わかってる

「なんで俺たちは一緒にいられないんだろう」


 俺とそっくりな声に振り返る。質素なベッドに腰掛けた半身がブラブラと足を揺らしながら天井を見上げていた。


「なんで双子なのに一緒の家に住めないんだろう」

「そんなの双子だからだろ」


 なにを当たり前のことを言っているんだと言えば半身は天井に向けていた目をぐるりと俺へ向けた。驚いて肩がはねる。それを笑うこともなく半身はじっと俺を見つめていた。子供らしい大きな瞳。今の自分よりもずいぶん幼くて柔らかくて小さかった。


「羽澤家だけだって双子を別々にするの。他はみんな双子は一緒に過ごすんだって」

「そんなの嘘だ」

「嘘じゃないよ! 羽澤家がおかしいんだ!」


 そういって半身は怒った。おかしい。こんなのは変だって。そういわれても自分はどうしていいか分からなかった。だって生まれた時からそれが普通だった。双子は別々に育てられて、別々に暮らす。半身とこうして会える自分は恵まれた方だった。他の双子の多くは自分の半身にあったこともない。


「俺、いつか当主になるよ!」


 半身が俺の両手を握りしめて頬を赤らめながら宣言した。俺はなにをいっているんだと半身を見つめ返した。当主になんてなれるはずがない。なれるような資格がない。けれど目を輝かせて語る半身を落ち込ませたくなくて俺は黙っていた。


「当主になったらきっと変えられる! 双子は別々に暮らすなんて仕来りは終わり! ずっと一緒にいよう! 二人でいっぱい遊ぼう」


 半身は笑った。俺は夢物語だと思った。そんなことはあり得ない。半身が当主になれるはずもない。この家は変えられない。

 それでも半身が語る夢はかがやいていた。半身といつも一緒。暗くて寒い牢屋じゃなくて太陽が降り注ぐ外で手をつないで遊ぶ。それは想像しただけでも幸せで、思わずそれはいいなと俺は頷いていた。


 あの時ハッキリいってやれば良かったのだ。そんな未来はありえない。羽澤家で双子が一緒に過ごすことなんて不可能なんだって。けれど俺はいえなかった。

 いえなかったから……。


 水の冷たさで目がさめた。

 咲月が顔を上げると額から水がしたたり落ちる。頭が濡れていることに気づいて、ぼんやりあたりを見回すと笑顔を浮かべた星良がコップを逆さまに持っていた。水を頭からかけられたのだと寝ぼけた頭で悟った。


「こんなところで寝ているなんて、おつかいはどうしたのかしら~」


 おっとりとした口調だが声は冷え切っている。表情だけみれば笑顔だが空気は重い。完璧に計算された顔。能面みたいで不気味だから笑わない方がいいといつも思っているが口に出せることはないだろう。


「……すまない……予想外の邪魔がはいった」


 鎮と晃生を追い詰めた。そこまでは良かった。その後、真っ白な女がどこからか現れた。あんな目立つ存在を見逃すはずがないから、部外者だろう。

 ならばなぜ、あのことを知っていたのか。それが分からず咲月はめまいを覚えた。


「つまりは失敗でしょう~? なんで寝てるのかしら? 私に報告もしないで?」


 笑ってはいるが相当機嫌が悪い。咲月がすぐ報告にいかなかったためしびれを切らしてやってきて、ベッドで眠りこける咲月を見て腹が立って水をぶっかけたというところだろう。

 ポタポタと落ちる滴を払いのけ、体を起こしながら自分はどうやって帰ってきて、いつのまに寝たのだろうと咲月は考えた。あの白い女にあのことを言われてから記憶が曖昧だ。


「お返事もできないの? さっちゃんはいつから反抗期になったのかしら~?」

「すまない。考え事をしていた」


 星良に向き直る。怒っている時ぐらい素直に怒った顔をすればいいのにと思うが、これが星良という人間だった。貼り付けた顔は強固すぎてもはや星良自身にもとれないのだろう。とれないことに対して問題を感じていないのが救いなのかは分からない。


「さっちゃんが清水晃生を殺してくれると思って楽しみにまっていたのに、これはどうしたことなのかしら~? 清水晃生は邪魔なのよ~。生き残ったらのし上がるタイプ。響についたら余計に厄介だわ~」


 星良はそういいながら親指の爪を噛む。人前ではやらないイライラしたときの星良の癖だった。


 晃生の様子を思い出して星良が警戒するのも分からなくもないと思った。度胸もあるしとっさの判断力もある。体を鍛えればもっと動けるようになるだろう。そんな優秀な人材が響につくのは星良から見れば面白くないに違いない。星良はリンに気に入られている響が嫌いだ。なんであんな奴がとことあるごとに言っている。


「邪魔が入ったって、いったいどこのだれ~? 星良の差し金ってバレてないでしょうね~?」

「それは問題ないと思う。相手は羽澤の人間じゃなかった」

「羽澤の人間じゃなかったって~、清水晃生はどこにいたの~?」

「魔女の森」


 咲月の言葉に星良が目を見開いた。さすがの星良も晃生がそんなところまで入り込むとは予想外だったらしい。後をつけた咲月としても予想外だった。外から魔女の森に直接入れる隠し通路の存在など今まで聞いたこともない。


「特待生と一緒にいた岡倉が知っていたとは思えない。教えたのはおそらく響だろう」

「……響に教えたのはリン様ってわけね」


 星良が親指を噛んで舌打ちした。それでもなお笑みを形作る星良に咲月はかすかに恐怖を覚える。目の前にいる少女はおかしい。しかし羽澤家では珍しいことでもない。特に悪魔信者と呼ばれる者たちは常軌を逸しているものが多かった。


「さっちゃんは監視をつづけてね~。私も探りをいれてみるわ~」


 おっとりした口調で星良はいいながら咲月の頬を両手で包む。ベッドに腰掛けた咲月に顔を近づけ上からのぞき込む。笑みを形作った能面は間近でみると歪さが際立つ。隠しきれない狂気がにじんだ瞳を見上げながら咲月は次の言葉を待った。


「証明しないとね~双子は羽澤にとって有用だって~。そうしなきゃさっちゃんの望みはかなえられないわ~」

「わかってる」


 咲月の返事に星良は満足げに笑った。「じゃあ、またね~」とのんびりした口調でいうと部屋を去って行く。台所から持ってきたコップは咲月のテーブルの上に置きっぱなしだし、水をかけられたせいでベッドが濡れている。しかし咲月にとってそんなことはどうでも良かった。


 証明しなければいけないのだ。双子は羽澤家にとって必要なのだと。決して粗末に扱ってはいけないのだと。

 誰よりも大切な半身のために。

 

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