第十三話 提案

簡単な話。人質だよ

 魔女の館は悪魔のお屋敷と同じく手入れが行き届いていた。人の気配がしないのも同じ。しかし悪魔の屋敷よりも格段に空気が重い。悪魔の屋敷は静かで不気味ではあったが開放感があった。扉も襖も開け放たれていて、実際に訪れるかはともかく人の出入りは歓迎していたように見えた。

 それに比べて魔女の館はすべてを拒絶している。埃一つない清潔な空間ではあったが、それだけに時が止まったような静寂が耳に痛い。自分の心臓の音が響く静けさに晃生は飲まれそうになる。


 緒方、大鷲、センジュカの三人は慣れているのか、全くひるんだ様子がない。センジュカのブーツ、緒方のつく杖の音が妙に響く。それが落ち着かない。

 晃生の不安に気づいたのか大鷲が振り返って笑みを浮かべた。心配するな。そう言葉なく言われた気がして晃生は小さく頷いた。


「魔女様、失礼いたします」


 屋敷の奥、ひときわ大きな扉の前で緒方が立ち止まり声を張り上げる。いよいよだと晃生が緊張で拳を握りしめている間に扉は開いた。今度は一人でではなく、人が開けているようだ。


 扉を開けたのはクラシックなメイド服に身を包んだ少女だった。静かに頭を下げる少女に緒方と大鷲も頭を下げる。センジュカは少女の存在など見えないかのように前を向いていた。

 時代がかった洋館にメイド服の少女。今が何年だか分からなくなるような光景。しかしそれよりも晃生の思考を奪ったのは少女の顔立ちだった。


「由香里……?」


 思わずもれた声に少女が顔をあげる。目を見開いて晃生をみる少女。ハッキリ見えた顔は髪型こそ違うがクラスメイトの由香里と同じものに違いない。


「そういえば、今年の予備は双子でしたわね」


 見つめ合ったまま固まる晃生と少女を見てセンジュカがつぶやいた。声に引っ張られるように顔を動かした晃生がみたのは不快そうな顔をしたセンジュカ。顔をしかめる大鷲。眉間にしわをよせた緒方の姿だった。


「それってどういう……」

「簡単な話。人質だよ」


 答えたのはそこにいた誰でもなかった。初めてきく凜とした声。少女というには固く、少年というには高い。不思議なバランスを持つ声は扉の向こう。部屋の中から聞こえた気がした。


 由香里ににた少女が慌てた様子で扉を開く。それにより部屋の中が一望できた。

 まず目に飛び込んできたのはテラスの向こうで揺れる花だった。アーチを描くバラや先ほど見た色の変わる不思議な花。そのほかにも晃生が名前を知らないような花たちが美しく庭を彩っている。


 息をのむような美しい庭。それを眺めるために置かれた椅子に優雅に腰掛けているのは真っ黒な女性。それに気づいた瞬間、体が固まった。

 足すら隠す長いドレス。手には黒い手袋。顔は黒いベールで包まれて見えず、手に持つティーカップだけが白く異彩を放っている。美しい庭とはあまりにも不釣り合いな姿は真っ黒な着物に身を包んだリンを思い出させる。


「昔は一族内から私の召使いを出していたんだけどね、いつしか外部から連れてくるようになった。その方が効率が良かったんだろうね」


 女性は一切こちらを見ない。それなのに声だけはハッキリと聞こえた。誰もなにも言わない。それでも晃生にも分かった。この女性が魔女だと。


「私の世話をしたがる羽澤の人間なんていない。私としても羽澤の人間が四六時中近くに仕えているなんて気が休まらないから止めてほしい。けれど、こんな森の中で監視もなしに放置するのも怖かったんだろう。いつしか身寄りのない子供を私の召使いとして連れてくるようになった」


 魔女は扉の脇にたっている少女へと視線をむける。初めて魔女がこちらへと顔を向けたがベールに包まれた顔は一切見えない。


「それがそこにいる絵里香。今年の御膳祭では予備を務める双子の妹、由香里の姉だよ」

「双子……」

「そう、双子。私の召使いは毎回一卵性の双子の上が選ばれる。かつて呪った双子の上を召し使いとして遣い潰すことでどうぞ怒りを静めてください。って、いつの代からか始まった茶番だよ。私は一人で生きられるというのにね」


