……誰かが邪魔した?

 魔女は晃生をじっと見つめていた。ベールで隠された顔は全く見えない。それがものすごく恐ろしい。いったいどんな顔をしているのか想像もできない。顔が見えないだけでこれだけ不安になるとは思わなかった。


「私のせい……」

「魔女様! 彼は動揺してまして!」

「そうじゃ、そうじゃ! 羽澤にきて色々とあったから人の身ではどうにもの! しかも彼は若い。魔女様からみたら赤ん坊みたいなものじゃ!」


 慌てて緒方と大鷲がフォローを入れてくれるがセンジュカは肩をふるわせて笑っている。魔女の視界がどれほどのものかは分からないが笑いをこらえるセンジュカが見えていないとは思えない。


「魔女様! この子は私の双子の妹のクラスメイトです! どうかご慈悲を!」


 晃生とは初対面である絵里香までもが慌てて膝をつき、両手を地面につけて頭を下げる。その姿をみて晃生は慌てた。自分も謝るべきかと考えるがいった内容は本心だ。それでも自分のために他人が頭を下げている姿は居心地が悪い。


「いい。彼のいうことはもっともだ」


 だからこそ、次に聞こえた声に驚きのあまり間抜けな声が漏れた。それは晃生だけではなかったようで頭を下げていた絵里香も思わず顔を上げ驚いた顔で魔女を凝視している。


「羽澤家がこんな風になったのは考えなしだった私が悪い。もっと早く、私がまだどうにか出来るうちに止めていればこうはならなかった……。こんな苦しい思いなどしないですんだ」


 魔女はそういうと胸のあたりを握りしめた。


「人は自分が生き残るためなら平気で他人を踏みにじれる。そういうものだと思って私は生きてきた。自分が生き残るためには他者を蹂躙しなければいけない。徹底的に、二度と顔などみたくないと思うほどにむごたらしく」


 そこまでいって魔女は顔をおおったベールをあげた。その下から現れたのは人形のように綺麗な顔。それよりも異彩を放つのは瞳。遠目に見ても瞬く星が見えるような澄んだ瞳。しかしそれが整った容姿と共にあると美しすぎて恐ろしくなる。


「人間というのは異質なものを恐れる。私が生まれた時代は特にそうだった。目が異様だ。容姿が恵まれすぎている。それだけで罵られ嬲られ、最終的には生きたまま埋められた。神に捧げる供物だと聞こえのよいことを言っていたが、奇怪な子供を処分するのにちょうどよかったんだろう」


 一瞬でも魔女を埋めた人間の気持ちが理解出来てしまった事が嫌だった。唇を噛みしめる晃生をみて魔女は目を細める。微々たる表情の変化。それでも確かに動いている。生きている。いや、生きていたのだろう人として。


「当時は今に比べて人と人でない者の境界が曖昧だった。強い恨みを抱いて死んだ私は素質もあったようで気づけば人の理を外れていた。土の中からはいだし、人間ではなくなったと気づいた私が最初に行ったことは、私を殺した人間、私を苦しめた人間を一人残らず祟り殺すこと。それでも私の恨みは晴れなかった。殺しても祟っても、どうにも気が晴れずに小さな理由を見付けては祟って呪って嘲笑った。そうこうしているうちに私は魔女と呼ばれるようになった」


 魔女はそこまでいうと一息つきティーカップを口に運んだ。予想もしていなかった魔女の境遇に晃生は視線をさまよわせた。絵里香は動揺して固まっていたが他の三人は先ほどに比べて落ち着いた様子だ。知っていたのだろう。


「羽澤家を呪ったのも八つ当たりだよ。私のことをかばってくれる人間などいなかった。笑いながら殴り蹴り、最後には唾を吐いて私に土をかけた。親や兄弟ですら奇妙な瞳を持つ私を恐れて助けなかった。それなのにだ、あの双子の兄は迷いなく弟と私の間にわってはいった。当時は分からなかったが今なら分かる。あれは嫉妬だ。私が誰にも与えて貰えなかった愛を当たり前のように持っていた。それに気づかず平気で捨てようとした者への嫉妬、そして怒り、妬み。だからできるだけ苦しませてやろうと思って兄を呪った。弟は絶望し、兄は弟をお前のせいだと責めるだろう。そう思った……思ったのに……」


 魔女は静かにベールを下ろす。泣き出す寸前の子供のように歪んだ顔を隠すためだ。


「アレらをなめましたわね。アレらがお互いに向ける執着は常軌を逸しています。愛といえば聞こえはよいでしょうが、あそこまでいったら愛なのかどうかも疑わしい。エゴとエゴの押し付け合いですわ」


