良心も痛むしのお」
「俺たちはそれでもいいけどな、問題は」
そこで言葉を句切って緒方が魔女をみた。
「そもそも生贄の契約は悪魔と羽澤家で行われたもの。私が口を挟む権利などないよ」
魔女はそういうと未だに地面に座り込む絵里香を見つめた。
「君も妹と一緒にいくといい」
「い……いいのですか?」
「そもそも私は召使いなど必要としていない。勝手に羽澤家が押しつけてきただけ。脆弱な人間と違って私には睡眠も食事も必要ない。そんな相手に召し使いが必要だと思うか?」
そこまでいって魔女は緒方を見た。
「お前らなら数人の戸籍ぐらいなんとかなるだろ」
「……できますが、簡単でもないんですよ」
あんまり軽くいわないでください。と渋面を浮かべながら緒方は答えた。
やろうと思えばできる。その返しに晃生は驚いた。
「わしらの仕事はの、生きてる人間を死んだことにすることもあれば、死んだ人間を生きてることにすることもあるんじゃ。いろいろと面倒くさいからあんまりやりたくないんじゃがな。今回は仕方ないの」
「本当に信じていいんだよな?」
大鷲たちにも複雑な事情がある。それがわかるだけに本当に出会ったばかりの子供の望みを叶えてくれるのか。そんな不安がつきまとう。自ら面倒だというようなことを彼らが自分たちのために行うメリットはあるのか。罠じゃないのか。
表情を険しくする晃生をみて大鷲は困った顔をした。
「人の身から外れても良心はあるんじゃよ。大勢見殺しにしてきたわしがいっても説得力などないがの」
大鷲は申し訳なさそうな顔でそういった。
きっと大鷲は兄のことも世間的には問題ないように隠蔽したのだ。もしかしたら両親のことも。それについて怒りをぶつける気にはなれなかった。
兄が脱け殻になった原因。両親が死んだ原因。全てを見つけて復讐してやるつもりで羽澤家にやってきたのに、今の晃生には怒りより悲しみの方が強かった。きっと大鷲だってすきで汚れ役をしているわけではないのだ。そうでなければ、いまだ目を覚まさない鎮をずっと抱えてくれるはずもない。
「私はあなた方の命も人生も興味はありませんが、羽澤家が大慌てする様を見るのは楽しみなので。要するに私の娯楽のためですね」
「少しは本音を隠せないのか……」
どこかしんみりした空気を壊したのはセンジュカだった。まったく晃生と絵里香に気を遣わない態度には感心する。大鷲と緒方のあきれた視線もものともせず、センジュカはまっすぐ晃生をみた。
「といっても、私たちに出来ることは羽澤から出てからの協力のみ。あなた方が新たに生きるための住居や戸籍の準備などです。当然ですが家族のもとには帰れませんし、表向きには死んだことになります」
「俺にはもう家族がいないし、その点は問題ない」
「あなたはよくても、あなたの友達はそうではないでしょう」
その言葉に慎司の顔が浮かんだ。
「羽澤に気づかれては面倒ですので、機会は一度きり。明日の12時。この森を抜けた先に私たちは待機しています。早朝までは待ってあげましょう。逃げる気があるならあなたが救いたい人を連れていらっしゃい」
それでいいですわね? とセンジュカは部屋にいる相手を順番に見つめた。大鷲と緒方は忙しくなるなと顔をしかめ、魔女に至っては我関せずといった様子だった。
「ほ、本当にいいのですか?」
「二度はいわないよ」
絵里香の震える声に対しても魔女の返答はつれないものだった。有り難うございます。と床に頭をこすりつけそうなほど頭をさげる絵里香に視線も向けない。
冷たい。そう見える態度だが、魔女の空気はどこか疲れて見えた。なかなか顔をあげない絵里香にため息をつくと、いいから顔をあげて、そいつらを帰せ。と犬でも追い払うように手をはらう。それに対して絵里香は嬉しそうに返事をすると立ち上がり、晃生たちへと向き直った。
「玄関へとお送りします」
絵里香がそういって大きな扉を開く。もう用はないとばかりに外に出たのはセンジュカ。あきれた顔で大鷲が、最後に緒方が一礼してから外に出る。
晃生も頭をさげた方がいいか。それともお礼をいうべきか。迷っていると魔女から声をかけられた。
「油断はするな。この地を出るまで一瞬たりとも」
振り返っても魔女は晃生を見ていなかった。美しい庭の方へと顔を向けている。
「迷うな。迷えば足がすくむ。たとえ数秒だろうと見逃してくれるほど羽澤は甘くない」
「……なんで俺にそんなことを」
「もうみたくないのだよ。悲劇の繰り返し。怨嗟の繰り返し。繰り返せば繰り返すほど憎悪も呪詛も深く根をはる。それを分かっていながら私にはなにも出来ない。無力で愚かな存在だと突きつけられる。それをもう見たくないのだよ」
魔女が自分で創り上げた美しい箱庭。それを眺めながら老婆のように疲れ切った声で魔女は言葉を続ける。
「だから他人にすべて押しつけるのさ。貴様が成功すればよし。しなくとも私の責任ではない」
「……最低だな」
「目の前にいるのがなんだと思っている。魔女だぞ」
魔女はそういって自嘲した。ベールで隠れていても歪んだ笑みが晃生にはたしかに見えた気がした。
「いけ。明日の夜までにやることはたくさんあるだろう。無駄にするな」
「……あなたのことは許せません」
魔女が呪わなければ羽澤家は生まれなかった。兄が巻き込まれて、自分がこんなところに来ることもなかった。
「だけど、見逃してくれてありがとうございます」
それでも、きっと簡単に踏み潰すことが出来る小さな生き物を見ないふりをしてくれた。そのことにだけは感謝してもいいだろう。魔女の館に来なければ逃げる手段も思いつかないまま、終わりを待つことしかなかったのだから。
いいから、いけ。というように魔女が手を振り払った。晃生は最後に頭を下げて部屋から出る。
「これだから人間は救いようもないほどおろかなのだ」
そうつぶやいた魔女の声がかすかに聞こえた。バカにするようにこぼされた言葉は今にも泣き出してしまいそうに震えている。
晃生は振り返らずに足を進めた。
玄関へと向かうと全員が外に出ていた。鎮は大鷲に抱えられたまま眠っている。顔色が多少よくなったように見えるのは晃生の願望だろうか。
「魔女の館を通り過ぎ、さらに奥へ進み続ければ裏門に出ます。普段は鍵がかかっていますが、私たちがあけておきましょう」
晃生が出てきたのを見るなりセンジュカはそういって森の奥を指さした。
「この森は暗いですから明かりを用意したほうがいいでしょうが、それによって羽澤の人間に気づかれるかもしれません。どうするかは明日まで考えておきなさい」
「わしらは逃げたお主らを保護することはできるが、逃げることを手伝うことはできんからの。自力で頑張っておくれ」
「逃げた後のことは心配するな。準備はしておく」
緒方はそういって晃生の肩を軽くたたく。頼もしい言葉に頷いてから少し離れたところで様子を見ている絵里香に向き直った。
「由香里には連絡とれるのか?」
「私と由香里の連絡手段は手紙のみ。それも家の人間に中身を確認されます」
絵里香はそういうと顔をふせた。
「となると、絵里香に由香里を説得してもらうのは無理か……」
由香里とはクラスメイトではあるがそれほど親しいわけではない。他のクラスメイトに比べれば交流はある。下宿まで案内してくれたし、ノートも貸してくれた。さりげなく声をかけてくれたりと親切にはしてくれたが由香里も生贄候補だったことを考えると純粋な好意とも思えない。由香里にも目的があって動いていたはずだ。
ここで起こったことを正直に話して由香里は信じてくれるだろうか。そんな不安が晃生の胸に浮かんだ。
「由香里のことをよろしくお願いします」
考え込む晃生にむかって絵里香が必死な顔で頭を下げた。体は震えているし、メイド服のエプロンをつかんだ手には力が入っていた。
「あの子は私よりもつらい立場にいます。魔女様は私になにもしません。仕事だって大変なのは掃除くらいのもので、自分の時間だってもてるんです。初めて来たときは怖かったけど、今はもう怖いなんて思いません。
でも、由香里はずっと怖い思いをしているはずです。あの子に味方なんていない。自分が失敗したら私まで殺されるってずっと怯えてる」
顔をあげた絵里香の顔はいまにも泣き出しそうだった。
「どうか、由香里を連れてきてください。私は由香里と一緒にこの家を出たい。魔女様が許してくださったんです。由香里だってもう解放されていい。こんな家から出て、二人で、今度こそ幸せになるんです」
悲痛な声だ。養子である二人が今までどれほど怯えて生きてきたのか痛々しいほど伝わってきた。大人びて見えて、どこか空虚な由香里の姿を思い出して晃生は頷く。
「……必ず連れてくる。絵里香は安心して待っててくれ」
晃生の言葉に絵里香は深々と頭を下げた。ぽたりと地面に滴が落ちる。それを見ないふりをして晃生は絵里香に背を向けた。
やることが決まった。時間は限られている今、できるだけ早く慎司と由香里と合流しなければいけない。早足で歩き出した晃生の後に、なぜかセンジュカたちも続いた。不思議に思って見つめると大鷲は抱えた鎮を持ち上げる。
「起きないこの子を放置するわけにもいかんしの。それにおぬしらが通ってきたという抜け道も気になる」
「俺はもともと羽澤家にも挨拶する予定だった」
「私は暇なので」
晃生を追い越して緒方とセンジュカは行ってしまう。迷いない足取りをみるに緒方も森を抜ける方法が分かっているらしい。杖をついた緒方が器用に木の幹をよけていく姿に晃生は目を見張った。
「わしはこの子ら送り届けたら適当に帰るから、まってなくてええぞ~」
大鷲が前をいく緒方に声をはりあげると緒方は了解とばかりに手をふる。センジュカは振り返りすらしない。
「では、抜け道に案内してもらえるかの」
大鷲がそういって晃生を見下ろした。改めて隣に並ぶと背が高い。褐色の肌に細められた目。こんな状況でなければ隣に並ぶのを避けてしまうような怪しい風体だ。それでも大鷲を信用するほかない。
特に今は。
「実は今、自分がどこにいるか分からない」
「は?」
「悪魔のお屋敷の近くまでいけば分かると思うんだが……」
「あー……まあそうじゃのう。ここ森の中じゃしな……」
苦笑を浮かべた大鷲が前を歩き出す。連れていくからついておいで。と顔だけ振り返った大鷲の表情は柔らかい。
信用してもいいのだろう。きっと。そう信じて進むほかないのだと晃生は決意を固めた。
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