男子校に入学したはずなのに、文化祭すらもカオスな件:一日目④
俺はケータイを開いた。開いた……が、やっぱり閉じた。あの人なら、ないはずがない。性格的につけるなら、あそこしかないな。
さて、読者の諸君を置いてけぼりにしてしまったので、お詫びのサービスカットとしてトイレに入り、普段からカオリに折られまくっているおかげで物理的に柔らかくなった体を活かし、自分のズボンに頭を突っ込む。トイレに来たのは絵面がキモ過ぎて外じゃできないからだ。
「助けて、シオリおねえちゃーん。」
俺がズボンに向かって超小声でささやくと、バタン!とトイレのドアが開く音がする。やっぱりあったか、盗聴器。
「ここかぁ?」
一番入り口側のトイレのドアが開けられる。
「それとも、こっちかぁ?」
二番目。
「なら、ここかなぁ。」
三番目のトイレのドアが開いた。もうだめだ。
俺は呼んだことをやっぱり後悔しつつ、頭を抱えてうずくまった。もちろんながら、シオリさんの手を借りないといけないので、仕方なく、顔を上げ……。
ピチョン!
背中に雫が垂れてきた。
ヤバい、本当に怖い。女子トイレとか男子トイレとか関係なく怖い。
どんどん水量は増えていき、次第には、ポタポタ、タラーと擬音語が変わっていく。絶対に上を向きたくない。
だが、時間がないのも事実。恐る恐る上を向くと……
「みいつけたぁ。」
シオリさんがだらだらよだれを垂らしている。
これあの人のヨダレかよ、バッチいな。
「呼ばれて!飛び出て!ぼたぼたぁっ!」
ぼたぼたヨダレが落ちてくる中、シオリさんは華麗に着地……に失敗するふりをして俺に抱き着いてくる動きを読んで、トイレに頭を突っ込んでやろうと思ったが、それをさらに読まれて頭からしゃぶりつかれた。
「って、こんなことしている場合じゃないんです!助けてほしかったんですよ!」
「いいよ、ショタ君の頼みなら何でもするよ!?パンツ脱ぐ?お風呂?ぐへへへへ」
恐ろしいことを言わないでほしいが、とりあえず状況の説明をしないと。
「かくかくしかじかでして。」
「ショタ君、そのネタは古いぞぉ。」
この人にはそんなことを言われたくないが、仕方がない。
体育館に向かって歩きながら軽く説明した。
「つまり、アヤカとユリアが壊した音響を、直してほしいんだね?」
「はい。物分かり速くて助かります!……おい、今なんつった?」
勝手に鉄拳制裁をしようと考えていた友人たちにこころの中で謝罪をしつつ、直してもらえることにはなった。
「じゃあ、ショタ君たちの出番までには直すから、遊んでていいよー。」
そう言われて遊べる奴はメンタルが鋼だと思う。
「そんなこと言われて遊べるほど僕も恩知らずじゃないですよ。」
「こらこら、お姉さんのことがいくら好きでも、作業の邪魔はよくないぞー。」
……これはシオリさんなりの気遣いか。俺が罪悪感なく遊べるための。
「シュガー!」
体育館につき、ヒカル先輩が手を振ってくる。
「どうも。先輩はご存じかと思いますが、シオリさんです。音響を直してくれるそうです。」
「もとはと言えばこの人が作ったものだしね!」
さらっとぶっ飛び情報が追加されたが、ぶっ飛んでいるほうがもう慣れているので驚かないでやる。
「じゃあ、予定の時間においでー。」
「わかりました。」
「それとヒカル!」
シオリさんがヒカル先輩を呼び止める。
「チャンスだよ。」
別れ際にシオリさんがボソッと何かをヒカル先輩につぶやいていたが、何を言ったのだろうか。ヒカル先輩の顔が真っ赤だ。
「またあの人なんか余計なこと言ってました?あとで潰しておきますから、気にしないでいいですよ。」
大方下ネタだろうし。テキトーに、「お姉ちゃんがプレス機に挟まっているところ見たい!」とかいえば、あの人ならやってくれるはず。
「な、なんで!?なにも潰さなくても!」
優しいなぁ。先輩に免じて、プレス機からミンサー(ミンチ作るやつ)にでも格下げしてあげるか。あの人なら頑丈だから、ミンサーにかけても刃が折れるだろうし。
「そういえば、カオリを迎えに行く途中だったんですよね。」
ふと思い出したので保健室にヒカル先輩を誘ったが、
「それよりシュガー!これ行こう!」
三年の出し物の縁日を指さして、すでにそちらへ向かうモードだ。
「わかりました。長居はできませんからね。」
ヒカル先輩、こうなると止まらないし、仕方ない。
「レッツゴー!」
「はあ……先輩、なんで自分のが通っている学校で道間違えるんですか。」
「こっちが近道だと思ったんだもん!」
ヒカル先輩に手を引かれるままに連れていかれて、気が付いたら文化祭でも誰も来ない、屋上にいた。しかも足場がほとんどなく、帰るに帰れない。
「しかもここ、立ち入り禁止ですよね。さっき書いてありましたよね。」
「でもほら!距離はあんなに近いよ!」
「うわーい目の前だー。ここは特別教室棟、向こうは普通教室棟ですけどね。」
「我らはチア部!飛ぼう!今こそ!」
「嫌ですよ。」
中庭の幅……およそ20メートル。こんな距離誰が飛べるか。カオリかシオリさんぐらいだろう。
「おまえら、ここで何やってるんだ?」
あとはこいつ、ユウリぐらい……
「って、お前こそ何してるんだよ!」
「最近このネタ多いぞー。底をつき気味だからって使いまわすなよなぁ。」
何かが作者の心に突き刺さる音が聞こえた気がした。
「今西園寺ユミコの奴に教えて、助けを呼んでもらうからちょい待ちな。」
「ううー。二人きりの時間がー!」
「落ち着いてください、二人きりより、みんなといた方が楽しいでしょう?」
「やだやだー!」
だめだこりゃ。
「ということだ。しばらくはここにいるよ。」
ユウリに言うと、にやにやしながら帰ろうとした。
「やっぱり待って。」
ヒカル先輩が呼び止める。
「助けは呼んでもいい……いや、呼んでほしい。けど、その前に、ほんとは二人きりがよかったけど、一つだけ言わせて。」
チアをやっているときのように、ヒカル先輩が真面目な雰囲気を身にまとう。
「私のワガママにいつも付いてきてくれてありがとう。私のピンチを助けてくれてありがとう。こんな私にも、いつも優しくしてくれてありがとう。」
ヒカル先輩の目が、いつもより少しうるむ。
「私は、そんなシュガーのことが好き。友達としてとか、先輩後輩として、とかじゃなくて、女子としてあなたのことが好きなの。」
これ、今返事すると後での舞台に影響出る奴だよね……。
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