男子校に入学したはずなのに、親友とランチデートで○○な件

 これまで俺らのドタバタに散々お付き合いくださった読者の皆様ならもうお気づきであろう。上の○○に何が入るのかを。


「えーっと、ユウキさん?ここがおすすめのお店でござりまするですか?」


 もう後には引けない感じになってから、こいつの味覚センスを思い出す。


「カヅキ、口調が変になっているわよ?それと、よくわかったわね。ここが私の一押しの店!」


 まず。こんな店が存在してよいのだろうか。「RTX専門店」看板にはでかでかとそう書いてある。


 いや待て落ち着け。もしかしたらなんかの略称かもしれないだろ。


 Rがラーメン、Tがトンカツ、Xが……えーっと、Xが……。


「カヅキ?何してるの?早く中に入るわよ?」


 だめだ。ここまできて帰りますとか言えねえ。しかも、親友のおすすめの店ならなおさらだ。


「親父さーん、今日は大切な人を連れてきたの!だから、二人席でお願い!」


「おお、浦和のお嬢ちゃん!友達を連れてくるだなんて、珍しい、いや、初めてじゃないか!?」


 そしてなんだろう、この入りづらいアットホームな老舗のラーメン屋みたいな雰囲気は。やっぱり、RはラーメンのRなんだろうか。


「うるさいわよ親父さん。私以外にはお客さんいないのに、経営からお給料が落ちているのは誰のおかげだと思っているの?」


 ユウキに言われて、親父さんは


「はっはっは、こりゃかなわねぇ。」


 と頭を掻いている。冷静になれ。こんなまともそうな、というか優しそうな人がRTXなんていう劇薬を出すはずがない。


「お邪魔しまーす。」


 俺が恐る恐るのれんをくぐると、


「おっ、あんたがユウキちゃんのお友達かい?それともそれ以上かなぁ?」


「いびゃ、ぢがいばぶ。」


 今日は珍しく女装していないので、普通通り?本来通り?カップルだと間違われる。


 しかも、変な花でも中においてあるのか、やたらと鼻と涙が出る。


「けどなぁ、嬢ちゃんはウチの常連かつお得意様だ。もし泣かせたらただじゃ置かねぇぞ!?」


「親父さん、いつものを二つ。」


 いつの間にか親父さんの後ろに立ってものすごい殺気を放っているユウキに、俺も親父さんも縮こまって、親父さんは厨房に、俺はユウキの戻っていったテーブルに着く。


「なあユウキ、ここの料理ってもしかしてものすごく辛かったりするんじゃないか?」


「そんなことないわよ?あまり売れないのはあのへんな親父さんがいるからだと思うわ。」


 だよな、きっとそうだよな。厨房の奥に並んでいたあの粉、頼むから普通の調味料だよな?だ、だよな?


「何緊張してるのよ。ここは私の二つ目の家みたいなところなのよ?カヅキも知っているユリアさんも実は昔ここで働いたことがあるぐらいにね。」


 それは初耳情報だ。そういや久しくあの人見ていないな。最後に見たのは文化祭ぐらいか?


「でも、なぜか鼻水と涙がひどいって言って、体中真っ赤にして怒って、そのままこの店には二度と近づかなくなってしまったのよ。」


 待った、この店本当に何があるの。


「それってさっきから俺の鼻が止まらないこととも関係ある?」


 これって、もうほぼ確実に原因が見えている気がするんだけど。


「へいお待ち!いつものRTXスペシャル!今日は二人前!特別にサービスしちゃったよぉ!」


 このおっさんはとユウキは何も異常はなさそうだが……嫌な予感がする。


「いただきます!」


「あ、ああ、いただきます。」


 とりあえずはユウキが一口食べるのを見守る。


「んー!おいし!」


 ユウキの顔がふにゅっと崩れる。本当に幸せそうに食べるのな。


「カヅキも食べなさい?おいしいわよ!」


 ユウキが屈託のない笑みを向けてくれる。屈託だけじゃなくて辛さも抜きにできないかな……。


「い、いただき、まーーーす。」


 「ま」を伸ばして少しでも時間を稼ごうと思ったが、無理だこれ。ユウキが思いっきり期待の目を向けてくれている。


 女子の奢りで、その子がめちゃくちゃお勧めする飯を、本人の前で「まずい」だのなんだのと言って吐き出すほど俺も屑ではない。


 最近この流れでめちゃくちゃ損している気がするな……。


 そうとは言っても、どうすることもできないので、仕方なく大きくほおばる。実は少しずつ食べるよりこっちの方が味を感じずに済むらしいからな。辛さって味ではないけど。正確には。


「う、うまーい!」


 辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い。


 死ぬわ。これ死ぬわ。


 人間の食いもんじゃねぇ。というか生き物が食べていい物じゃねぇ。何ならこの世に存在を許しちゃいけねぇ。


「あらあら。カヅキったら、うれし涙まで流しちゃって。」


 もはや感覚が口の中に集中しているせいか、自分が涙を流しているという感覚すらない。


 というか本当に辛い。いや、辛い。こればっかりだが辛い。


「ふふっ、カヅキ、こっち向いて。」


 ユウキがすぐ近くから覗き込んでくる。ごめん今それどころじゃないの。死にそうなの。辛いの。


「そうやって見つめられると、私まで照れちゃうわ。」


 見つめてるんじゃなくて舌がしびれて動かせないから目で助けを求めてるの。手が震えるのでお水飲ませてください。


「どう、カヅキ?おいしい?」


 俺が本当においしいと思っていると勘違いしているのか、嬉しそうにこちらを見てくる。間違ってもまずいなんて言えない。


 助けて、お願いだから水を一口俺の口に流し込んでくれ。


「あら?カヅキったら口開けちゃって、うふふ、はい、あーん!」


 ユウキがスプーンで何かを救って口に運んでくる。慌てて閉めようとしたが、辛さのせいで口がしびれてタイムラグが生じ、ユウキのスプーンをがっつり加えるようになってしまう。


 ふたくちめぇ!


 汗をかいている感覚はわかるが、それが辛さからくる汗なのか、体の危険信号の汗なのかすらわからん。


「おやおや、お熱いねぇ二人とも!」


 俺たち以外客がいないことで暇な親父さんがやってくる。この際、親父さんの手に持ってるコップでも何でもいいから水をくれ!


「う、うるさいわよ!」


 からかわれて照れたユウキまで汗をかき始める。やめてくれ。俺が汗をかいていることで水を欲しているのがわからなくなるだろ。顔まで赤くしやがって。


「あれ?シュガーたち、どうしたの?こんなところで?」


 運よく、ヒカル先輩が店の外を通りすがった。た、助かった……。俺たちの方へ、さらっとのれんをくぐってやってくる。


「ん?ああ、お水が欲しいんだね。ダメだよ、こんなになるまで無理しちゃ。」


 どうもこの人はこの人で俺がこんなになるまで運動でもしていたんだと勘違いしたらしい。何をしたらこんなに瀕死になるんだよ。


「はい、どーぞ!」


 俺はありがたく先輩が飲ませてくれた水を口にいきわたらせる。


 ところで皆さんご存じだろうか。辛い物というのは基本的に水に溶けて舌を刺激し、辛いと感じさせているということを。


「う……うあああああああっっっ!!」

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