男子校に入学したはずなのに、広島旅行に自称嫁がいる件

 最初に目に飛び込んできたものは、今まで俺を散々助け、散々苦しめてくれた、先輩なのに友人に近い。そんな知り合いの鎖骨だった。


「やっぱりこいつ来てたのか。」


 そうボヤくと、何故か痛む頭を擦りながら起き上がる。


 手がねちゃぁっとした感覚を捉えた時には、てっきりこいつにだけはしちゃいけない間違いでも犯してしまったかと思ったが、手を見て見たら自分の血だった。


 あれ?そもそも、なんで間違いを犯したか心配になったんだ?


 ようやく、自分が全裸であることに気がつく。ユミコもかなりの薄着だ。


 場所自体はカオリと泊まるホテルの一室であることには変わりないだろうが、やけにキレイだ。カオリがいるのに。


「カオリッ!?」


 俺はバネ仕掛けの人形のようにベッドからはね起きる。部屋の奥のソファに人が座っている気配がした。


「カ、カオリさーん?俺、意識を失っていたみたいで、今の状況を把握出来ていないんですけど……。」


 恐る恐るそちらに声をかけると……。


 ……!?


 カオリが、(あのカオリが、だ。)清楚系のワンピースに身を包み、ソーサーなんていうシャレたものを使いながら、にこやかにこちらに微笑んだのだ。


「あら?カヅキさん?どうなさったのですか?」


 どうしよう。どんなにブチ切れられた時よりも、いや、過去一怖い。初めて見るタイプのカオリだ。


「ど、どうしちゃったんだ?カオリ、熱でもあるのか?」


「カヅキさんったらどうなさったのですか?カヅキさんこそ、私との旅行中と言うのに、私の事を放っておいて、他の女性とお休みになってしまうんですから、寂しかったですよ?」


 カ、カオリが怖い。これならいつも通り、大砲みたいなパンチでぶん殴られた方がマシである。


「ん、旦那様、おはよう。」


 このタイミングで、厄介事を増やしてくれそうな子が起きてしまった。


「心外。」


 こちらこそ、幼なじみと2人だけの旅行にトラブル持ち込んでくれて心外だよ。


「それより、これは?」


 清楚系カオリを見たユミコが聞いてくる。そりゃそうなるわ。


「俺のが聞きたい。おまえ、俺が寝ている間になんか洗脳でもしたのか?」


「してない。……少ししか。」


「少ししてるじゃねーか!早く解けよ!」


「しなきゃ旦那様が死んでいた。簡単には解けない。時間経過が必要。」


 なにそのニルヴァーナ。怖すぎるんだが。


「そうかぁ。まぁ、時間で治るならしばらく気持ち悪いだけだからいいか。」


 チュインッ。


 右側で、スズメが鳴くような音がした。気がつくと頬が少し切れている。夏なのに乾燥肌かな。でも、後ろには清楚系カオリしかいないし。


「そういや、2日目はどこに行くとかあるのか?」


「当然。」


「やっぱり、広島といえば原爆ドームか。」


「原爆ドームは最終日。広島についてきちんと知った上で行く。」


 なるほど、国内とはいえ、表向きは短期留学の制度だから予定やなんかも決まっているのか。凄いけど、原爆ドームは早めに見ておきたかったから少し残念だ。


「2日目はお好み焼き屋めぐり。」


 ……と言いますと?


「広島風お好み焼き、別名広島焼き。」


 それぐらいは知っている。


「とか言ったけど、細かい違いは知らない。」


 なんなんだよ。ていうか、そこのテーブルの端に乗ってるガイドブック読んだんじゃねーのか。


「でも、お好み焼き屋もある種戦争の遺物。」


 どういう事だ?


「店の名前に、女性の名前が多い。」


「確かに、それは思ったな。」


「戦争で未亡人となった女性が、自分の名前の店を開いた。」


 そんな過去もあったのか。


「ユミコさん、それは私が解説するつもりだったのですが……。」


 いきなり、カオリが横から口を挟んできた。あのガイドブックはカオリのものだったのだろうか。


「そう。」


 それっきりユミコは口をつぐんでしまった。気まずい沈黙が流れる。


「じゃ、じゃあ、カオリにはオススメの店を紹介してもらおうかな!」


 ここら辺でフォローしておかないと、後で本当に何が起こるかわかったもんじゃない。触らぬ神に祟りなしとは言うが、向こうから触られたら讃えるしかないのだ。


 カオリは少し機嫌を良くしたのか、


「分かりました。取っておきを紹介しますね!」


 と微笑んだ。コイツマジでどうしたんだろうか。






 カオリに連れていかれた店は、やはり女性の名前が店名になっていた。由緒ある所なのだろうが、ちょっと混みすぎてやいないだろうか。


「すみません。混んでいるので、他のお店を紹介しますね。」


 少し残念そうなセイカ(清楚系カオリ)は、踵を返そうとした……が、せっかくなので引き止めさせてもらう。


「少しぐらい待とうぜカオリ。待ってる時間なんて幼なじみの俺らの今までの時間に比べたら些細なもんだろ。」


 フォローするために少しカッコつけたことを言ったが、カッコつけ過ぎただろうか。カオリだけでなくユミコまで顔を赤くしている。


「3名様、お先にご案内しますー。」


 運良く、15分ほどで入れた店内は、狭いながらも美味しそうな匂いで満ち満ちていて、今から楽しみだ。


「じゃあこの海鮮玉でお願いします!」


「豚玉」


「私も同じもので。」


 それぞれ注文し、しばらく話して待つ。


「お待たせしましたー!」


 持ってこられたお好み焼きは、とてつもなく美味かった。なるほど、これは家じゃできない味だ。というか、真似をしようとすることすらおこがましい。


 麺類と言うのは何となく知っていたが、何となくしか知らなかったぶん、強烈な磯の香りと麺、ソースのマリアージュに感動した。マヨをかけると、これまた合う。


「カオリ、豚玉ひとかけくれ!」


「はい、どうぞ!」


 カオリの豚玉も上手い。もちろんお礼にこちらのもひとかけ食べさせてやる。最高だ。


 ……だから、その後、調子に乗ったのは仕方がないことだと思う。


 1人あたり約3玉。さすがに食べすぎだ。俺らが入った時から食べているのは、奥の席でさらに埋もれているお客さんぐらいになった。皿は下げないのだろうか。


「おぉ!鈴木様、新記録更新ですね!」


「当然ですわぁ!ワタクシにかかればこれくらい楽勝ですわぁ!」


 なんだろう、知り合いにすごく話し方が似ている気がする。それも、声の高さや音質まで。気のせいだ、気のせいでいて、気のせいか。


「あ、お姉様ぁ!」


 気のせいじゃなかったよ。


「何でレイナがここにいるんだ?」


「ユウリの知り合いに会いに来ましたのぉ!」


 なるほど、ユウリがいくつぐらいかのヒントだな。左手が右の頭を殴っているレイナをよそに考える。


「あら、こんにちは、レイナさん、ユウリさん。」


「カオリお姉さまが狂いましたのぉ!」


 それにしても、こいつよく食うなぁ。


「見える理由。」


 ユミコが何かをつぶやいた。


「なんだ?ユミコ?」


「人格まで変わったならユウリへの知識はあっても、ユウリを見えない可能性が高い。」


 どういうことだ?


「くそ、西園寺家はいつの時代も最強のつもりですわね?」


 カオリが急に毒を吐いた。本当にどういうことだ!?


「お前か。久しぶりだな、フウリ。」


 何このバトル漫画的な展開。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る