男子校に入学したはずなのに、帰り道に妹と遭遇した件

 うちの妹の名前は、ユイという。


 妹・ユイの制服と声を兼ね備え、いつもつるんでいる2人と一緒にいる……のは、もちろん妹だった。


 ここで一句。


そうだよな。そりゃそうだよな、妹よ。兄の恥じてる、姿を見るなや。 カヅキ


 仕方がないとはいえ、こんな姿を見るんじゃない。ユイの友達の、河合ちゃんと森川ちゃんだっけ。頼むから、こっち見ないでくれないかなぁ……。


「か……」


 やめろ、名前を呼ぶんじゃない……。


「かわいい!」


は?


「可愛い上に優しいとか、なんですかそれ天使かなにかですか!?」


 いや、お前らがなんですか。


 ちなみに、カオリのように普通に話していられる訳じゃないが、このふたりとは比較的まともに話せる方だ。


 以前、ユイに、


「おにーちゃん社会不適合者だから、少しぐらいは話せるようになった方がいいよ?女子と?」


 と言われ、家に連れてきた時に、引きこもっていた俺を引きずり出して無理やり話させた。


「今日の天気とかから話せばいいでしょ。」


 と言って、週間天気予報みたいな内容を30分に渡り話させられた嫌な記憶はあるが。


 さて。回想という名の現実逃避はこれぐらいにして。この状況、どういうことなんだろうか?かわいいってさ……


 いや、たしかに可愛いのかもしれない。けど、まさか気がついてないなんてことないよな?カオリにも気がついて貰えなかったけどさ。


 特に我が妹よ。気が付かないでくださいだけど、気が付かないってどうなのよ。


「あの、私も来年高校受験なんですけど、どちらの学校ですか?」


 妹に敬語を使われ慌てる俺の横で、ユウキが、


「常楚高校です。私たちも入ったばかりですが、とても楽しいところですよ。」


 と親切丁寧に教えてあげている。だが、男子校か女子高かまでは言っていない。うまいなぁ。


「なるほど!来年、私もそこに入ります!ぜひ、待っていてください先輩!」


 気が早い先輩呼ばわりに俺はあきれる。常楚は男子校の偏差値が65。女子高でも60。ユイの偏差値……20。どうしてそうなったと突っ込みたいが、しかたがない。


 本人曰く、


「受験会場、間違えただけだよ、お兄ちゃんの意地悪!」


 とのことだが、お前は受験で間違えてもそんなこと言ってられるのか。


 兄として若干、いや、かなり不安だが、校舎が違う以上、学校に一緒に行くこともできないからなぁ。


「難しい問題もあるけど、大丈夫なのか?」


 自身も勉強が苦手だというアオイがきくと、


「こう見えて、結構頭いいんですよ私!テストで百点をとったこともありますから!」


 と、「小学校の頃に」「学年間違えて4つ下のを受けた」テストについて自慢している。気が付かれたくないから指摘できないけど。


「いいねいいね!」


「じゃあ、私もそこにする!」


 河合ちゃんと森川ちゃんもそれに賛同する。この二人のレベルは知らないが、進路の決め方からして決して勉強ができる方ではなさそうだ。


「ちっ、ちなみに、お二人は勉強は?」


 俺がさりげなく聞くと、


「この前のテストは偏差値で83でしたよ。」


「私はすごく失敗しちゃって、79でした。」


 やべえ、マジすんません。


 心の中できちんと土下座する俺に、さすがのアオイとユウキも目をむいている。そりゃそうだ。


「私たちよりとても頭いいじゃないですか!」


「うちなんかじゃなくて、もっと頭いいところ言ったら?」


 おっしゃる通りだ。


「いえ、まずは高校生活楽しまないといけませんから!」


「そうですよ!皆さんみたいな仲のいい三人組、っていいじゃないですか!」


 確かに、女子の三人組は難しいって以前カオリがぼやいてたけど!女子じゃないからね?


 そんな俺の心の中での突っ込みをよそに、


「ま、まあ、本を読むより友達といる方が楽しいですけど……。」


 入学式直後と持っている本が変わっているユウキが言う。栞には、「ぺんぺん草と対空砲」と行書で書いてある。相変わらず、本の題名よりそちらに目が行く。というか、その栞どこで売ってるの?


「うちも、部活は言ってもこの二人とは別々に行動したりしないかもな。」


 アオイもアオイで嬉しいことを言ってくれる。あって二日目なのにここまで心を開ける友人は初めてだ。カオリですらも、打ち解けるのに少し時間がかかったのに。


 ここは俺も何か言わねば。


「私も、ここまで心を開ける友人は初めてですよ。高校での人とのつながりは将来を作るとは、本当だと思います。」


 と、すこし臭いな、というぐらいのセリフをいった。少しかっこつけすぎたかな、と思い、二人を見ると……。


 ユウキもアオイも目を潤ませている。


「そう思ってくれて嬉しいわよカヅキー!」


「ずっと、親友だぞ!」


 二人そろって、目を潤ませながら抱き着いてくる。ほんと、その体全体の柔らかさ、いくらのコルセット使ってるの?


 周りの人に見られていないか目を走らせると、近くの席のおばさんたちが


「なんて青春!」


「頑張るのよ、たった一度の三年間!」


 とキラキラこっちを見ている。


「二人とも、周りに見られているから……。」


 とつぶやくも、二人には聞こえていない。


 まあ、確かに美しい友情なのかもな。全員女装だけど。






 その後落ち着いた二人と駅で別れ(会計になぜか頼んだ覚えのないチョコケーキが。ユイが頼んで、アオイが食べたらしい。申し訳ないから金は払った。)、家に帰る。今日は、途中でカオリに襲われたりはしなかった。


 ただいまは言わず、先に返っている妹にばれないように部屋へと入る。


 急いで制服から着替え、女装セットを隠す。洗面所へ向かう途中で玄関により、


「ただいまー」


 と妹に声をかける。


 洗面所で手を洗い、うがいの水を口に含むと、、走ってきたユイが、


「聞いて聞いてお兄ちゃん!今日ね、すっごくかわいいお姉さんに会ったんだよ!」


 ブッシャァ。


 うがいしていた水をすべて吐き出した。


「そうなの?それはよかったね。」


 プルプル震える手でコップに水を注ぎなおし、口に含む。


「声もすっごくきれいでね、お兄ちゃんのさっきのただいまを、もっときれいにした感じ!」


 ブッシャァ。


「さっきからどうしたの?汚いよ?」


 妹に言われ、慌てて口を拭く。


「な、なんでもない!」


 さっきの声がうっかり女声だったのを思い出す。気を付けないといけないわね。


「わかった、お兄ちゃん、美人とかかわいい人とか苦手だもんね!」


 もういいやそれで。


「そ、そうだな。」


「お兄ちゃん、胸のあたりが膨らんでるよ。いつの間に大胸筋鍛え始めたの?」


 ブッシャァ。


 今度は、ストレスと焦りに耐えかねた俺の胃に穴が開く音だった。

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