それについては悪魔の専門だ

 羽澤家がこうもおかしくなったのは呪いのせいだ。魔女が呪い悪魔と共に引っかき回し、それにあらがった結果できあがったのがこの複雑怪奇な家だ。となれば解決するには呪いをとくほかない。鎮や響が真の意味で解放されるには晃生がただ逃げるだけではダメだ。根本的な部分を解決しなければ。

 魔女をにらみつける。ここまで来たらすべて吐いてもらわなければいけない。晃生は巻き込まれた被害者なのだから。


「それについては悪魔の専門だ」

 魔女は涼しい顔で答えた。


「どういう意味だ?」

「アイツが羽澤家に干渉し、神のようにあがめられているのは得体が知れず恐ろしいからというだけの理由ではない。アイツをあがめるのは羽澤家にとっても利点がある。だから毎年生贄を捧げるような状況でもあがめているんだ」


 生贄を捧げてもいいと思えるような利点。そんなものは晃生には想像も出来ない。人の命を捧げても得たい利点など世の中にあるのだろうか。


「羽澤家の人間は総じて能力が高い。それはお前だって知っているだろう」


 素直に頷く。羽澤家は社会を牛耳っているといってもいい名家だ。だから両親も最初は特待生に選ばれた兄を誇り、喜んだのだ。


「考えてみればおかしなことだろう。なぜ天才、秀才と呼ばれるような能力の高い人間が羽澤家ばかりに生まれる。そんな偶然ありえると思うか?」

「偶然じゃないならなんなんだ。意図的に出来ることじゃないだろ」

「悪魔の力を使えば出来るといったら?」


 魔女の言葉に背筋に冷たいものが走る。とっさに緒方と大鷲を見れば困った顔で頷いた。


「アイツは魂の質をみることが出来る」

「魂の質……?」

「分かりやすくいえば一目見ただけでその人間が賢い人間か、大馬鹿ものか判定ができるということだ。人間同士の相性も分かる。それによって羽澤家は優秀な子孫を残し続け、発展してきた」


 そんなことがあるわけがない。そう晃生は否定したかったが喉が詰まった。あり得ない話だ。あり得ないのに、そうであれば羽澤家がリンをあがめる理由も羽澤家が発展してきた理由も納得がいく。羽澤家の発展にはリンの存在が必要で、だから無茶も通る。恐れながらも敬い続けている。


「御膳祭っていうのは悪魔への機嫌取りなのか」

「そうとも言える。アイツは気まぐれで我が儘な子供だ。すべてはアイツの気分次第。過去アイツに嫌われた人間は総じて酷い目にあったな。食べられたらまだいい方だ。わざと相性の悪い相手をあてがって精神的に追い詰めた事もあった」

「根性が悪いにもほどがありますね」


 黙って聞いていたセンジュカが不快さを隠しもせずに吐き捨てた。横で聞いていた大鷲が苦笑を浮かべる。


「リン様は好き嫌いが激しいからの。気に入ったらとことん贔屓するし、気に入らなかったら暇つぶしにもてあそぶ。そして飽きたらポイ捨てじゃ。それを羽澤の人間は知っておるから必死に機嫌をとっておるんじゃよ」

「悪魔って名前は伊達じゃないな……」


 こちらを値踏みしてきた赤い瞳を思い出す。アレに好かれたいなどと晃生は少しも思わない。出来るだけ近づきたくない。しかしリンを無視することなど羽澤家に生まれた以上は不可能。生き残るためには媚をうるしかない。それが羽澤の歪みの一因なのだろう。


 リンになつく響がおかしいのだ。そういっていた鎮の言葉を思い出し晃生は大鷲に抱きかかえられたままの鎮を見た。未だに目を覚ます様子がない鎮の青白い顔をみて納得する。鎮が響を異常だというのは間違いではない。


「……魔女から悪魔に御膳祭を止めるように頼むことは不可能なのか」

「御膳祭をやめる理由がアイツにはない。私たちみたいな存在はな人間に畏怖を抱かれた方が強くなれる。御膳祭は悪魔にとって畏怖を集めるのにちょうどいい。そのうえ美味しい食事までありつける」

「悪魔が気に入っている人間が悲しむといってもか?」


 リンを説得する手段があるとしたら響だけだ。リンは響の話は聞いていた。晃生たちのことはそこら辺の虫けらのような目で見ていたが響に向ける表情と声は優しかった。そこに交渉の余地はないかと必死に言いつのる。そんな晃生を見て魔女は意外そうな顔をした。