 魔女はそういうとティーカップを口に運ぶ。


「人道を無視したらよく出来た仕組みだよ。身寄りのない双子を連れてくるだけで片方は監視役、片方は生贄の予備になる。仲のいい子たちをわざわざ選んでくるから逃亡防止の人質にもなるという算段さ。人間というのは自分が生き残るためであったらいくらでも他人に非道を押しつけられるといういい例だね」


 そこまでいうと魔女は息をはきティーカップをおくと晃生へと向き直った。体ごとこちらへ向けられたが顔が一切見えないため目があっているかは分からない。それでも刺すような視線を感じて晃生は身構えた。


「それで、君は私になんの用だい? わざわざこんな所まできた御膳は初めてだよ。恨み言でも言いに来たのかな?」

「彼は魔女様にお願い事をしに来たようです」


 言葉が出ない晃生のかわりに口を開いたのは緒方だった。気づけば緒方は膝をつき魔女に向かって頭を下げていた。晃生もならうべきかと思ったが大鷲とセンジュカは微動だにしていない。大鷲はいまだ鎮を抱えたままなのでしゃがめないというのもあるのだろうが、センジュカは魔女を汚らわしいものでも見るような顔でにらみつけている。


「お願い?」

「このものは今年の御膳候補と予備と三人で羽澤家を脱出するのが望みだそうで」


 魔女よりも先に反応したのは絵里香だった。信じられないという顔で晃生をみる瞳は揺れている。


「そんなことが本気でできると?」

「魔女様が許可を出せば可能性は」

「私が許可を出したところでリンが文句をいったらどうにもならない。アイツの方が羽澤では力を持っている。君たちだって分かっているはずだ」


 魔女は体をテーブルに向き直らせた。話はそれで終わりという態度に晃生は慌てた。


「待ってください。それ以外に手はないんです」

「私の知ったことじゃない。そもそもお前は羽澤の人間じゃないだろ。ということは自分の足でここにやってきたって事だ。約束された将来なんて甘い言葉につられて」


 ベール越しでも睨まれたのが分かった。


「君たちは賭けに負けた。選択を見誤った。それだけの話だ。羽澤家などにかかわらずに生きていればこんなことにはならなかった。自分の選択を反省し、一生後悔して生きればいい。そうすれば今回のことを教訓として胸に刻めるだろう。バカな人間でも忘れないはずだ」

「なんだそれ……」


 あまりにも冷たい態度に最初に抱いた恐怖が消える。次に浮かんだのは怒りだ。

 こんな家に生まれたくなかった。そう言った鎮の顔が浮かぶ。自分達を助けようとリンに懇願した響の顔がうかぶ。どちらも悪くない。ただ羽澤家に生まれただけ。生まれた家がおかしかっただけ。

 そしてこの家がおかしいのは目の前の魔女が呪ったせいだ。


「羽澤家がこんなになったのはお前のせいだろ。勝手に敷地内に入った。花を摘まれた。たしかに不快だったかもしれない。けどな、それだけのことで呪うなんておかしいだろ! 反省しなきゃいけないのはどう考えてもお前の方だ!」


 力一杯叫ぶ。視界のはしに驚きで目を見開く絵里香の姿が見えた。大鷲と緒方もぎょっとした顔で晃生を見つめている。一方センジュカは実に楽しそうな顔で晃生を見ていた。小さく拍手までしている。


「こっちは完全にとばっちりだ! 文句をいう権利くらいあるだろうが! なにが自業自得だ! こんな頭おかしい一族だって知ってたら最初から近づかなかったっつうの! 羽澤家がやったことで自分は関係ないってか? そもそも羽澤家がこんな風になったのはお前のせいだろ! だったらお前がやったのとなにが違う!? 高見の見物決め込んでんじゃねえぞ! 根暗短気女!!」


 一気にまくしたてたせいで呼吸が荒い。ゼェゼェと息を吐くとブラボーという場違いな声が聞こえてきた。見ればセンジュカが初めて見る満面の笑みで手をたたいている。


「見直しましたわ! 素晴らしい! 根暗短気女なんて見事なネーミングセンス! 私あなたのこと好きになりましたわ!」

「せ、センジュカ……!」


 興奮気味に騒ぐセンジュカに大鷲が焦った声を上げる。チラチラと魔女の様子をうかがう姿を見て晃生も遅れて状況に気づく。一方的に感情のまままくし立ててしまったが相手は魔女である。リンと同じ人ではない者。羽澤家が歪んでしまった元凶。そんな相手に対して自分はいったいなにを言ってしまったのか。急に冷静になり恐る恐る魔女の姿を見る。


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