男子校に入学したはずなのに、文化祭すらもカオスな件:一日目⑤
「ヒカル先輩、俺は……。」
「いいの。」
俺が答えようとしたとき、ヒカル先輩がそれを遮った。
「シュガーは、誰とも付き合わないんでしょ。ユウキちゃんやブルー、スメルもユミコちゃんもシスコンちゃんも。」
ヒカル先輩は俺のことをまっすぐ見てくる。こっちが目をそらしたくなるほどに。
「みんなとの関係も、今のままが一番いいもんね。でもね、私、男の子を好きになるのは初めてなの。だからこの告白は、女子としての私の、ちょっとした意地悪。」
へへっと笑うヒカル先輩は誰よりも純粋だ。
「ということは、俺からの返事を聞きたがらないのは先輩としての意地ですかね。」
「ふふ、そういうことになるね。」
笑った顔は名前の通り光り輝いている。本当に困った先輩だ。
二人で顔を見合わせて、思わず笑っていると、バタバタとヘリコプターの音が聞こえてきた。
「あれ、もしかして助けじゃない?」
「そうですね、ユミコのヤツ、学校の屋上から助け出すのに何使ってるんだか。」
俺がぼやくと、ヒカル先輩はムスッとこちらを見てきた。
「一つだけ、約束してくれる?」
「なんですか?」
「この、今日の舞台で、私たちは部活を引退になる。つまり、先輩であっても、先輩じゃなくなるわけじゃん?」
なんか嫌な予感がする。
「だから、明日からはヒカルって呼んで。敬語もナシ!」
はい、的中。一行でフラグ回収。
「嫌ですよ。周りになんていわれることやら……。」
「そんなこと言ってると、さっき私の方を見て顔を赤くしてたって、スメルちゃんにチクっちゃうぞー?」
そうなると間違いなく、プロレス技の満漢全席が待っているだろう。
「わかりました。先輩が引退したらですよ。」
「ムー、少しぐらい気が早くてもいいんだぞ?」
「それは後輩としての意地です。」
ちょっとした仕返しだ。
「まったく、かわいくないなぁ。」
「かわいくない後輩でどうもすみませんでしたね。」
とか何とかいいつつも、本人の要望なので、頭の中だけで、ヒカル、ヒカル、と繰り返す。本人の前でやっていると、なんか変な気分になってくる。
「ところで、さっきからあのヘリ、同じところをずっとぐるぐる回ってません?」
「そうだね。私たちのところに来ないのかな?」
心配なので、一応ユミコに電話をかけることにした。
「おい、ユミコ。助けってあのヘリか?」
「安心して。旦那様がセバスチャンが嫌いなのは知ってるから、ユウキの家のメイドに迎えはお願いした。」
ああ、ユリアさんか。料理に掃除、洗濯。なんでもこなすすごい人。唯一の苦手なことは、どうやって免許取ったのかわからないほど壊滅的な運転のセンス。
「あの人、運転なんてできるのか?」
「できるかできないかじゃない。やるん……。」
ブツッと、途中で電話を切ってやる。
「ダメじゃん……って、ヒカル先輩、何してるんですか?」
「ん?ヘリに、こっちだよって教えてあげてる。」
どこから取り出したのかわからないチョークで、校舎の壁にSOSと書いている。
「それ、書いたらこっちに来ませんかね。」
「そのためのマークでしょ?」
「ヒカル、危ないっ!」
この舞台を誰よりも楽しみにしていたヒカル先輩だ。絶対にケガはさせてはいけない。俺は思わずヒカル先輩を名まえ呼びし、抱き上げて屋上から飛んだ。
「いたた……。大丈夫ですか、ヒカル先輩。」
俺がケガをするのはいいが、ヒカル先輩は無事だろうか。そちらを見ると、ヒカル先輩が顔を真っ赤にしてうずくまっていた。
「どこか打ちました?大丈夫ですか?ヒカル先輩!?」
俺が慌てると、少し顔を上げてこっちを見た。
「名前で呼ばれるって、いいもんだね……。」
とりあえずケガはないようだ。俺は、明日からヒカルと呼ぼうと思いなおした。
「修理完了火がボーボー!」
修理を終えていたらしいシオリさんが、元気いっぱいに親指を立てている。ヒカル先輩やボーイッシュ先輩など、三年の先輩たちは大きくため息をついた。
「でもこれ、他の部の音響を借りるんじゃだめだったんですか?」
そういえばチア部だったルナがボーイッシュ先輩に聞く。昔が信じられないほど丸くなったよな、こいつも。
「これは、実は超特製の音響でね。文化祭の日にしか使わないんだ。」
言われてみれば、いつもは部室の奥でひっそりと眠っていた気がする。
「大事な思い出が詰まっているとかですかね?」
ルナや同輩みんなが思っているであろう疑問を俺が問うと、ヒカル……先輩が答える。
「これは実は、とある有名な、私たちの二つ上の先輩が作ったものでね。思い出とかよりなにより、この音響はほかの物より特別なんだ。」
どう違うのだろうか。
「「それは、本番でのお楽しみ!」」
ヒカル先輩とボーイッシュ先輩が声を合わせて、体育館の壇の奥に設置した。本当に何をするつもりなんだろう。
「さあ、このメンバーで踊るのは最後だから、いつもの100倍は気合入れていくよ!」
部長であるヒカル先輩の声に、みんなの意識がピリッと引き締まる。今日は、いつも以上に調子がいい気がする。
「これでラストだ、行くぞ、チーム、サンリリー!!」
「オオーッ!!」
さあ、イントロが鳴り始めた。
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