男子校に入学したはずなのに、フラグ整理の会がある件:フウリと歴史のお勉強

 さて、実は今回、この会で、俺が唯一待っていたものがある。最後の、フウリさんの話だ。


 俺は、部屋にちゃぶ台とお茶、お茶菓子を用意し、座布団を用意してフウリさんを待った。彼女は時間をそう待たせずに来てくれた。


「フウリさん、今日はありがとうな。」


「こちらこそ、もう三日も前になりますが、お買い物に付き合ってくださり、ありがとうございました。」


 フウリさんは、大人っぽさと子供っぽさを兼ね備えた人だと思う。それが、何から来ているのかは、想像に難くないが。


「カヅキさん、今回私はお呼ばれされている人間ですが、実はきちんと話せるようなことなど何もないといっても過言ではないのです。」


 それはもちろん、当時のことなど思い出したくもないこともあるだろうし、無理に話せというつもりはない。


「以前も言いましたでしょうが、私は、今の人が幸せに生きていてくれるならいいのです。お姉ちゃんも、他のみんなも、同じだと思います。いえ、同じだといいなと思っています。」


「俺なんかが話を聞いてもいいのか。」


「もちろんです。お姉ちゃんも言ったと思います。もう二度と、あんなことは起こしてはいけません。戦争がなければ、私もお姉ちゃんも、みんなと同じような人生を送れたのだと思います。」


 そこでフウリさんは言葉を区切る。


「でも、あの戦争がなければ、きっと今の平和もないです。犠牲になったのが、私でよかった。」


「そんなことを言わないでください。それにフウリさんは、いま、ここで生きています。」


「確かに、表面を見ればそうかもしれません。ですが、当時心を病み、一度は霊となったのは紛れもない事実。それだけは、変えようがありません。」


 ユミコが昔言っていた。霊になると、その動機は何であれ、魂にシミのようなものが付いてしまい、その量によっては不幸な生を何回もめぐることになると。


「偉そうに何かを語れるほど、当時のことはわかりません。自分が死んでから、霊になるまでの時間差もありましたからね。」


 フウリさんは、そこでまた言葉を区切ると、部屋の端においてある、今どき珍しいレコードプレイヤーに何かのレコードをかけた。


 しばらくすると何の曲かわかる。音楽の授業で聞いた、カノンだ。チェロから始まり、バイオリンが重なっていく。


「この音楽は、とてもきれいです。あの時は、この曲のようにお互いを意識して美しく重なることが、あるいはできていなかったのかもしれません。」


 レコードは古いのか、途中で小さな雑音が入る。


「カヅキさん、すみません、先ほど少し嘘をつきました。本当は、カヅキさんにも知らないでいてほしいこともあります。当時は皆が罪人であり、被害者でした。私もそうです。罪をひとには話したくない。」


「みんな生きるために必死だったのであれば、それは……」


「自分が生きるために誰かを殺すことは、自然界の中で言ったら罪ではないのかもしれません。ですが、それはあくまで食物としての話。戦争は違います。」


 お互いの意見、考え、あるいは金銭的な利益のために殺しをする。確かにそれは悪いことであろう。


「でも、フウリさんは……」


「兵士の方々は、確かに直接戦場で人を殺していますが、その道具を作ったのは、その人を送り出したのは、人殺しにしたのは私たち一人一人ですから。」


 悲し気な顔をしているフウリさんは、今まで何を見てきたのだろう。幽霊として、一切手出しができず、日本の歴史をどのように見守ってきていたのだろう。


 俺のじいちゃん、ひいじいちゃんはどんな罪を犯してしまったのだろう。


「私は、罪は一人一人のものと考えています。その一方で、親の罪が子へ、孫へと伝わるものではないと考えています。あなたが心配することではありませんよ。」


 ここまで自分を責めていながら、なお人のことを心配してくれている。優しすぎる。


「でもフウリさんは、十分に悩み、苦しんで、一度死に、成仏をしてなおここにいるではないですか。それは、贖罪が果たされた証であり、新しく一歩を踏み出せという意味ではないですか?」


「この生は、今、絶えつつある当時を知る人物を呼び戻し、当時が忘れられないためにあるのです。」


 それじゃあ、いつまでたってもフウリさんは救われないじゃないか。


「フウリさんは、幸せになる権利があります。それは誰にでもいえることです。」


「あの地獄を作って、おめおめと何もなかったように生きていろっていうの?」


 初めてフウリさんが声を荒げる。


「……いえ、俺には当時の様子はわかりません。でも、その地獄を作った反省は、あなたは十分にしたんじゃないですか。」


「それは……。」


「邪魔するぞ。」


 カノンも終わりに差し掛かるとき、ユウリが入ってきた。


「お姉ちゃん。」


「フウリ。ウチはいまだ幽霊だ。お前はきちんと成仏した。なのにもかかわらず、こうしてここに戻ってきた。それが答えなんじゃないか?」


「だよね、お姉ちゃんは私の言うことをわかってくれるよね。」


「違う。」


「えっ?」


「妹に幸せになってほしくない姉がいるもんか。元気を出してほしくない姉がいるもんか。

 お前はもう、十分に頑張った。もう、心配せずに幸せになれ。」


「でも……。」


「と、言ってもフウリは変なところで頑固だからな。セレスと西園寺に頼んで、ある人を連れてきてもらった。いや、ヒトじゃないか。」


 人じゃない?だれだ?


「カヅキ、わかるだろ、神にかかわっていて、ある時はその神託を持ってくるやつ、うちらと仲のいい彼だよ。」


 予想が付かないが……。


 ユウリが透けてきた襖が開き、ユミコ、セレスが両脇に正座で頭を下げている。


 その真ん中には大きな白い虎がいた。


「神の言葉を聞きたいのは君か。」


 以前、異世界に行ったときに討伐を命じられたが、自ら死を選んだ神獣、白虎のマタサブロウだ。


「本来神は個人に物事を告げない。だが、私の恩人の妹ということで特別に、言葉をもらってきた。」


 レコードが止まり、フウリさんが息をのむ。


「『好きに生きろ』それだけだ。」


「そ、それは……。」


「人一人に、使命を負わせることも、不幸も、幸福も強制することはない。だが、何でもかんでも神のせいにせず、自分のしたいように生きろ、ということだろうな。」


 それだけ言うとマタサブロウは踵を返し、ユミコとセレスは黙って後に続く。


「いいかフウリ。好きに生きろ。お前は生きてるんだ。未来があって、好きな人を旦那にするでも、嫁にするでもいい。結婚なんてしないで仕事や趣味に没頭してもいい。好きに生きろ。お前の姉ちゃんはまだ幽霊だけど、いつか人の側に行くからさ。好きに生きて、待っていろ。もしくは、先に行ってろ。」


 ユウリがフウリさんに詰め寄って言った。


「わ……かり……ました……。」


 フウリさんの涙を見ないように、そっと部屋を後にさせてもらった。





「旦那様。」


「ありがとうなユミコ。でも旦那様じゃねえ。それでどうした?」


「何でユウリは呼び捨てでフウリはさん付け?」


「何でだろうな。何となく、だな。」


 この理由は、今はまだわからない。

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