それはもういいから真面目なやつで

「感覚的なものなんだろうけどさ、羽澤の本家に近い血筋のやつほどすぐ分かるんだよ。お前分家だなとか、あそこの家の生まれだなとか。ぶっちゃけ気味悪いよな。何でわかんだって鳥肌たつ」

「家系図を暗記してるとか……?」

「そんな暇じゃないだろ」


 仮にやってたとしても引くけど。と、べぇっと舌を出す鎮を見て、晃生はなんともいえない気持ちになった。

 よその家の家系図を暗記しているのも病的だが、感覚で本家か分家か言い当てるという話も相当だ。勘がいいとかよりもなんだか薄ら寒いものを感じるのは気のせいか。


「たまたまじゃないのかな?」

「……本家だと百発百中でも?」


 慎司の言葉に鎮が真顔で応える。言葉を失った慎司に対して晃生は正直ひいていた。なんだその確率。そこまでくると偶然とはいえない。けれど偶然じゃないしても不可解すぎて怖い。そもそも血が濃いかどうかなど普通の人間が感覚で分かるものなのだろうか。


「何で兄ちゃんとか親父たちが羽澤に陶酔できんのかわからない。気持ち悪くないか……」


 口元に手を当てて眉を寄せた鎮は顔色が悪く見える。これが鎮の本心であることはよく分かったが、簡単に口にできない言葉であることも想像できた。

 御酒草学園は羽澤家が運営する学校であり、生徒も羽澤家と関係者が大半だ。そんな中で羽澤が気持ち悪い。なんて言葉を発したらどうなるかなんて、部外者である晃生だって想像が出来る。ここで生きてきた鎮だってそれは晃生よりもよく分かっているだろう。だからこそ、こうして外の人間がいる下宿に入り浸っているのだ。


「……お前が俺たちに声かけた理由と下宿に入り浸ってる理由はよく分かった」

「わかってくれたか! 目つきは悪いけど、話は分かる奴だな!」

「お前、一言多いって言われないか?」


 先ほどまでの具合が悪そうな顔から一転、にこりと笑う鎮を見て晃生は眉をつり上げた。慎司はオロオロと晃生と鎮の2人を見ている。


「ごめんなー。一言多いってのは分かってるんだけどさ、どうにも本心隠すのが苦手で。とくに晃生はさ、羽澤家嫌ってるって言うのがよく分かるから嬉しくてさ!」


 鎮の場違いな笑顔に晃生は固まった。慎司もえっ。という表情でまじまじと晃生を見ている。


「嫌いだろ。じゃなきゃ挨拶の段階からにらみつけたりとかしないだろ。入学式の時も一人ピリピリしてたし。慎司は緊張と不安でおろおろしてたのにさ。対称的すぎて笑いそうになった」


 鎮は何でもないような顔でそういうと、足をバタバタとゆらす。身長が高い男にしては幼い動きだし、なにより人のベッドでなにしてんだ。といってやりたいところだが、鎮の言葉が気になった。


「……そんなにわかりやすかったか?」

「あれで隠す気あったの? 宣戦布告かなって思ってたぞ」


 にこりと鎮は笑う。晃生の負の感情に対して、鎮は好意的に見ているらしい。むしろ自分とは違う考えの人間ばかりだった鎮からすると、晃生のように羽澤を嫌っている人間は仲間に見えたのだろう。初日から妙に絡んできた理由は分かったが、勝手に仲間意識を持たれるとなると微妙な気持ちだ。


「……晃生君は、羽澤家が嫌いなの……?」


 慎司が恐る恐るといった様子で晃生を見た。慎司からすればこれからお世話になる一族を嫌いというのは驚きでしかなかったのだろう。そんな感情を持ったままここにいるのが、どれだけ晃生にとって不利であり、ストレスであるか。そんなことは少し考えれば分かることだ。


「嫌いだな」


 嘘をついても仕方ないと晃生ははっきり答えた。慎司の目が見開かれ、鎮は楽しげに目を細める。真逆な反応を見ても晃生は目をそらさず、2人の視線を受け止めた。


「じゃあなんで、御酒草学園に……」

「社会科見学」

「それはもういいから真面目なやつで」


 慎司の問いに鎮に答えたのと同じ答えを返すと鎮があきれた顔をした。そんなの嘘だと分かってる。と表情で語るのを見て、慎司も鎮と同じく納得していないという顔をしているのも分かった。

 といっても、一体どこまで話せばいいのかと晃生は考える。真実をすべて伝える気はなれない。鎮が羽澤家や岡倉家の境遇について否定的なのは分かったが、それでも岡倉であることは変わらない。これが演技であるという可能性も完全には捨てきれなかった。

 慎司にいたってはこれからここで生活するのだし、おとなしく臆病な性格を考えるに不安を増やしたくはない。晃生は真実を見つけたいが、誰かを巻き込みたいわけではなかった。


「兄の事が知りたくて」


 だから晃生は結論だけを述べた。嘘ではない。様々な感情を一言でまとめるならそうなるだけの話だ。

 晃生の答えに慎司は考え込むような顔をした。聞きたいけれど聞いていいのかと、チラチラと晃生の様子をうかがう姿はわかりやすい。対して鎮は貼り付けたような笑顔で晃生を見ていた。


「知らなくていいことも世の中にはあると思うんだよ」

「それを決めるのは俺だろ」


 鎮の言葉に晃生はすぐさま応えた。鎮は肩をすくめて、それはそうだな。とつぶやく。


「お前はなにか知ってるみたいだな」

「俺はっていうか、お前と慎司以外はみーんな知ってるよ」


 にらみつけても鎮の表情は崩れない。代わりに崩れたのは慎司で、なんの事なのかと動揺する姿を見ると少なからず罪悪感を覚える。これからの生活に不安を感じるやりとりばかり。慎司の気持ちが大きく揺れているのは分かった。

 それでも引くことはできない。


「知ってるけど教えられない。決まりだからな。どうせ、すぐ分かるし」

 投げやりに鎮はそういうとベッドから立ち上がった。


「ここから自由になりたいといいながら、決まりには従うのか」


 部屋から出て行こうとする鎮に晃生は鋭い言葉を発した。それを受け取った鎮は顔だけで振り返り、口角を上げて笑う。どこか投げやりなその笑顔は鎮らしからず、だからこそ本音なのだと分かった。


「俺は自由になりたいけど、死にたいわけじゃない」


 予想をはるかに超えた返答に晃生は何も言えなかった。無言で鎮を凝視している間に、鎮はまた明日な。と見慣れてきた笑顔を浮かべて部屋を出て行く。

 残された慎司と晃生の間にはなんともいえない空気が残った。


「死にたい……わけじゃない……?」


 つぶやいた慎司の表情は暗い。冗談にしては真剣すぎる鎮の返答は、場合によっては本当に死が訪れると悟っているようだった。なんだそれはと晃生は思う。たしかに事故や病気で突然死ぬことはある。晃生だってそうして両親を失ったわけだが、それにしたって鎮の様子はおかしい。

 鎮には自分の命を脅かす存在が、具体的に分かっているように見えた。


「……僕、ここでやっていけるのかな……」


 弱々しい慎司の言葉に晃生は何も答えられない。慰めたところで白々しいし、そういうキャラでもない。ここで慎司の気持ちを軽くできるような奴は先ほど出て行ってしまった。


「……とりあえず、片付けするか……」


 明日から学校だ。早めに片付けは終わらせて、明日の準備をしなければいけない。時間割や学校ないの地図や決まりなどの冊子ももらったし、確認しておくに超したことはないだろう。

 やることはたくさんある。これからの生活に不安が多いのであれば備えなければいけない。そう晃生は今後の方針を決めるが慎司の表情は重苦しいままだ。

 仕方ないとは思う。慎司は晃生ほどの決意を持ってここに来たわけではないだろう。明るい未来を求めて来たのである。


「……鎮の冗談かもしれない。なにもしらない特待生を脅かそうっていう」


 本当にそうだとしても晃生と慎司には真相が分からない。何しろ羽澤家というものは秘密主義で、一族内でどういった生活を送っているのかも、学校がどういう場所なのかも世間に出ない。羽澤の内情を知っているのは羽澤家。そしてごく少数だけ受け入れられる特待生。例外となっているのは岡倉家くらいである。


「……そうだね。きっと、冗談だよね」


 自分を納得させるように慎司は同じ言葉を繰り返した。無理矢理作った笑顔は弱々しくて、晃生は眉を寄せる。こんな所に放り込まれて慎司は無事でいられるのかと本気で心配になってきた。


「特待生同士だ、改めてよろしくな」


 せめて自分は味方でいられるといい。そう思いながら手を差し出せば慎司は目を瞬かせた。しばしの間差し出された晃生の手をじっと見つめて、それから恐る恐る手を握り返す。照れたように慎司は笑う。


「うん、よろしく。よかった晃生君が一緒で」


 一人では心細かった。

 飲み込まれた言葉に気づかないふりをしながら晃生は笑みを返し、少しだけ握りしめた手の力を強めた。

 偶然出会った縁のゆかりもない同級生。だが、この場所に置いては唯一の仲間といえる。なにを考えているのか分からない、秘密を抱えた奴らの中で一人だけ。


「掃除と夕飯終わったら、一緒に予習しないか」

「いいね。勉強ついていけるかも不安だったんだけど、晃生君と一緒ならなんとかなりそう」


 少しだけ緊張が解けた様子で笑う慎司を見ながら晃生は今後の事を考える。

 まだ初日。なにも分からないし始まっていない。不安ばかりが大きくなるが、どうにかやっていくしかない。覚悟を決めるのだと晃生は少しだけ目を閉じた。

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