男子校に入学したはずなのに、フラグ整理の会がある件:アオイの最近の不満

 ユウキの次に来たのは、アオイだった。


「おいカヅキ。」


「なんだ?」


「ちょっと付き合え。」


 いきなり手を引っ張られて、ユミコの家の庭までつれていかれた。


「広いな、ここ。個人の家の庭とは思えないぞ。」


「そうだな。」


「なあ、なんかさっきから不機嫌じゃないか?」


「そりゃそうだ。」


「なんかあるなら、俺でよければ話とか聞くからな?親友なんだし。」


「お前だから言えないこともある。」


「なんだよさっきから。煮え切らないな。」


 うじうじ悩むなんて、アオイらしくない、というのは俺のイメージの押し付けか。でも、なんか違う気がする。


「なあ、なんかあるなら言えよ!」


「そんなに聞き出したいなら……。」


 アオイが立ち止まったその頭上には、バスケットボールのゴールがあった。俺の頭の上にもある。


「力づくで聞きだしてみろ!」


 なるほど、ここに連れてきたのは、俺と1on1をするつもりだったからか。でもアオイ、現役バスケ部だろ?勝てねえっての……。


「言っておくが、全力で来いよ?じゃなけりゃ……お前とはもう、親友でいられない。」


 な……。アオイの目が本気だ。


「いいよ、やってやろうじゃん。」


 靴だけ履き替えたが、お互い制服のまま。


「ウチのが強いのは確実だから、ハンデだ。ウチが20本とる間に一本でも取れたらお前の勝ちでいい。」


 くっそ、なめやがって……。


 しかし、なめていたのは俺の方だった。





「一本目だ、カヅキ。」


 最初は俺のボールからスタート。無難にドリブルを……と思った時、アオイの姿が消えた。


「えっ……!?」


 超速で俺の視野の外、ちょうど足元までもぐりこんでいたアオイは、俺がドリブル中のボールを片手で横からつかみ取り、一歩で最初の位置まで戻る。そのまま、片手でつかんだボールを手首だけで投げてスリーポイント。


 そうか……忘れていたけど、こいつ、シオリさんの妹だもんな……。


「二本目だ。こい、カヅキ。」


 俺がボールを拾い、そのままゴール下から一気に反対側のゴールを狙う。ドリブルで負けるならこれしかない。


 だが、アオイはつま先だけの力で飛び上がると、コート中央上空でそのボールを片手でキャッチ、そのまま投げ下ろす形でゴールを決めた。


「さっきも言ったが、本気で来いよ、カヅキ。」


 いや、本気も本気だ。というか、シオリさんに近い身体能力をもったあいつに、勝てるとは思えないんだが。


 次は、一本目と同じようにドリブルでスタート……に見せかけて、アオイが動き出す直前にスリーだ!


 ……結果で言うと、それも失敗。俺が動き始めた時点で、アオイにフェイントを見破られていた。


 強いなんて言うもんじゃない。異次元だ。もはやバスケですらない。


 フェイント、猫だまし、フェイダウェイ、フックシュート、どれもきれいに防がれる。リングどころか、ボードにすら当てられない。


「カヅキ、もう十九本目だぞ。」


 クソ、このままじゃアオイと……。身体能力で敵わないなら、他のことで勝て。技術でも勝てないなら、他のことで勝て。


 ふと、俺はあることわざを思い出した。いや、ことわざでもない、どこかで聞いた気がする、程度の言葉。


 恋愛は、好きになったほうが負け。


 俺は確かにアオイが好きだが、それは親友として。なら、恋愛的に見れば……?


 少しずるいが、使わせてもらおう。


「アオイ。まだ、俺のことを恋愛対象として好きでいてくれているか?」


「なっ、どうした急に。当たり前だ。これでもうちはかなり一途なんだぞ。」


 アオイの顔が真っ赤になる。こいつは色白だから、赤面するとわかりやすくてかわいいんだよな。


「そうか。なら、大丈夫だ。ありがとう。」


 俺は、一本目と同じようにドリブルを始める。


「カヅキ……恋愛的に好きでいれば、親友でなくなってもいいっていうのか?失望したぞ!」


 アオイはいま頭に血が上っている。そんなこいつが次にとる行動は……


「十九本目だ!」


 一本目と同じように俺の懐に潜り込み、だが、イラついているから早く決めるために、俺の手からはじいたボールがそのままゴールに入るような軌道を取らせる。つまり、それ以上アオイは動く必要がない。なら。


「ごめんな、アオイ。」


 俺は、アオイの額に唇をつけた。いつもアオイがつけている、ベルガモットの香水が、運動をしていたせいでより強く香る。


「お、おまえ……。」


 アオイが硬直しているうちに、19回も俺のゴールをくぐったボールを拾い、ゆっくりとドリブルをし、丁寧にレイアップ。


「一本、取ったぞ。」


 俺がアオイの肩を叩くと、


「ふぇっ!?」


 アオイはびくっと跳ねあがる。


「これも一本、でいいんだよな?」


「う……うぅ~」


 アオイが頭を抱えてうずくまる。


「どうした?」


「ウチ、なんかめっちゃはずいことしてた気がする……合わせる顔がない……。」


 どうやら、真っ赤になった顔を隠したいらしいが、耳が真っ赤なのが見えている。


「別に、無理にアオイの悩みを聞こうとは思わないさ。だが、何か悩んでいるなら俺でよければ力になるぞ。それだけだ。」


 すると、アオイは恐る恐るといった風にこちらを見上げてきた。


「あのさ……。」


「ん?」


「一つだけ、言わせてほしいんだ。」


「なんだよ、急に改まって。」


「ウチがあんだけ勇気出して告ったのに、それをフッといて、しかもほかの女といちゃつくとは何事だ!!」


「へっ?」


「いいか、出会いがしらお姉さま呼びのレイナとか、勝手に心読んで興味持ったユミコを除けば、ウチが最初に告ったんだ!」


「お、おう。」


「それなのに、ユウキと一緒に洞窟の暗がりでいちゃついたり、ルナと保健室でいちゃついたり、最近じゃユウリに告られてピカピカとも引っ付いていたそうじゃないか!」


 なるほど……言われてみると、自分が節操なしに思えてくる。いや、実際そうなのか?


「そ、そんなの……妬くに決まってるだろ!自分に魅力がないのかなって、不安にもなるだろ!さみしくなるだろうが!」


「……ごめんな、アオイ。」


「こういう時は、八つ当たりすんなって怒ればいいんだよ!カヅキのばかぁ!」


 アオイが泣いているのを初めて見たかもしれない。


「ごめんな。」


 俺はしばらく、こんな俺のことを好きでいてくれる、優しい大親友の背中をなでてやることにした。

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