 心底不快という顔でセンジュカが吐き捨てた。魔女へ向ける視線はずっと厳しいものだったが今まで以上に嫌悪がにじんだ表情にゾッとする。


「……後悔しているのなら、なんでこんなところに引きこもってるんだ」

「……私に出来ることなどなにもないからだ」

「呪った本人でも呪いが解けないのは本当なのか?」

「そうだ。とく方法は一つだけ、私が最初に提示した条件を満たすこと」

「その条件って?」

「双子の弟が兄より先に死ぬこと。自殺は禁止。他殺か事故死、老衰のどれかで弟が先に死ねば呪いはとける」


 晃生は眉を寄せた。もっと難しい条件がついているものだと思っていたので正直気が抜けた。


「お前が拍子抜けしたように、条件自体はそれほど難しいことじゃない。それなのに、今まで呪いは解けず、羽澤家はこれほど大きく複雑な家になった。その理由がお前には分かるか?」

「……誰かが邪魔した?」


 ルールは単純だ。自分の命を省みないのであれば弟が誰かに殺してくれと頼めばいい。それだけで兄よりも先に死ぬという条件は満たされる。今まで条件がクリアされなかったということは状況はもっと複雑なのだ。


「その通り。最初の頃は私と悪魔が、その後は悪魔が、最近では一族のもめ事に巻き込まれてことごとく兄の方が先に死んだ」

「お前ら邪魔までしたのか」

「私と悪魔からすれば最初はただの遊びだった。遊びは長く続いた方が楽しいだろ。だから色々とかき回した。兄に弟を殺せば呪いは解けると吹き込んでみたり、兄を殺さないと大変なことになると周囲に吹き込んでみたり」

「最悪だな」


 吐き捨てるようにいうと魔女がそうだな。とつぶやいた。その声は自嘲気味で弱々しかった。


「だから私は途中で止めた。怖くなったんだよ。いくら邪魔しても、私に忠誠をつかえばお前だけは助けてやるとそそのかしても、弟は諦めなかった。私が怖くなるほど何度も何度も悲惨な死に方をして、それでも何度も何度も兄を助けるために行動した」


 魔女はそういうと自分の体を抱きしめた。そうすると細く頼りない女性のように見えて、かすかに震える体は哀れにも見えた。けれど魔女が語ったことがすべて事実だというのなら当然の報いなのだろう。

 それに晃生は魔女の話に気になる点がある。


「……何度もって、どういうことだ?」


 晃生の問いに視線が集まる。黙って魔女の話を聞いていた緒方たちからも探るような視線を向けられた。センジュカはどことなく楽しそうで、緒方と大鷲は哀れなものをみるような顔で晃生を見ている。絵里香は晃生の問いの意味が分からなかったらしく目を瞬かせていた。


「羽澤家にかけられた呪いは双子の上が呪われて生まれてくるってものだろ?」


 自分で口にしても疑問に思う。羽澤家に生まれた双子は全員呪われている。学校にいる赤茶色の制服を着た生徒たちはみな、敷地内のどこかに双子の上が監禁されている。となれば羽澤家には結構な数の双子がいることになる。晃生が学園で見かけただけでも赤茶色の制服を着ていたのは十人ほど。高等部だけで十人もいるなら初等部、中等部にはもっと双子がいることになる。


 双子が生まれる確率がどれほどのものか晃生は知らない。知らないが羽澤家は双子が生まれやすい家系なのは分かる。では、そんな双子が生まれやすい家系で呪いをとく条件を誰もクリアできないなんてことがあるのか。いくら魔女や悪魔が邪魔したといっても全員に目を配ることなんて出来ない。双子全員がバラバラに羽澤家から逃げてしまえばいいのだ。いくら人ではない存在といえど数が増えれば監視は難しくなる。一組だけでも条件をクリアすれば呪いはとけるのだから協力して生存率をあげればいい。

 それだけのこと。それなのになぜ、今も呪いは解けていないのか。


「羽澤家が呪われているわけじゃない。羽澤家の始祖が呪われているんだ」

 晃生の問いに魔女は静かに答えた。


「私の森に入った双子の兄弟。彼らがずっと呪われている。羽澤家は彼らの血を引いているから呪いの影響を強く受けているに過ぎない」

「それはおかしいだろ。羽澤の先祖が生きていたのってずっと昔のはずだ。それなのにずっと? 血も呪いも薄れないのか?」

「薄れるはずがない。言っただろう。何度も何度も繰り返していると」


 ベールの下に隠れた魔女の目がハッキリ晃生を見つめているのが分かった。


「私が呪った双子はね、呪いが解けるまでずっと自分の先祖の体に成り代わり続けるんだよ。もう何度繰り返したのか、私ですら覚えていないから本人たちも忘れているんじゃないかな」

「そんなこと……」

「ありえない。そう思うならそれでいいよ。君には関係ないことだしね」


 晃生は緒方をみた。緒方は魔女の言葉を肯定するように頷いた。それを信じられない気持ちで晃生は見つめることしかできなかった。


「じゃあ呪いをとくことは……?」

「現状は不可能だよ。私が呪った双子がまだ生まれていない」


 魔女はそういうと息を吐きだし背もたれによりかかった。言うべきことは全部言ったという態度だが晃生にはまるで納得がいかない。


「……いつ生まれるんだよ。呪われた双子っていうのは」


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