……外部から来た新入りのチェックですか?
香川に案内されて慎司と晃生は廊下を歩く。昔からある学校というわりには建物は綺麗だ。古くなったらすぐに改装工事を行っているのは、さすが羽澤家という所だろう。
羽澤家は由緒正しき家柄というのも含め、国内でかなりの発言力を持つ。裏で国を牛耳っているのは羽澤家だ。なんて噂がささやかれるほど、その存在は派手だ。
羽澤家の人間は目立つ。スポーツ、学業、芸術など、多岐にわたる分野で羽澤の名前を目にし、国代表となれば羽澤の苗字が入っていないことなどない。何かで頂点を極めようとするならば、必ず壁になるのは羽澤だ。そう言われるほど優秀な人材が多い一族なのである。
そのわりには羽澤家は謎に包まれていた。古くから存在する家柄といわれるわりには、正確にいつから存在するのかもわからない。一族の能力が総じて高い理由も不明。本家直系の子供は老いにくい。という特徴があるという噂も聞くが、その理由も不明。
テレビやラジオで話に事欠かないわりには、実在する人間というよりは空想の存在のような感覚がある。それが羽澤一族だ。
というのに、今この学園に通うもののほとんどが羽澤家なのだから、場違いなところに来てしまったという感覚がぬぐえない。まるで不思議の国に迷い込んでしまったようだ。
しかし晃生がそう思っているのと同じように、羽澤から見ても部外者である特待生は場違いなものなのだろう。香川の後ろについて廊下を歩いているだけで複数の視線が突き刺さる。
ほとんどが白い制服をきた生徒だった。中には灰色、青も混じっているが白に比べるとひっそりと、白に付き従うように背後にいる。それだけでこの学園においての格差が分かる。
異様な空気に慎司は可哀想なほどビクついている。初日からこれで大丈夫かと心配になるが、晃生も余裕はない。突き刺さるような視線はどうにも落ち着かず、生意気にうつらない程度に晃生は白たちを見返す。
白たちのネクタイの色は赤と黒。
御酒草学園は学年ごとにネクタイとリボンの色を変えている。1年生は青。2年生は赤。3年生が黒。つまり晃生たちを見つめているのは上級生だ。
「……外部から来た新入りのチェックですか?」
小声で香川に声をかけると香川は顔をしかめた。何と答えていいか分からないという表情をしてから、そうともいえるな。と苦い声を出す。香川の反応からして毎年の事なのだろう。
身内しか入れない学校にやってくる赤の他人。そう考えればこの反応も分からなくはない。御酒草学園に特待生として入るには相当な学力が必要とされるが、よそ者には違いない。どこの馬の骨かもわからない特待生を様子見するのは学園生活において重要なのか。それとも、持ち上がりで関係の変化が乏しい学園においての数少ない話題なのか。
それにしては視線が鋭すぎる気がするが、羽澤の気風なのか他に理由があるのか晃生が判断できる材料はない。とにかくこの居心地の悪い状況が早く終われと、教室へと向かう足を速める。
しかし、先頭を歩く香川の足が止まった。早く進んでほしいと見れば、香川の前に生徒が立っている。制服は白。ネクタイの色は黒。3年生だ。
「香川先生、彼らが今年の特待生ですか?」
表面上は物腰柔らかそうに見えるが、目が笑っていない。隠し切れない威圧感に慎司は完全に委縮していた。香川も眉間にしわを寄せている。
「ああ、そうだが。今日は在校生は休みだろ。何しにきたんだ」
「特待生の顔を見に来たんですよ。外部からうちに入学するのは難しいのに、見事枠を勝ち取ったんですから、先輩として祝福しないと」
そういいながら先輩は晃生と慎司を見たが、表情はお祝いしに来たとはとても思えないものだった。目を見開いてじっと晃生と慎司を品定めしている。止めを刺しに来た。と言われた方がしっくりくるような眼光だった。
しかも休みの日にわざわざ制服を着てきたという事実に晃生は面食らう。この学校の生徒はヒマなのだろうか。それとも、それほどまでに特待生とは御酒草学園にとって珍しいものなのか。
「……今年はAがいるんですね」
じっと晃生を見つめていた先輩が突然そんなことをいう。何の話だろうと晃生は眉を寄せたが、少し遅れて先輩が見ているのが胸ポケットだと気づいた。
制服の胸ポケットにはAという文字が刻まれている。これがどうかしたのかと先輩を見れば、先輩の胸ポケットにはBと書かれていた。驚き慎司をみればそこにもB。
自分だけがAなのかと周囲を見渡した晃生の目に飛び込んできたのは、4種類の文字だった。A+、A、B、C。制服の色は関係なく制服の胸ポケットに文字がわりふられている。おそらくはA+が一番上なのだろうが、何を示すものなのかは分からない。
成績かと一瞬思ったが、羽澤家は学力が高いことで有名だ。羽澤一族よりも晃生の成績がいいとは思えない。
「特待生でA評価は久しぶりに聞きました。今年は良い年になりそうですね」
じっと晃生をみていた先輩は、そういって香川に笑いかける。満足げに、では。と香川に軽く頭をさげるとすぐさま踵を返した。何だったんだと晃生は先輩の後姿を見送るが、香川の表情がやけに険しい。
周囲のざわめきも先ほどよりも大きくなった気がする。「Aだって」「決まりか」という囁き声が耳に入ってきた。何が決まりなのか。Aとは一体何の意味があるのか。
「せんせ……」
「教室に急ごう。そろそろホームルームをはじめないといけない時間だ」
質問しようとした晃生の声を香川が遮った。そのまま速足で歩き出す姿は聞くな。そう背中が告げていた。
慎司が慌てて香川についていくのを見送りながら、香川の態度と先輩たちの言葉を考える。しかし理由は検討もつかない。
それでも一つだけ晃生にも分かることがある。この学校には何かがある。他とは違う大きな何か。きっとそれは兄がああなってしまった原因と繋がっている。
晃生は一人拳を握り締めた。やっとここまで来たのだ。兄を失って6年。両親を失って5年。真実を確かめるためだけに晃生は必死に勉強し、御酒草学園に入学する権利を得た。
「……必ず真相を突き止めてやる……」
ここからが本当の始まりだと、晃生は足を踏み出した。
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