男子校に入学したはずなのに、旅行中に幽霊のいざこざな件

「それで、どういうことなんだ?」


 ユウリと……フウリだっけ?紛らわしい名前の2人……が乗り移っているカオリとレイナを交互に見る。2人ともなにやらピリついているが、何があったのだろうか。


「フウリは、レイナの何人も前にうちが憑いていた元人間だ。」


 なるほど。だが、なんでそんな人が今幽霊に?しかもカオリに?


「それだけじゃないです。妹なんです。人だったときの。」


 妹!?ユウリに妹なんていたのかよ。


「そうだ。仲のいい姉妹だったな。」


「そうですね。」


「でもある時、空襲で、フウリだけが疎開することになった。うちは、実は倉庫に閉じ込められて死んだんじゃなくて、戦争の影響で死んだんだ。」


 当然だが、初めて聞いた。レイナは、知っていたみたいだが、ユウリが嘘をついていたことで自分を責めないよう、わざと知っていたフリをしているのかもしれない。


「私は、疎開先でも姉のことが心配で、あるとき、こっそり姉の学校まで行ったんです。」


「でも、うちはもうその時には死んでいた。だが、血が近いフウリが通りかかることで、幽霊として自我を持って、無意識のうちに取り付いていたんだ。」


「最初は、2人ともお互いとまた話せて嬉しかった。ある時はそこの西園寺のお嬢様の何代か前のと戦ったりはしましたけどね。」


「記録あり。」


 ユミコも、確かにそのことを肯定している。だが、話はここじゃ終わるはずがない。さっきの含みのある言い方もそうだが、何より、それだけだとフウリさんが幽霊としてここにいる理由が説明できない。


「当時は、戦争に反対する人を捕まえることに国も忙しかったから、幽霊だなんだって言っている変な少女は放っておかれたんだ。だから、個人としてなにかの標的になることはほぼなかった。」


「でも、個人でなければ話は別です。疎開先へと帰ってからはしばらくの間、誰もいない真っ暗な蔵の中に罰として閉じ込められました。」


「だけど、その時もやっぱり、お互いがいることで怖くなかったし、寂しくなかったんだ。」


「そんな日々も、ついに終わりを告げました。8月6日、と言えば何があった日なのか、言わなくてもご存知でしょう。」


 日本人、いや、地球人。なんなら、宇宙人のルナでも知っている話だ。広島に原子爆弾投下。その時だけで8万人が即死したらしい。


「その瞬間、フウリは怪我をしていなかった。かすり傷ひとつもなく、全力で走れる状況にあった。だが、うちは幽霊になったばかり。慌てたうちが体の半分を転ばせたせいで、フウリは火の手から逃げきれなかったんだ。」


「その私が倒れ込んだ場所は、今ではホテルになっています。しかも、因縁の財閥のね。」


 そこでおそらく、フウリさんは地縛霊になったのだろう。姉であるユウリと一緒にいるために。


 俺が自分の仮説を確かめるために目配せしたユミコはこくりと頷く。でも、たしかユウリは、誰かに憑いていないと動けない地縛霊だったと思うんだが……。


「カヅキも気がついただろ、うちらは、本来は会えないはずだったんだ。ただでさえ、広島と関東、遠く話された2点での地縛霊だ。うちはともかく、フウリはうちと会うために幽霊になったのにも関わらず、ほとんど絶対に会えないって言うのは、うちとしても申し訳なかった。」


 おそらく、お好み焼き屋でレイナが言っていた、「ユウリの知り合い」、とはフウリさんのことだろう。


「1度目にあったのは、今から数えて7年前かな。幽霊間の噂みたいなのでお互いの話を聞いて、当時うちが憑かせて貰っていた人に頼んで、1度だけ会えたんだ。」


「その時はユウリがうじうじしすぎていて、気持ち悪いって言って追い返してしまったんですけどね。」


 なるほど、今の関係が微妙そうなのはそこが原因だな。ユウリも、当時は気が弱い人に憑いていたのかもしれない。


「それで、ケンカ別れになって今またようやく会えたって訳だ。」


「ユウリがグレていたのは今知りましたけどね。」


「バカヤロウ、これはオシャレだ。しかも今の流行りだぞ。」


「残念ながら、山姥スタイルはもう20年ほど前の流行りですよ。」


 こうしている分には至って普通の姉妹なんだがなぁ。って言うか、ユウリの時代錯誤はいつから始まったのだろう。


「そういえば、カオリは今どこで何しているんだ?」


 むしろ、俺が1番気になっているのはそこだ。


「ご安心を。少し眠っているだけです。起きたら、体の疲労感との落差に困惑するでしょうが、少し休ませてあげてください。」


 またまたご都合幽霊システムだ。


「それで、そろそろ本題に入りたいんだけど、いいか。」


 少し襟を正した口調でユウリが言った。おそらく、今回会いに来た目的だろう。いくらレイナに取り憑けるようになったとはいえ、それだけ出会いに来れるほど広島と東京は近くない。


「フウリ、お前には成仏して欲しいんだ。」


 えっ?


