……失礼にもほどがあるだろ
「あんまり荷物ないのな」
部屋の隅に置いてある段ボール箱を見て鎮は首をかしげた。一般的な高校生がどれほどの荷物を持ち込むのか分からないが、段ボール一箱が少ないのは分かる。中には最低限の着替えと私服くらいしか入っていない。
「私物は元々少ないからな」
「ミニマリストってやつか?」
「単純に私物を置くスペースがなかっただけだ」
鎮は居座るつもりらしいが、さっさと荷物を片付けてしまおうと段ボールに手をかける。慎司が所在なさげに立っていたので、鎮の隣にでも座っとけ。と目で合図した。鎮は晃生の視線を受けると、ウェルカム―。と両手を慎司の方へと広げる。慎司が硬直した。
少しの間をおいて慎司がおそるおそる鎮から少し離れた場所に腰掛ける。鎮は少しだけ残念そうな顔をしたが、すぐさま晃生に邪気のない顔を向けた。
「一般庶民って一人部屋持てないくらい狭い家で暮らしてるって聞いたことあるけど、本当なんだな」
「……失礼にもほどがあるだろ」
しかしながら口から出た言葉は世間知らずの無神経お坊ちゃまでしかなく、晃生はあからさまに、慎司は少しだけ眉をひそめた。
「失礼なんだろうなーってのは分かるけど、うちの学校の奴らとか親戚とかみんな一戸建てだし。部屋数が余ってるって話は聞いたことあるけど、足りないなんて話聞いたことないからさ。ここに来て外の話聞くとびっくりすんだよな。同じ世界に生きてるとは思えない」
「俺もお前が同じ次元に生きてる、同い年の人間とは思えなくなってきた」
ケラケラと愉快そうに笑う姿が未知の生命体にしか思えない。宇宙人だと言われたほうがまだ納得が出来る。
「……そんな常識も違う人たちの中で、やっていけるのかな……」
ぽつりと慎司がつぶやいた。
晃生と鎮が視線を向けると、そこには真新しい制服のズボンを握りしめた慎司の姿がある。今日一日だけでも今まで生きてきた場所との違いを目の当たりにして気後れしているのだろう。その気持ちは晃生にもよく分かる。晃生だって真実を知るという目的がなければ飲まれていたに違いない。
「やっていくしかねえよ。お前らは足を踏み入れたんだから」
今までのおちゃらけた空気とは違う、真剣な声に耳を疑う。鎮を見れば笑みを浮かべているが、その笑みはどこか薄ら寒い。慎司はハッとした顔をしておびえた様子で鎮を見た。
「みんな羽澤家に憧れてさ、取り入ろうとすっけど、そんなにいいもんじゃねえよ。どっちかっていうと関わり合いにならない方がいい」
「……岡倉家のお前がいうのか?」
岡倉家は代々羽澤家に仕えてきた家柄だ。主従制度が時代に合わないとなくなったのはずいぶん前の話らしい。それでも長年の習慣から未だに羽澤の人間が主だと信じて仕える岡倉の人間は多いと聞く。その生き方から岡倉家は「忠犬」と呼ばれてきた。
そんな一族出身の人間とは思えない言葉に慎司は顔をあげた。驚きに見開かれる瞳をみて鎮は苦笑する。
「俺は岡倉の中じゃ異端だからな。羽澤家に仕えたいとか思えないし。羽澤家以外でもパス。なんで誰かに傅いてあがめなきゃいけないわけ? 俺は自由に生きたい」
鎮はそういうとため息をつく。
「けどな、岡倉に生まれたらそう簡単にもいかないんだよ。学校だってほぼ強制的に御酒草に入れられるわけだし。俺としてはもっと自由なとこいきたかったけど、親にいったらめちゃくちゃ怒られてさ。大学は選べるっていっても、どうせ羽澤家が関係してるとこだろうし」
初めて見るふてくされた様子に晃生と慎司は目を合わせた。
「でも俺は諦めてない! いつかは岡倉とも羽澤とも関係ない場所にいって自由になる! というわけで、俺からするとお前らと仲良くなってお前らの話を聞くのは自由の第一歩なわけ!」
「なんでそうなった」
途中までは真面目な話だと思っていたが最終的な着地点がよく分からない。家のしがらみから離れるためになぜ晃生や慎司と仲良くなる必要があるのか。
「だって俺、岡倉と羽澤しか知らねえし。ここに入り浸るようになって、俺たちの常識が世間からするとずれてる。ってのは分かったんだけど、まだまだ知らないことばっかりだし。岡倉から出て自由になりたいけど、野垂れ死にたいわけじゃないから、色々と外のことは勉強してないと困るだろ」
「……意外と計画的だな」
適当に生きているかと思ったら、鎮の中では意味のある行動だったらしい。
「でもそれ、親に怒られないか?」
「大丈夫。昔からそんなことやってたし、俺三男だから親からは見捨てられてる」
イェーイとピースを作る鎮を見て、それなにも大丈夫じゃないだろ。と晃生は眉を寄せた。慎司は目を見開いたまま固まっている。完全に未知の生物をみた時の反応だ。
「それってつらいんじゃ……」
「そうか? 干渉されない分楽だけど? 兄ちゃんたちは一から十まで口出されてほんと面倒くさそう。本人たちはそれが岡倉としての名誉だとかいうけどさ、いうて俺んち、分家の末端だよ? 名誉もなにも、羽澤家に選ばれる可能性もだいぶ低いのに」
やれやれと肩をすくめる鎮を見て、慎司が目をまたたかせた。
「岡倉って分家とかあるんだ」
「羽澤に比べたら少ないけどあるある。外の人間からすると本家も分家もみんな一緒くたにみえるみたいだけど。ここじゃ本家か分家かってのは大きいんだよ」
「血筋か?」
古い家柄であればあるほど、血筋というのにはうるさいと聞く。血統書付きの犬や猫がもてはやされるように、古くから続く血筋は尊ばれる。
「それもあるけど」
鎮はそこで言葉をくぎり、目をそらす。今まで明るい表情ばかり見せていた鎮らしからぬ、少々おびえの混じった反応だ。
「羽澤は分かるんだよな……血が濃いか、薄いか」
「……は?」
恐ろしいものでも目の前にするような、気味悪そうな顔で鎮は自分の体をさする。慎司は鎮のいっている意味が分からないらしく、男にしては大きな瞳を丸くしていた。
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