俺はお前らと仲良くする気なんてないからな
「ではホームルームは終了。明日から通常授業だから、遅刻するなよ」
香川の声にはーい。と間延びした返事をすると、すぐさま同級生たちは動き出す。この後どこいく。遊びにいくか。と相談する姿は晃生が通っていた中学と変わりがない。それでも同じクラスだというのに色分けされた制服が目につく。そういうルールなのかはわからないが、できあがったグループも色事に別れている。
目に見える格差社会。クラスも分けられた白が最上位で、最下位は黒。養子の灰色が白に続き、その後に岡倉なのだろうか。だとすればチラリと見えた赤茶色はどこに位置するのか。
「なに、ぼんやりしてんの?」
考えごとをしていると目の前でひらひらと手を振られる。思考を中断されたことにムッとしながら顔をあげれば、目の前に鎮の姿があった。離れていたため気づかなかったが晃生よりも背が高い。その事実にイラッとしながら、何でもないと素っ気なく返した。
「こいつ愛想悪い! 面白い!」
「何いってんの鎮」
何がツボにはまったのか笑い始める鎮に由香里があきれた顔をする。
鎮の後ろには由香里が立っており、気づけば教室内はだいぶ人が少なくなっている。残っている者もすでに晃生や慎司への興味は失ったらしい。わかりやすい態度に顔をしかめると、鎮はおかしそうに笑う。
「そんなに分かりやすい特待生初めてみた。だいたいはそっちの奴みたいに緊張してるか、俺たちに取り入ろうとして愛想振りまくのにさあ」
鎮がそういって示したのは慎司だった。話を振られた慎司はわかりやすく挙動不審である。それを見てなるほど。と晃生は思った。鎮からみて特待生としての普通の反応は慎司であり、晃生は異端なのだろう。だからこそ面白がって反応を見ているのだ。
「俺はお前らと仲良くする気なんてないからな」
その言葉に由香里と慎司は驚いた顔をした。鎮は楽しげにヒューと口笛を吹く。それから満面の笑みで晃生の肩に腕を回した。
「気に入った! 毎年、毎年こっちの顔色うかがってくる特待生ばっかで、つまんねーって思ってたんだよな。俺は
差し出された手に眉を寄せながら一応返す。それからすぐさま重いと肩に回された手を振り払うが、それでも鎮は愉快そうだ。変な奴なのだということはよくわかった。
「私は
由香里はそういって苦笑する。何に対しての苦笑なのか晃生には推し量れなかったが、とりあえず頷いておいた。右も左もわからないような場所だ、善意なのか目的があるのかはわからないが、教えてくれるのならば素直に聞いた方がいいのだろう。
「あっ俺にも気軽に聞いていいぞ! 男同士のほうが聞きやすいこともあるだろし。可愛い女の子情報とか!」
「興味ない」
鎮の言葉をばっさり切り捨てると不満な声があがる。あまりにもつれない態度が面白くなかったのか、鎮は標的を慎司に変えた。お前は興味あるだろー。とのしかかる姿は慎司が小柄なこともあり、いじめているようにしか見えない。
やめろバカ。と声をかければ、誰がバカだ。とすぐさま返事が返ってくる。元気な奴だとあきれていると、香川の感心したような声が聞こえた。
「思ったよりも打ち解けられそうだな」
「これのどこを見てそう思うんですか」
晃生は慎司にのしかかる鎮を引き離そうとしているし、鎮はやけになって慎司から離れない。慎司はどうしていいかわからない様子でオロオロしていたが、だんだん本気で抱きしめられて苦しくなってきたのか、表情が険しくなってきた。それを由香里が慌てた様子でとめにはいっている。
これのどこが打ち解けた様子なのか。大型犬が小型犬をいじめている図にしか見えない。
「初日からそれだけクラスメイトと話せるなら上出来だ。特待生は毎年輪の中に入るのに苦労するからな」
本気でよかったと思っているらしく、香川は満足げに頷いた。
「早いと一週間くらいで来なくなるし」
「それは精神が弱すぎるのでは?」
「お前が強すぎるんじゃね。だいたいの奴らは慎司みたいな反応するぞ」
そういいながら鎮は慎司を押しつぶすのをやめた。やっと解放された慎司が若干青い顔をして晃生の後ろへと逃げてくる。盾にされても困るのだが、気持ちもわかるので黙っていると、鎮はやはり楽しげに晃生を見ていた。
「お前、なんでうちに入ったんだ?」
その言葉にとっさに出てこようとしたのは、潰すため。だった。
我ながら物騒な言葉だし、実際そんなことが出来るとは思えない。けれど、やれるのであればやりたい。兄を、俺の家族を殺した存在がたたえられ、敬われる世界なんて今すぐにぶっ壊してやりたかった。
けれど、それをこの場で口にすることがどういう結果を招くか、想像出来ないほどバカではない。
背後で様子をうかがっている慎司を見る。メガネをかけた小柄でおとなしそうな少年。いかにも勉強がとりえという真面目な姿。最難関と呼ばれる御酒草学園の特待生に勝ち残った優秀な少年。これこそがこの学園が求めた、ふさわしい生徒の姿なのだと思う。
しかしながら、晃生は譲るわけにはいかない。そのために今まで死に物狂いで勉強し、特待生という立場を勝ち取ったのだから。
「社会見学」
鎮の事場に少しの間を置いて答える。予想外の反応だったらしく、周囲はみな目を丸くしていた。続いて鎮が腹をかかえて笑い出す。
「やっぱりお前おもしれー。俺気に入った! 仲良くしような!」
「絶対に嫌だ」
「つれないこというなよー」
そういいながら鎮が今度は晃生にのしかかってくる。同い年の男にのしかかられても何も嬉しくない。しかも押しのけようとしても晃生よりも背が高いため、どうにもならないのが腹立たしい。
しばし鎮と格闘していると、香川のあきれた声が聞こえた。
「由香里、鎮がはしゃぎすぎないように見といてくれ。出来たら止めてくれ」
「……無理だと思いますけど、一応見るだけ見ときます」
「無理なんて言わないで、今すぐこいつを引き離してくれ!」
晃生が嫌がれば嫌がるほど面白がってくっついてくる鎮をどうにか押し返そうとしながら叫ぶ。しかし帰ってきたのは乾いた笑み。そこには「無理」とでかでかと書いてあり、無情を感じた。
「し、鎮君! 晃生君、嫌がってますから!」
勇気を振り絞ったのか、裏返った声で止めようとしてくれた慎司だけが仲間に見える。鎮には何の効果もなかったのだが、気持ちだけでも十分だ。
最終的には晃生が鎮の顎に頭突きを決め、鎮が顎を押さえて悶絶する事態になったがすべて鎮が悪い。バカ力でまとわりつかれたため、よれた制服を直している晃生と、床の上で痛みによってのたうち回る鎮を交互にみて、香川はつぶやいた。
「晃生はうまくやっていけそうだな」
「これのどこを見て、そう思うんですか」
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