 ユミコも、ユウリの心を読んではいたみたいだが、驚いている。


「そんな、ユウリ!なんでよ、せっかくまたふたりで話せるようになったのに!」


 そうだ。別にたまにしか会えなくても、姉妹として仲良くするなり、カオリに憑いて関東に来てもいいじゃないか。


「お前の取り憑き方には欠点があるんだ。」


 ユウリが悲しそうな顔になる。


「うちの取り憑き方だと、確かに危険が迫った時に宿主が逃げ切るのに大変になる。だが、フウリの取り憑き方だと、宿主の人格と体力を大きく削ってしまうんだ。カオリは体力は妖怪みたいなもんだが、精神は普通の人間だ。ずっと憑いていると、消滅するぞ。」


 ということは、今もカオリは削られてるのかよ……。


「そしてうちは、それを許せない。カオリはうちの友達だし、うちの大切な人の幼なじみだ。」


「じゃ、じゃあ、ずっと地縛霊として、たまに取り憑かせて貰うのは!?」


「それもダメだ。幽霊だって永遠とか永久とか、そういうものじゃないのは薄々感じているだろ。思いの強さにもよるが、いつかは消滅するものなんだ。」


 話を聞いていて思う。ユウリは、お姉ちゃんしてるんだなぁ、と。俺が全然ユイにお兄ちゃんとしてできていない分、その思いは強い。仕方ない。ずっと聞きたかったことを聞かせてもらおう。


「フウリさん、ちょっといいか?そもそもなんで幽霊としてこの世に残ったんだ?」


 ここが分からなければ、成仏も何も無いだろう。それに、それを放置して帰るのは少々後味が悪い。


「私は、お姉ちゃんとずっと一緒にいたかっただけなんです。私のせいでお姉ちゃんが転んじゃって、私のせいなのに、幽霊としてずっと自分を責めているのはお姉ちゃんなんです。あーもう、何言いたいんだろ私。」


 フウリさんが頭をかく。仕草はユウリのそれによく似ていた。


 なんとなくだが、理解した。結局のところ、ユウリもフウリさんも、寂しかったんだろう。


「フウリさん、俺も、妹がいるんだけどさ。」


 ちょっと恥ずかしいが言わせてもらおう。


「俺は、全然お兄ちゃん出来てないんだよ。でも、ユウリはすげぇ立派なお姉ちゃんしてるだろ。」


 フウリさんは、何を言いたいのか分からない、と言った顔で頷く。


「ユウリは、すげぇ立派なお姉ちゃんだから、自分と一緒にいるとか、そんな自分本位な願いじゃなくて、フウリさんに生まれ変わって、元気に生きて欲しいんだよ。」


 フウリさんがチラッとユウリの方を向き、ユウリはそれに気が付かないふりをしてこちらを向いて頷いている。


「……分かった。」


 どうやら、きちんと分かってくれたようだ。このままだとカオリも殺されかねないからかなり焦っていたが、何とか無事だ。


「供養は私の両親がする。」


 ユミコも申し出てくれた。


「あ、それとお姉ちゃん。」


 フウリさんが何かを言おうとしている。


「生まれ変わったら、私がお姉ちゃんの新しい宿主でいいからね!」


 幽霊ジョークというやつだろうか。


「天は約100億人に1人ぐらい記憶を消し忘れることがある。」


ユミコの知識はソースが謎だよな。






 こうして、フウリさんの供養は次の日に行われることになった。ユミコの両親は日本でも最高の除霊師で、最高の供養ができるらしい。そこら辺は詳しくない。


 最後の一日ということで広島の原爆ドームやその近くの資料館を、姉妹の解説とともに見て回る。この2人は今ここでこんなにも楽しそうに過ごしているが、その当時はどこまで辛い思いをしたのだろうか。


 資料館から見えてくる映像などだけでも見ていて辛いのに、実際に体験したらと思うと、本当に震えが止まらなかった。


 別れの時には、2人ともずっと泣いていた。それはそうだろう。ようやく会えたと思った姉妹と、また別れないと行けないのだから。


 フウリさんは最後に、


「じゃあね、じゃないよ。また会おうね、お姉ちゃん。」


 そう言って、カオリの体からすっと離れ、薄くなり、消えていった。倒れるカオリの体を俺が抱え、ずっと泣いているユウリを、レイナとユミコが慰めている。


 本当であれば、今頃仲良く年老いていたのかもしれない姉妹だが、こんな形で別れることになるとは、本人たちも思っていなかっただろう。


「いいか、お前ら……。二度と、こんなことは、あっちゃ、ならねえからな……。」


 俺たちは、何も言わずにうなずいた。






 結局、国内短期留学とかいうので広島に行き、書いたレポートは殆ど今回のことになった。もちろん、個人名は伏せたし、俺は女ということになっているので風呂のくだりとかは抜いたが。


 一ノ瀬先生は、それを読んだときに悲しそうに微笑んでいたが、俺がかわいそうな子だと思っているわけではなさそうだ。まるで、何かを懐かしんでいるような……。


 そのレポートの評価はS。どういう基準なんだろう。


「す、すみません。さ、佐藤さん?」


「なんですか?」


「あ、あなたたちいつも一緒にいる、職員室内でコードネームMと呼ばれている方々皆さんに連絡しているんですけど……。」


「はぁ。」


 いつの間にそんなくだらない呼ばれ方をしていたのだろう。たぶん、問題児の「M」かな?


「ぜ、全員に夏休み中の補習が付きましたっ!」


「はぁ……えっ!」

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