「アイツが気にいっている人間というと現当主の末息子か。たしかに今までにないほど可愛がっていると聞いたが」


 魔女の視線をうけて大鷲と緒方が頷いた。


「リン様とは思えないほどの溺愛っぷりですね」

「あれほど人間を可愛がるリン様は初めて見たの。本音をいえば不気味すぎて鳥肌が立つ」

「急におままごとに目覚めたようで。情緒が三歳児くらいには成長したようですわ」


 緒方以外の散々な評価に晃生は顔をしかめた。床に膝をついたままの絵里香も困惑した様子だ。


「アレが……? まあ、次に双子が生まれるとしたらその子の子供だろうし、優遇もするか」

「は……?」


 魔女の呟きが晃生の耳に刺さる。小さな、独り言のような声だったのにハッキリと耳に届いた言葉に晃生の心臓が大きな音を立てた。今、魔女はとても恐ろしいことを口にしなかっただろうか。


「双子って、呪われた……?」

「ああ。現状の羽澤家で一番魂の質が高いのは響とかいう童だからな。私としても成長が楽しみではある。だからこそリンも可愛がっているのだろう。いつまでも双子が不在なのは私も退屈だからな」


 ベール越しでも魔女の機嫌が上向いたのが分かった。それが晃生には信じられなかった。


「……響が呪われた双子の親になる……?」

「可能性としては一番高いな。三男の深里とかいう奴も優秀だがな、響というのは稀にみる完成度だ。今まで見た中でも一番。あれほどの逸材は今後生まれるか分からない」


 上機嫌に話す魔女の姿に鳥肌が立つ。その姿は魔女の背後に咲き誇る花の品定めをしているようで、とてもじゃないが人間に向ける感情とは思えなかった。だからこそ理解してしまった。目の前にいる存在は確かに人ではない。


「とはいえ予備としては深里もいるし、他にも兄が二人いるだろう。評価はいまいちだったと聞くが、本家の血筋だから可能性はゼロではない。アイツがお気に入りのためだけに面倒ごとを引き受けるとも思えない」


 予備。その言葉に血の気が失せる。外部から生贄として連れてきた特待生ではなく、羽澤直系の人間を魔女は予備といった。子を宿し呪われた双子を産む。それ以外の価値などないかのように。


「悪魔が響を可愛がっているのは双子が生まれる可能性が高いからなのか?」

「さっきからそう言っているだろ。それ以外にアイツが人間を可愛がる理由などあるわけがない」


 キッパリと魔女は言い切った。その言葉に目の前が真っ暗になったような錯覚を覚えた。


「じゃあなんだ、響は呪われた存在を生むためだけに守られて可愛がられてるっていうのか!?」

「そういうことだな」


 晃生が叫んでも魔女は一切動じなかった。魔女にとって響という存在が実にどうでもいいものなのかがよく分かって唇を噛みしめる。


「なにをそんなに動揺している。そもそもお前はここから逃げるために私のところまで来たんだろう。逃げ出す家のことなどどうでもいいだろう。そこで気絶している岡倉とも響とかいう童とも逃げ出した後では接点などないのだから」


 魔女の心底不思議そうな反応に晃生はなにをいっていいか分からなかった。たしかに晃生は羽澤家から逃げようとしている。羽澤から逃げたいといった鎮を置いて、逃げられない立場に生まれてしまった響も置いて、自分だけ逃げようとしている。それが重たい罪のように思えて拳を握りしめる。


「気にすることではありません。この家はおかしいのです。歪んで狂って腐敗している。あなたは元々この家の人間ではない。むしろ巻き込まれた可哀想な身。気にせず逃げ出せばいい。すべて忘れて楽しく生きればいいのです」


 センジュカが歌うようにそういうと晃生の肩に手を置いた。のろのろと顔をあげセンジュカの真っ白い顔を見る。少しだけセンジュカの目が優しく見えたのは晃生が弱り切っているからだろうか。


「そうはいっても、そもそも逃げる手段がないじゃろ。変に期待させるのはやめんしゃい」

「なにをいっているんですか。手段ならありますよ」


 センジュカの言葉に晃生は目を見開いた。そんな晃生の反応を見てセンジュカは愉快そうに笑う。


「簡単なことですわ。私たちが協力すればいいのです」


 ニッコリと、それこそ何でもないことのような軽さでセンジュカは想像もしなかったことを口にした。

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