男子校に入学したはずなのに、文化祭すらもカオスな件:一日目③

「その声は、ユイ!?……さん!?」


 あっぶねえ。うっかり素で名前を呼んでしまった。というか、この姿の時の俺にこいつ、自己紹介してたっけ?


「あれ?私、名前教えてないですよね。もしかして……。」


 やばい、怪しまれているか?


「私のことが可愛い後輩すぎて色々調べちゃったりしてました!?恥ずかしいなぁ、聞いてくだされば自分から教えましたよ!?」


 そこで調べるという発想が出てくる妹が怖い。ユウリがごにょごにょと聞いてくる。


「こいつって確か、お前が以前言っていた妹じゃ?」


「そうだよ。というか、お前、いまあいつに見えているんじゃないか?」


「見えてないようにしたから安心しろ。」


 なんというご都合設定……。


「要するに、諭吉さんどころか聖徳太子さんしか持っていない、そこのお姉さんをウチに泊めればいいんですね!?」


「そ、そんなことしていただくのは申し訳ないです!」


 ユイが勝手に話を進め、フウリさんが遠慮する。


「お姉さんっていうか、あなたと同い年よ。」


 確かフウリさんは俺たちの一個下だったかな?


「じゃあ、お互いタメ語だね!よろしく!」


 アオイのようなコミュ力の高さで、あっという間に手を握りブンブン握手をした。なんか懐かしい光景だ。入学式から、いろいろあったなぁ。


「それじゃ、この人はうちに泊まるということで!」


「えぇ!?」


 フウリさんが驚いている中、ユイはどんどん話を進めていく。


「もしもし?お父さん?いま、常楚っていう高貴な方のいる学校の文化祭にきているんだけど。行く当てのない子が一人いるらしくて。うん。うん。帰る家もないみたいなの。」


 なんか嫌な予感がする。


「今から迎えに来るって!」


 まさかのVIP待遇……。


「い、良いのかな?」


 フウリさんはユウリの方を見て話し始める。でも確か、ユイにはユウリは見えていないはずだよな。


「もう、フウリちゃん!誰と話しているの!?」


「もういいよ、行ってこい……。」


 俺と同じように頭を抱えたユウリは降参ムードだ。


 その時、救いの神からの電話だ。


「え、もしもし?お母様!?はい!?嫌だ!ミンチだけは嫌だ!なんでもするから許して!?」


 ユイが急に泣き出す。恐らく、電話越しにミンサーの音でも聞かされたか。


「ご、ごめんなさい。やっぱりウチはダメだって……。」


 電話を置いたユイがしゃくりあげながら、謝る。


「気にしないでください。普通そうなりますから。」


 フウリさんが大人の対応を示すと、


「うちじゃなくて、ウチの腐った兄と、尊敬すべきその幼馴染の愛の巣に泊まれって……。」


 何が愛の巣じゃ。戦場の間違いだろ。あるいは拷問部屋。


 ……だめだ。やっぱり聞き逃せない。けど、今この姿じゃ聞けないし……。


「い、いくら何でもいきなり押しかけられたら迷惑になるんじゃ……。」


 フウリさんの話に俺もうんうんと頷いておくが、


「大丈夫です!兄は無茶難題を押し付けられて喜ぶマゾ豚なんで!」


 そろそろコンプラ的にやばくないか?思春期ユイさんよ。それと、あとで覚えてろよ。マジで。


 ちなみに、正しくは「無茶難題」ではなく「無理難題」だと思うのだが……。


 隣りで笑い転げているユウリにはあとでお札でも貼ってあげよう。


「そ、それなら遠慮なく、拷問器具とかも買えますね!」


 あれ?フウリさん?あなたはこっち側、まともな人枠じゃないの?


 そんなこんなでフウリさんがウチに来ることが決まってしまった。嫌だなぁ。






 フウリさんが父さん……をこき使う母親に連れられて、いろいろ買い物をしに行ったのを見届けた後、カオリを放置していたことを思い出す。


 これはやばい。あいつはあれでさみしがり屋なので、そのまま首とか持って行かれかねない。


 ユウリはフウリさんについていってしまったので、一人で保健室に向かって、人ごみをかき分けると、騒ぐ声が聞こえてきた。


「わかっら!もふかへるからゆるじて!」


「だめだ!意地でも守衛さんに引き渡す!第29波状攻撃、開始!」


 片方は歯が折れているのか何なのか、声がボロボロだ。もう片方は親友の声に似ていた。


 助けてもらっておいて悪いが、もう勝手にやればいいと思うの。


「君たち!何度も言っているではないか!僕は警備員だ!こいつをつれていくから早く通してくれ!」


 叩かれている人はその周りにメイド姿をした人たちに囲まれているため、警備員が入れないらしい。


「私たちの手でとらえるのよ!第30波状攻撃、用意!」


 もう一人の親友の声も聞こえる。


 とりあえず俺は引き返して逃げることにした。






 プルルルル。


 電話が鳴ったのは、文化祭の最中に謎の戦争を繰り広げている狂気のメイド軍団から逃げて少し後だった。


「なんですか、ヒカル先輩。」


 電話の相手はヒカル先輩だ。まさかだが、このタイミングで欠員とか、曲が変わるなんかじゃないだろうな。


『シュガー!大変なんだよ!助けて!』


 普段ふわふわしているヒカル先輩にしては珍しく焦っている。


「まずは落ち着いてください。何があったんですか。」


 俺がそう聞くと、


「音響トラブルだよ!体育館の音響機器の上に、メイド服を着た軍団が落っこちてきて、そのせいでスピーカーも何もかも壊れちゃって!」


 あいつら、この短時間でそんなことをやらかしてくれちゃったのかよ……。


『このままだと、私たち最後の舞台が音なしになっちゃう!』


 これはやりすぎなので、あいつらにあとで拳骨を下してやるとして、今は音響だ。


「わかりました。開幕まではあと三時間ですよね?」


『いや、今の事故のせいでいろいろごたついたから、一時間は先になりそう。』


 そうなると、開始時間が、外からのお客さんの見学終了時間15分前になってしまう。踊っている途中にお客さんが帰るなんて言うことはまっぴらごめんだ。


「わかりました。少々使いたくないですが、最後の手段に頼ることにします。」


 俺の頭の中には一人、めちゃくちゃ頼りになるけど、めちゃくちゃ頼りたくない人が思い浮かんでいた。


『あ、ありがとうシュガー!じゃあ、切るね!』


 ヒカル先輩、少し涙声だったな。


 あの人がいろいろなものを削っても踊りに費やしている以上、俺やチームメイトはそれに答えないといけない。


「さて、男見せますか。」


 俺の言葉に、近くにいた外部の見学者がぎょっとした顔をしていたが、そんなことはどうでもいい。


 俺は、再びケータイを開いた。

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