男子校に入学したはずなのに、体力テストで強者な件
昨日は大変だった。
女装用の胸のコルセットをつけたまま妹のもとに行ってしまい、そのせいで若干変な目で見られた。
……うん、若干。
まあ、妹は馬鹿だからこれは大胸筋を鍛えた結果だと思っているらしい。カフェであったときに名前を告げなかったのも気が付かれなかった要因か。
今日は平和だ。
カオリに絡まれることもないし、駅で変な奴に体当たりされることもない。ついでに、カオリのクラスメイトとかいう男嫌いに会うこともないだろう。
もはや三日目ともなれば間違えない、いつもの景色を歩く。昨日のカフェの前を通り、女装集団が百人単位でぞろぞろ歩いている、一見ヤバそうな道をその一員となって通る。
昨日は駅でユウキに会ったが、今日は校門前で後ろからアオイに飛びつかれた。
「おーはよっ!」
「うわぁっ!」
驚いて少し体勢を崩す。
「あれっ、もしかしてカヅキ、運動神経いいほう?」
まったくそんなことはございません。平均ぐらいです。
でも、友達の前では少し見栄を張りたくなるのが男子というもの。
「ま、まぁ、多少はね?」
「すごいなぁ、今ので体制崩してからのお姫様抱っこ狙ってたのに。」
なんちゅうもん狙ってんねん。ていうか、当たってる!その!やわらかい!お胸が!無機物だけど!
それに、ベルガモットの香水と思われる匂いまでしてくる。やばいって。今は女装中なの!たったら立てなくなる。
同じ活発系美少女でもカオリは絶壁だが、アオイのは……結構ある。コルセットの力って偉大だ。
今度カオリにもコルセット進めようかしら。うふふ、指がなくなりそうだわ。
「まぁ、今日は新体力テストだからね。このデータは、実はこっそり各部活の部長に回されているとかいないとか……。」
「ほ、本当なの!?」
「まっさかー!冗談冗談!」
アオイはバシバシ背中を叩いてくる。だが、冷静になって考えればそれが自分にとって意味のないことだと気が付く。俺の運動能力は、平均だ。
「おはよう、二人とも。何か面白い話でもしていたの?」
手に持つ小説……よりも相変わらず目を引く栞には、「食い散らかされたビート板」とある。だからどこでそれ売っているんだよ。
「今日は体力テストだからよ、それについて話していたんだ。」
アオイの声で我に返る。
「そうなの!だから、楽しみだねって。」
ユウキは少し苦笑いした。
「そう?私は運動が全然できないから、そこまで楽しみにはできないわね。」
なるほど、でも、そうやって言う人に限ってできたりするんだよなぁ。
時は流れ、三限目。
俺は、20分休みの間に再びトイレで着替え(理由:ドキドキしたから。)、体育の体力テストを行った。
結果は……総合得点、クラス2位!?一位はアオイだ。普段の発言や動きに、運動能力の高さがあふれ出ているから、よくわかる。だが、俺が2位?
「あの、なんかの間違いじゃないですか?」
体育のゴリラ教員「リラ」に聞くと、
「そんなことはない。1位の田中もすごいが、佐藤も十分すごいぞ!男子ですら引け目をとらぬ筋力!ぜひ、運動部に入ってほしいものだ!」
な、なんだって……。みんな、女子の平均を狙って出していたというのか。アオイはもしかしたら、どうしても譲れないプライドのようなものがあるのかもしれない。だが、俺には別にそんなものはない。
……はっ!?逆に、長座体前屈だけはクラスでもビリだった。
女子らしい結果をだせなかったというのか!
「ユウキ、ごめんね、なんか。」
「気にしないで。私が運動苦手だったのは前からだから。」
めっちゃ気にしているじゃないですかぁ。
俺が男子そのものの結果を出しちゃったもんだから、すげえ怒ってるよ……。
俺は男女差別をするつもりはない。だが、生物的に差が出てしまうのは仕方がないとも思う。これだけは心の中で断っておこう。
さて、相変わらず着々と俺の中のトラウマを増やしてくれているひそひそ声は
「見てください!佐藤さん、握力40kg越えていますわよ!」
「田中さんも反復横跳び70ですって、すさまじいわ。」
今回はアオイもセットで皮肉を言われている。
いくら女装が拙いからって、もう少しお手柔らかにお願いできませんかねぇ。
そんな俺の心の声はつゆ知らず、リラがざわざわするみんなに対して、
「片付けするぞー。成績加点はできないが、俺からの印象を良くしたい奴はぜひたくさん荷物を運んでくれ」
そのリラの話を聞いて、みんなの行動は2つに分かれる。
一つは、高校生にもなって手伝いなんて面倒だというもの。
もう一つは、体育の成績に自信がないから、覚えをよくしてもらおうというものだ。
クラスは約40人。そのうち、片付けに参加したのは10人弱。うち3人が、いつものメンツだ。
「おっ、あと2つかぁ。じゃあ、1位のうちはあとの二人に譲ってお先に失礼するぜ!」
アオイは、冗談めかしてそう言って、帰ってしまう。あとちょっとで勝てたのに。
それに、ここで返ってはユウキがかわいそうだ。ここは手伝おう。ユウキが立ち幅跳び用の物差しを、俺が握力計の入った箱を持つ。
「それにしても、この学校の体育倉庫は広いね。」
ユウキが、少し驚いていう。確かに、体育倉庫の大きさではない。どちらかというと横浜の赤レンガ倉庫のようだ。
「本当に大きいね。これだけ広くて、迷子になったりしないのかな。」
「体育倉庫で迷子とは、カヅキってば、本当に面白いことを言うのね。」
「だって、この広さならおかしくないでしょ?」
「確かにね。」
などと、本当に他愛ない会話をしていると、ユウキが余計な事を言った。
「漫画とかだと、こういうタイミングで体育倉庫のカギがかけられて、主人公とヒロインが閉じ込められたりするよね。」
ばたぁんと音がする。
俺は一瞬ひやっとしたが、鍵をかけられたのではなく、入り口付近のマットが倒れた音だと気が付き、安心した。
「まあ、ここが共学だったらまさしくそのシチュエーションだけど、ここは共学じゃないでしょ。」
男子校、というとユウキが怒るかと思い、その単語を避けて言う。
「そうね。それに、本当にそんなことをしたら学校の責任が問われちゃうから、普通は中に人がいないか、確認するものね。」
そこまで言ったとき、ユウキは固まる。
カシャン。
「今のって、何の音?」
「……鍵がかかる音に聞こえたわね。」
「もしさ、マットが倒れる音で、確認の声が届かなかったら、確認の意味ないよね?」
「そういうことも、まれには起こるかもしれないわね。」
「つまりさ、今の状況ってさ。」
「閉じ込められたみたいね。」
おいおい、なんで男子校にきてまで、こんな倉庫に閉じ込められるイベなんて起こさないといけないんだ。
「落ち着くんだ、ユウキ。ここには幸い、燃やすものならいくらでもある。こういう時は、燃やして熱を確保するんだ。」
「あなたが落ち着くのよ、カヅキ!この倉庫は冷暖房完備で、しかも今は春よ。
学校の備品を燃やしたら怒られるし、火災報知機も作動する。
そして何より、こんなところで火を焚いたら、一酸化炭素中毒になるわ。」
「一酸化炭素ってなんだ?」
ユウキが、信じられなものを見る目で見てくる。俺は、高校の予習なんてしていない。
「一応言っておくけど、中学の範囲だと思うわよ?」
……マジか。
「それより、ここからどうやって脱出するか、考えましょう!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます