男子校に入学したはずなのに、歌合戦と除夜の鐘な件

 汗だくで、しかもなぜか帰ってきたヒカル先輩とルナを脱衣所に押し込むと、あわててシオリさんが退却してきてそばを切る。なぜかまた俺が。


 こんなに俺が働く必要あるのだろうか。ていうか、この人たちはこの生地だけで何人前あるかわかって用意しているのだろうか。少なく見積もって500人前はあるんだけど……。


 ヒカル先輩とルナが無駄に男子を刺激する風呂上り姿で牛乳をおっさんのような飲み方をしている。残念すぎる二人組だ。


 その間にシオリさんが風呂掃除をして、これまたシオリさんがウチの風呂を勝手に改造した瞬間沸騰機でお湯を沸かす。


 以前風呂につかっているときに間違ってボタンを押したときは死ぬかと思った。余計なものをつけないでほしい。


 ボコボコ言っている風呂に、シオリさんとカオリが二人がかりで生地の山を風呂に放り込む。確か山形の方に。これよりでかい鍋かなんかを使った有名なイベントがあったよな。


 さて、当然のごとく全身に熱湯をかぶった俺は水を浴びて、カオリに殺される前にそばをゆでる作業に戻る。


 このサイズで作る必要、あった?





「さあ、今年も始まりました!黄緑歌合戦!」


 お、もうそんな時間か。


 カオリがつけたテレビのアナウンスが耳に流れ込んでくる。火を止めて、本来であればこの風呂サイズの湯切り網っていうのかな?を使って湯切りをするのだが、誰も動かない。


「あのー、これ一人じゃ無理なんですけど……。」


 俺がしばらく困っていると、ヒカル先輩がやってきた。


「仕方ないなぁ。これ、こっち側持てばいいんでしょ?」


 ヒカル先輩は何気に力が強いから頼りになる。


「じゃあ、せーのでお願いしますね。」


「おっけ!せーの、三!二!」


 ドボン!


 せーのの後は持ち上げるものだと思っていた俺は逆に勢い余って鍋に落ちる。


「熱い!熱い!死ぬって!」


 何せついさっきまでボコボコ言っていた熱湯だ。ルナから服をもらった時ほどじゃないが、ゆでられている気分だ。


「しゅ、シュガー!?えっと、これかな?」


 それ……ちがっ!


「瞬間沸騰機、作動。」


 ごぼごぼ……!


「ぎゃああああ!」


 あまりの熱さに飛び出て助かった。はあ、勘弁してくれ。


「助かってよかった!」


 ちっとも助かってないですし、よくもないです。全身やけどしているのが見えないんですかそうですか。


「じゃあ次こそは!せーのっ、『瞬間ちょっとだけヒカオリ砲』!」


 どうやら俺は目算違いをしていたらしい。本能的な恐怖を覚えた俺。……が、回避は間に合わず……


 どしゃあぁ!


 俺は再び大量の熱湯と、今回はさすがにやめてほしい、そばの雨をかぶることになった。


 こんなにたくさんのそばどうするんだよ。スタッフでもおいしくいただけないぞ。


 俺がとりあえず自分のやけどと体についたそばを冷水で〆ていると、ルナがやってきてそばを丁寧に拾うと、カオリのところに持って行った。


 カオリは気が付かずに食ってるし、ルナとヒカル先輩は風呂の底に残った落ちてないそばを食べてるし……。


 もうしーらね。俺はなんもしーらね。





 台所の片づけはさすがに少し申し訳なく思ってくれたヒカル先輩がやってくれた。全身やけどさせられて皿洗い一回って割に合わない気もするけど。


 さっきから定期的に破裂音も聞こえてくるけど。


 さて、黄緑歌合戦は、黄組と緑組に分かれて歌合戦をして、視聴者投票と審査員投票の合算で勝つチームが決まる。数年前までは黄緑じゃなくて青白だったんだけど、貧血で倒れる人が続出して縁起が悪いから名前を変えたんだとか。


 この世は相変わらず、どこもかしこもくるってるぜ……と思ってみていたら、審査員がユミコだった。ユウキがべそと書きながらお茶を汲んでいる。


 ……誤字じゃない。ひたすらユミコの横で「べそ」と書いているのだ。習字で。


「全国放送でやらせるとかあいつも鬼だなぁ……。」


 そう言っていると、まさかの生配信中にユミコがケータイを取り出し、電話をかけている。画面に映っているのに。正気かよ。


 プルルルル。


「カヅキ、ケータイなってるぞ。」


 すっかりこたつで丸くなったカオリが目の前にある俺のケータイをあごで滑らせてきた。手はこたつから出したくなかったらしい。


 やっぱりこいつか。やだなぁ……。


「はい。」


「ご主人様?どっち勝たせる?」


「どうせ審査員も視聴者投票の集計も買収してあるんだろ?いいよどっちでも。」


 そして俺を巻き込まないでくれ。


 そう伝えようと思ったら、時すでに遅し。画面が切り替わる。


「黄緑歌合戦の途中ですが、速報です。西園寺財閥のご令嬢、西園寺ユミコさんにご主人様と呼ばれる方が……」


 ブツッ!


「ちょっと!なんで消すのよカヅキ!」


 ルナが騒いでくるが知らん。そして知りたくない。


 プルルルル


 またユミコか?と思ったら違った。非通知?しかもこんな夜中に?怪しい……


「はい。」


「君が西園寺の『ご主人様』?テレビに一瞬映ってたんだよねぇ!命が惜しければ五億円……。」


 ブツッ!


 個人情報の保護をお願いしたい。


 その後、電話が鳴りやまなくなったのでケータイのバッテリーを抜き、


「カオリ、久しぶりにやれ。」


 と言ってカオリにバッテリーを渡す。


「お、久しぶりだな。じゃ、行ってみようか!」


 俺がサッと窓を開けると、寒かったらしいルナがこっちを睨んでくるがしらん。


 ブルーな気分になった時にはこれが一番だぜ。いや、アオイじゃなくて。そういえばボーイッシュ先輩ともども来なかったな。まあ静かでいいけど。


「せぇいやぁっ!」


 カオリがレーザービームのようにケータイを投げると、空気との摩擦で炎上しながら飛んで行った。


 中学の頃にカオリとやったムシャクシャ花火。カオリのストレスが溜まっているときに俺が襲われないようにするためにやらせたらはまったやつだ。高校に入ってからは初お披露目かもな。


 ガシャグオォン!


 とても嫌な音が聞こえた。まるで、鐘でもついたような。


「カオリ、久しぶりでコントロール落ちてるのに、適当に投げたろ。」


「やれって強要されました。」


 こういうときだけか弱い子ぶってるんじゃねぇ。おかげさまで、俺たちの地域の除夜の鐘はムシャクシャ花火の分の一発分しか音が聞こえなかった。


 神様、こいつとユミコが悪いんです。どうか来年をいい年にしてください。


 そこまで祈ってから、誕生日が早いカオリが来年のほとんどを厄年で過ごすことに気が付いた。


 絶対巻き込まれるヤツ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る