男子校に入学したはずなのに、靴箱に手紙が入っていた件

 ゴリラ先生に散々謝られ、ユウキとともにアオイに元気づけられながら、靴箱に向かう。疲れたので、帰るのだ。


 しかし、そんな俺のささやかな予定すらも無念ながら崩されることとなる。


 その一言を招いたのは、励ましてくれているはずのアオイだった。


「でも、よかったじゃないか。

 今回の一件はリラ先生の確認ミスもあったし、すっぽかした分の授業免除してもらえるんだろ?」


 へぇー、そうなんだー。


「そこはありがたい限りよね。私も、先生に一言断ったら、いいよって言ってくださったから。」


「でも、一応、その代わりに休んだ分の欠席届を書かないといけないんだろ?」


「そのぐらい気にしていたら、やっていられないわよ。」


 へぇー、そうなん……ん?


「いま、欠席届必要って言った?」


「カヅキ、先生の話聞いていなかったの?

 今回の事件があった証拠と、再発防止のために書類は残しておいてほしいって。」


「そ、そうなんだー。提出っていつまで?」


「欠席をノーカウントにしてほしいなら、明日までっておっしゃってたよ。」


「それって、ルーズリーフにシャーペンじゃ……」


「ダメだろ。」


 アオイの突っ込みが息の根を止めに来る。


「……わかった。今からもらってくるわ。遅くなるといけないから、先に返ってて!」


 それだけ言うと、俺は踵を返し、職員室に走る。


「わかったー、また明日なー!」


 と、恩人ながらに逆恨みしてやりたいアオイの声が聞こえてきた。





「失礼します!」


 ほとんどの教員が残っていない教員室に呼び込むと、リラ先生が苦笑いで待っていた。


「やっぱり来たかぁ。あまり話が耳に入っていないようだったから、心配したぞ?」


「す、すみませんでしたっ!」


「とはいえ、今回はこちらの落ち度だから、強く言うつもりなど全くない。本当に、悪かったな。」


「いえいえ!そんな!

 それで、欠席届はどこに?」


「事務室だ。」


「えっ?」


「事務室だ。」


「ま、マジですか……。」


 いやいやいやいや思わず聞き返しちゃったよ。なんで?なんでそんな遠いところにあるの?


 この学校は、きれいで新しいわりに、作ったやつが馬鹿だったのか、出入り口と職員室と事務室が異常に遠い。


 生徒が体育倉庫に閉じ込められたときに優しくない作りになっている。それぐらい想定してほしい。


 もはや夕方、誰もいなくなった校舎内をとぼとぼ歩く。


「はぁ、こんなことなら、閉じ込められなければよかった。」


 誰もいない学校というのは、本来この校舎に思い入れの深い三年生とかが、大会の後なんかにやるから味が出る。


 この校舎を使い始めて三日目の一年生がやっても悲壮感が漂うだけだ。


 ゆっくりとした足取りで事務室につくと、事務室前で、事務のおじさんが何やらやっている。


「あの、すみません、欠席届をもらいに来たんですけど。」


「すまんなぁ、今ちょうど閉室したところだったんだよ。明日きてくれるかなぁ。」


 それじゃ遅い。そこはお役所仕事を曲げてもらおう。


「あのっ、明日出さないといけないんです!

 今日言われたことで!」


「嬢ちゃん、新入生だね?仕方ない、次からは気を付けるんだよ。」


 嬢ちゃん呼ばわりは非常に腑に落ちないが、女装をしている以上反論の余地がない。


「ありがとうございますっ!」


「最近の若いのはいい返事をするねえ。」


 おじさんは、そういうと帰っていった。


 ところで。


 目の前にあるのは事務室と職員用玄関。靴はない。


 つまり、靴箱まで歩かないといけないのか。


 再びしばらく歩くこととなった。


 昇降口に着くころにはもはや夕焼けというよりも暗くなり始めていた。まだ、冬の気配がうっすらと残っているのか。


 ため息をつき、靴箱を開けながらうち履きを拾う。


 靴箱の中に手を突っ込むと……何もなかった。もちろんだ。ここは男子校。次の日までは、そんなことが起こること自体想定していなかった。





 次の日の朝。


 面倒な奴ら(女装をイジるカオリやら、俺の苦手な女子である、カオリのクラスメイトのレイナ、駅で激突してくる謎少年など)に絡まれないために、俺は相当早く家を出た。


 親や妹にも気が付かれなくて一石二鳥だ。


 今日は何もなく登下校路をあるき、学校につく。


 靴をぽいぽいっとし、拾い上げる。靴箱を開ける。そこで固まる。


 中には、手紙が入っていた。うち履きは消えていた。


「「何それ?」」


 今日はこの二人でそろったらしい、いつの間にか近くにいたユウキとアオイがこちらに声をかけてきた。


「靴箱の中に手紙が現れて、うち履きが消えていて、テンパってて、ユウキとアオイが現れた。」


「何言っているのかさっぱりわからん。そもそも、カヅキは昨日帰った音が一番遅かったんじゃないの?」


 いや、アオイさん、それを聞きたいのはこちらでして……。


「もしくは、今日の朝に早く来て入れたっていうことは?」


 ユウキがさすがの推理をする。


「でも、私は相当早く来たんだよ?」


 俺の反論に、


「あと3分でホームルームだけどな。」


 ……えっ?


 どうやら、いくら何でも固まりすぎていたようだ。俺にとっては、男子校で靴箱に手紙が入っていたこと自体が驚きなのだが……。


 俺たちを少し焦り気味に追い抜いていく人たちがちらちらこっちを見ている。


 これは、俺たちも遅刻しかねない。というか、これ以上ゴリラ先生のお世話になりたくない。


 俺はうち履きがないので、やむを得ず職員トイレのスリッパを失敬して教室に走る。


「おはようございまーす。」


 大きなお胸を揺らしながら入ってきた先生を、今日ばかりは申し訳ないので無視させてもらい、机の下でこっそりと手紙を開ける。


「拝啓。佐藤カヅキお姉さま。

 初めて見たときからお慕いしております。

 本日手紙を差し上げたのは、お姉さまにお姉さま呼びを許していただきたいのです。

 ああ、美しいお姉さま。

 あなたのためにこそ私は存在いたしております。

 どうか、私を妹と思い、罵倒し、蔑み、踏んづけてくださいませ。

 お返事は本日の授業後、体育館の裏でお待ちしております。


 p.s.お姉さまのうち履きは私の一生の宝物です。どうか、そのままくださいませ。

 お礼として、お姉さまのおうちには私のうち履きをお送りいたしました。

 サイズは同じはずですので、私だと思って踏んづけてくださいませ。」





 まずは……。


「うおらぁっ!!」


 勢いあまって出した男声で変態的な手紙を真っ二つに引き裂いた。


「あっ……。」


 あたりを見まわすと、担任の先生が泣きそうな顔でこちらを見ていた。


「えっと、あ、あの、話の続きをしてもいいですか?」


「すっ、すみません!」


 この手紙書いたやつ、絶対ぶっ飛ばす。

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