男子校に入学したはずなのに、クリパでトラウマ再来な件

 ルナが走り去っていった後を見送ったのち、ドアを開けて家に帰ると誰も中にいなかった。


 いつもどこかをほっつき歩いているカオリはともかく、研究所にこもっているはずのシオリさんや最近じゃずっとシオリさんにくっついているフウリさんまで見当たらない。


「おーい、誰かいませんかぁ……って、自分の家でやることじゃないか。」


 久しぶりに自分一人だけの時間も堪能したいしな。だが、俺にプライバシーなど求めるだけ無駄だ。


「います。」


 と声がしたので慌てて家中を見回すと、脱衣所兼洗面所からなぜかユミコが顔を出していた。


「うおっ!?って、おまえなんでいるの!?」


「鍵があった。」


 さてはカオリの頭ん中読んだな。


 あいつは昔っから鍵をよく壊すので、家の扉の近くに鍵を隠す癖があるのだ。それも割と誰にでもわかるようなところに。


「外れ。」


「じゃあ偶然見つけたとか?」


「外れ。」


「答えは?」


「外れ。」


 ひっぱたいたろか。


「カオリに入れてもらった。」


 俺が割と本気でひっぱたくつもりだったのが無事伝わったのか、少し慌て気味にユミコが教えてくれた。


「DV。」


「だからいつドメスティックになったよ。俺はお前とそんな関係になったことはねぇ。」


 そういやあった時からこいつこんな感じだよな。俺といて何が楽しいんだか。


「少なくとも退屈はしない。」


 そうですかそうですか。失礼な奴、と言おうと思ったけど、冷静に考えたらこいつはこいつで二個も年上の先輩なんだよな。


「夫婦の間に年齢の壁など些細。」


「だからそもそも夫婦じゃねぇ。っていうか、なんでここにいるんだよ。」


「鍵があった。」


「それはさっき聞いたわ!そうじゃなくて、なぜ来ているって話だよ!」


「クリスマスパーティー。」


 あー、こいつのことだから西園寺グループの総力を挙げて行うクリパに参加しろとか言うのか?


「それでもって、俺にまた変なプレゼント渡すつもりだろ。」


 俺は割と誕生日とクリスマスが近いので、妖怪ミンチ女からプレゼントをもらうときは、一緒にされていた。誕生日が豚肉、クリスマスが牛肉で合いびき肉なんだと。文句言うとひき肉の仲間入りしちゃうから言えなかった。


「大丈夫。私のお小遣いはすべて貢いだ。」


 こいつのお小遣いってとんでもない額だったよな……。ホストに貢いだみたいな言い方してるけど、俺って相当悪いことしてるんじゃ……。


「月面基地が痛かった。」


 そりゃそうだ。あの後聞いた話だが、金にものを言わせて月に物資を飛ばし続けたらしい。


 興味本位を抱いて調べてみたら、世界経済の十数パーセントを握ると言われている西園寺財閥が2%も総資産を減らしていた。俺は何も見ていない……。


「まあ、特にプレゼントとかないなら、出席させてもらおうかな。」


 なにより、タダ飯がでかい。いつも飯作るの疲れるんだよ。


「聞こえてる。」


「知ってる。でも今更だろ。どこぞのお嬢様と違ってこんな狭い家で自分で料理作って住んでるんだ。」


「じゃあ、ウチに住めばいい。」


 そんなのいいわけ……あれ?別に良くね?


 ここは放棄してもカオリとフウリさんとシオリさんの三人がいるなら全員が必死で働けば普通に暮らせるし、俺は広い家に住むことができる。


「転居手続きしに行こ。」


 ユミコが俺のことを市役所の方へ引っ張っていこうとするので、ついていきそうになったが、直前で本能が警告を発する。


「チッ。」


 ユミコが舌打ちをする。やっぱり俺が思い至らないだけでなんかのデメリットがあるな。


 カオリがキレる?いや、あいつはいつもキレてるな。


 アオイが病む?そこも最近は常習化してきてるし。


 ヒカル先輩がヤンデレ軍団に参戦?ってのもヒカル先輩の性格からは考えにくいし……。


 だが、俺の最近の危険察知能力は本当に馬鹿にできないものがある。何なら野生の獣にでも負けないんじゃないだろうか。


「仕方がない。だして、ユリア。」


 とりあえずユミコの家に行くことにし、車に乗りこ……なんつった?


 ギャオルルル!


 普通のリムジン……そもそもリムジンはあまり普通じゃないが、普通のリムジンじゃ出さないような音を立てて車が発進する。


 どいつもこいつも、なんでわざわざこの人に車を乗らせようとするのかなぁ。


「練習あるのみ。」


 ユミコが言うと。


「お任せください、西園寺ご夫妻。これでも私、上達したんですよ!」


 ガスン!ガスン!


 一番後ろを尻尾のように振ってあちこちに当てながら走るリムジンは、壊れていない分上達したと言えるのだろうか。


 それ以外にも言葉の端から端までツッコミどころのみで形成されたセリフに俺は指摘する気分にもなれず、黙って乗っていることにした。





「つきましたよ!」


 事故というのが正しいか停車というのが正しいかわからない止まり方をしたリムジンは、俺たちが下りて少し離れた後、爆発炎上した。


 よく生きてここまでこれた、俺。


 相変わらず、テレビで見るアメリカの国立公園のように広いユミコの家の、一番大きな大広間に通される。


 すでにみんながあつまってパーティー的なことをしていた。300mぐらい先で。


 近づくにつれ、料理の匂いもしてきたし、腹も減ってきた。


「よおカヅキ!おせーから食ってるぞぉ!」


「お姉様の分は取り分けておきましたわぁ!」


「早く来ないとアオイが食べちゃうわよ。」


「あれ?シュガー、遅くない!?」


 多種多様な反応どうも。


 おっと、こんなところにいるのは珍しい、ボーイッシュ先輩までいる。


「実は、大学の学費のために西園寺グループで働かせてもらうことになってね。お給料も相場の数十倍の、いい手取りなんだ。」


 相場が時給千円として、時給数万円ですか。同じメイドやら執事やらをやっている俺としてはぜひともこっちでやとわれたい。


「そうだ、君が来たってことは、あのアナウンスの準備だね。」


 あのアナウンス……?


 俺の今日は働きすぎな本能のアラームがけたたましく鳴り響く。もう迷うもんか。


 俺は一目散に逃げだす。だが、部屋の出口すら遠いぞ。


「レディース&ジェントルメェン!今日は特別ゲストをお呼びしております!サンタさんです!」


 ようやく部屋の端についた俺が襖をあけて飛び出すと、白い袋に跳ね飛ばされて部屋に押し戻された。


 サンタさんのコスプレを着ている人間、そして俺がトラウマとしているあの人物。


 そう、聡い読者様方ならもう御察しだろう。


 ヤツが来た。

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