第二話 特待生
あーすいません。珍しかったので、ついつい
香川の背を追いかけてたどり着いたのは2階。1年B組と書かれた教室からは同級生のにぎやかな声がもれて聞こえる。
その声に慎司の緊張が増したのが伝わってきた。初日からこれでやっていけるのだろうかと心配になったが、晃生にはどうにも出来ない。先ほどの上級生との会話だけで、今まで通ってきた学校とは違うのだと再認識したばかりだ。
香川が教室のドアを開け、中にいる同級生たちに声をかけた。それに対してタカちゃん先生。と気安い声が聞こえてくるのを見るに、香川は生徒たちに親しまれているのだろう。
その呼び方やめろ。と香川が注意しても楽しげな声はやまない。ため息をついた香川は、パンパンと手をたたいて大きな音を立てた。それでやっと教室は静かになる。
「特待生を紹介する。お前ら入ってこい」
前半は同級生に対して、後半は晃生たちに対して。チラリと香川に視線を向けられ、晃生は教室の中に足を踏み入れた。背後で慎司が動く気配がする。教室に入るだけにしてはやけに挙動が大きい気もしたが、それよりも教室中から注がれる視線が気になった。
先ほどまでの騒ぎが嘘のように教室は静まりかえっている。先生がくるまで好き勝手に話していたのだろう、教室の隅で世間話をしていただろう女子グループ。座っている一人に話しかけていたらしい男子グループ。我関せずに本を読んでいたらしい少年。背後の人間とおしゃべりをしていたらしい少女。思い思いに過ごしていただろう同級生たちが、突然入り込んだ異物を品定めするように無機質な目で晃生と慎司を見つめている。
慎司の緊張がさらに高まるのがわかった。無理もないと思う。晃生ですら無遠慮な視線に冷や汗が流れる。その目があまりにも冷たく感情がうかがえないせいで、同じ人間として見られているように思えなかったからだ。
「お前ら、特待生をびびらせるな」
「あーすいません。珍しかったので、ついつい」
香川の言葉に明るい声をあげたのは金髪に緑の目をした少年だった。制服は青。胸ポケットの文字はC。悪びれた様子もなく笑いながら、じっと晃生と慎司をみる。
「わざわざうちの学校に入学するような物好き、本当にいるんだなーって」
少年の言葉に教室が再びざわめいた。晃生たちに向けられていたのとは種類の違う。言葉にするならば「何をいっているんだ」という驚愕の視線。それを全く意に介さず少年はじっと晃生と慎司を見ている。慎司がひるんで後ずさったのがわかった。
「珍しいのはわかるけどな、そんなに無遠慮にみるもんじゃない。ほら、みんな席につけ」
香川の言葉に同級生たちは動き出す。金髪の少年は最後までじっとこちらを見ていたが、にこりと意味深な笑みを浮かべると自分の席へと移動する。苦手なタイプだと晃生は思うが、そもそも仲良くなれそうな相手がここにいるのかも怪しいところだ。
「じゃあ自己紹介してもらう。最初は……川村」
「はっはい!」
びくりと大げさに肩をふるわす慎司に笑いが起こる。香川は苦笑して、落ち着け。と慎司の肩に軽く手を置いた。慎司はそれでもロボットのようにぎこちない動きで前を向き、しどろもどろに自己紹介を始める。
慎司がしゃべるたび、クスクスと笑い声が教室に響いた。お世辞にも友好的とはいえない馬鹿にした笑い声。嫌な空気に晃生の眉間にはしわがより、慎司の体はどんどん小さくなる。
「慎司、それくらいでいいぞ」
かわいそうに思ったのか香川が慎司の自己紹介を止め、同級生たちをにらみつける。しかし同級生たちは香川の視線にも涼しい顔。この時点で香川がなめられていることがわかった。
何かあったときも香川に助けてもらうことは出来ない。そう悟った晃生は自然と表情が険しくなる。周りは敵だらけ。そう思った方がいいのだろう。
「次は清水」
「はい」
香川に呼ばれ、返事をする。挨拶をする前に教室中をじろりとにらんだ。驚いた顔をした者、あからさまな嫌悪を浮かべた者、興味がなさそうな者と反応は分かれる。その中で異彩を放っていたのは、先ほどの金髪の少年。頬杖をつくとニヤニヤと楽しげに晃生を見つめている。緑の瞳が一切そらされない。
そらしたら負けだと思った晃生は少年をにらみつけながら自己紹介した。険悪な雰囲気に香川は困った顔をし、慎司はおろおろしている。しかしながら晃生は売られた喧嘩は買う主義だ。特にこんな敵ばかりの場所。なめられたら負けだとばかりに目力を強める。しかしながら少年はさらに楽しそうに笑うだけだった。
「……えぇっと、自己紹介はおいおいするとして、とりあえず今日は解散にしよう」
このままホームルームを続けても空気が悪くなるだけ。そう思ったのだろう。香川が疲れた声でつぶやいた。他の同級生も異論を挟まない。
「誰かコイツらに下宿の場所教えてやってほしいんだが」
「はい! 俺いきます!」
わかりやすく面倒くさいという顔をした同級生たちの中で、元気よく手を上げたのは先ほどから晃生を見つめていた金髪の少年だった。予想外の人物の元気な声に香川が目を見開く。他の者も予想外だったらしく、「おい、
「お前も俺でいいだろ」
「……案内してくれるなら誰でもいいが」
「ほら、いいって!」
鎮のやけに楽しそうな様子に困った顔をしたのは香川だった。他に立候補者はいないかと教室内を見渡すが、同級生たちは視線をそらす。せっかく早く帰れるというのに何でよくも知らない相手の面倒をみてやらなければいけないのだ。そう顔にありありと書いてあるのをみて、なんて素直な奴らだ。と晃生は感心した。大人を大人だとも思わない態度を見ても、この学園の生徒たちは相当甘やかされて育っているのだろう。
「えっと……じゃあ、私もいきます……」
香川が諦めきれずに教室中を見つめていると、おずおずと手を上げる少女がいた。薄明るい茶色の髪に同い年にしては大人っぽい雰囲気の少女だ。制服の色が灰色なことから、養子組なのだとわかる。同時に養子であっても青、黒と同じクラスということは純粋な羽澤家ではないのだと突きつけられているようなものだ。改めて悪趣味だと晃生は思う。同時にクラスの半数以上が灰色という数の多さに驚いた。どれだけ養子を迎え入れているのだろうかと。
「
少女は由香里というらしい。香川から見ても任せられる人物だったらしく安心した様子が見てとれた。慎司も優しそうな人物の登場に少しは安心した様子だ。
「じゃあ、鎮、由香里。案内は頼んだ。鎮が暴走しそうになったら由香里、止めてくれ」
「タカちゃんひでぇー。俺が何かするっていうのかよ」
鎮の声に笑いがおこる。仕方ねえよ鎮だし。とからかう声に鎮は不満げな声をあげるが、それに対して一層笑い声が増す。
クラスでは目立つ人間らしい。仲良くしておくべきか少し晃生は悩んで、すぐさま思考をとめた。どう考えても仲良くなれる気がしない。
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