男子校に入学したはずなのに、下校路でも女装している件
これまた最近の教育の賜物なのか、全部洋式の個室にすり替わっていたトイレを出て、待っていたユウキとアオイに「お待たせ」と声をかける。それにしても、新任の先生のためにトイレの看板まで入れ替えちゃうのはやりすぎな気もするが。
「しっかし、今日は大変だったねぇ。」
朝の出来事は休み時間のうちに話していた二人に、同情される。そういえば、朝ぶつかってきた人は男子用の制服だったが、よかったのだろうか。
まぁ、全員女子用の制服だったし、トイレかどこかで着替えたのだろう。
入学式ということもあり、親と帰る人も多い中、二人はうちと同じ共働きらしく、親は来ていなかった。
「ほんと、彼は学校に間に合ったのかな……。
まぁ、そんなことより、アオイはバスケ部でしょ?ユウキは何部に入るつもり?」
あいつとぶつかってから、俺の人生は変わり始めた。そんなそこはかとない謎の予感があったので、無理矢理話題を変える。
「私は、文芸部か、ボランティア部かな……。」
「なるほど!似合ってるかも!ということで、カヅキもバスケ部に入ろう!?」
「どさくさにまぎれて勧誘すんなっての!」
女声にしては少し乱暴な言葉遣いとも思ったが、気にしては負けだ。
そうこうしているうちに、駅に着いた。ここは不運なことに、二人は反対方向なので、駅で二人と別れると、ドアのアナウンスを流している電車に駆け込む。
「うおっ」
「きゃっ」
飛び込んだ先には、偶然カオリがいた。
「すみませ……って、なんだ、カオリか。」
「なんだとは何だ!キチンと謝れ!」
頭を小突かれる。
「いてっ。やめろやめろゴリウー。」
「誰がゴリラだ!」
言わなくても伝わったらしい。さらに頭を強く小突かれたので、仕返しに、
「痴女って叫んでやろうか。」
と脅すと、
「そしたら私も叫んで、刑務所の女性用の監房に入れてやる。」
と脅し返してきた。俺は女が割と本気で苦手なので、
「マジですんません。」
と謝る。
「ていうかカヅキ、あんた、女声が板についてきてない?」
「ああ、それなんだけど、どうも、女性の新任の先生がいてさ。」
「……は、はぁ?」
「その先生が学校に慣れないだろうから、全員女装のことって通達があったと思うんだ。」
「お、思うね……?」
「そう。俺のところには偶然届いてなかったみたいだけど、これまた偶然女装でよかった!」
「そんな偶然あるわけないだろ……。」
「しかもみんなすっごくクオリティ高かったんだぜ!
俺なんか目じゃないぐらいに!」
「そういえば今日、廊下で今のあんたに似た人を見かけた気が……。」
「やっぱり、明日も女装の方がいいのかな?みんなクオリティ高かったし。」
「いや、聞けよ。」
「だとすると、やっぱり骨格と筋肉かなぁ。食べ方とかも変えないと。」
「聞けって!」
「電車の中は静かにだぞ。」
がすんと殴られる。冗談抜きで痛い。
「電車の中で暴れるな。」
指をとられる。人間の指はそっちには曲がらない。
「俺は人間だ。」
というと、なぜか手を放してもらえた。
「今度、鏡見て『お前は誰だ』って1000回言ったら許してやる。」
「それ、こないだネット記事のリンク送ってきた、気が狂うって有名な奴じゃん!
許すって言わないよそれ!」
「電車の中は静かにだぞ。」
「ぎゃふん。」
「文字通りいうな。」
心の中で言わせてもらおう。ぎゃふん。
「てか、あんた本当に明日も女装すんの?」
「そりゃ、みんながしてる中で俺だけ一人女装していなかったら、そっちのがおかしいだろうがよ。」
「そりゃそうだけど、そうじゃなくてさ。学校にいた、あんたみたいな人ってまさかあんたじゃ……。」
「おいおい、いくら俺が少し天然入っているからって、さすがに女子校と男子校は間違えないぞ?」
どうやら、俺が間違えて女子高に通ってしまったと勘違いしているらしい。
「さ、さすがにそうだよな。明日その人見つけたら、謝っておくわ。」
「そういや、俺のところは明日身体計測だって言ってたぞ。お前らのところはどうなんだ?」
「女子に聞いていい内容じゃないだろ、少しは考えろよ……。ん?明日って言った?」
「言っとくけどなぁ、俺がお前のことを女子としてみていたら、こんな風に話せないだろ。
俺は重度の女子嫌いなんだぞ。」
「それは……知っているけどさ……。」
「だからお前は男子扱いでい」「いわけあるかっ」
重ねて指をべきっとやられる。くそ痛いので、包帯でも巻いておこう。
「痛いなぁ、指はおるなって、以前から何回言ってると思ってるんだ。」
「まだ17回目だろ。」
「手の指って何本か知ってる?」
「足の指も合わせれば20本だな。」
そういう問題じゃなくてだな。
「そういえばお前、明日も女装するなら、きちんとした女装キット買った方がいいんじゃないの?」
「そうだな。駅で買い物してから帰るから、先帰ってていいぞ。」
「そう冷たくするな。付き合ってやるからよ。」
本当に、こういう時は心が広い。全体的に広くあってほしいものだ。というか八割面白いからだろうが……。
目の前で買うともう一本やられかねないので、新しい包帯は買えなかった。
買い物終わりの公園で、「少し遊ぼうぜ。」と言われ、朝と同じ公園に寄る。
今日は驚きがいっぱいで、一日がやたら長かった気がする。驚きがいっぱい、略しておっぱ……
「ここさ、うちらが初めて会ったところだぜ。覚えてるか?」
考えは中断した。
忘れるわけもない。こいつとの出会いは、それはそれは衝撃的だった。主に物理的に。
「さあな。きっと思い出したくもない気がする……。」
この公園は小さく、頑張れば子供でも飛び移れるぐらいに遊具の間隔が狭かった。
だが俺は小さいころから運動が好きでなかったので、砂場で山を作っていた。そこに、滑り台のてっぺんからジャングルジムに飛び移るのに失敗したこいつが降ってきたのだ。
「まあまあ、そういうなって。
おかげで今じゃ、大親友じゃん?」
「指はちょくちょく折られるけどな。」
「もう何本か逝っとく?」
「字面でまで折るな。」
こいつの考える字なんてすぐにわかる。だてに長い付き合いじゃないからな。
「まぁまぁ、そういうなって。」
「いや、言うだろ。」
「ほら、明日も学校あるし、女装するんだろ?今日は帰ろうぜ。」
遊ぼうといったのはお前だ、というのは心の中にとどめておく。
「また明日なっ!」
こいつはこいつで、アオイとは違ったニパッと笑いを見せてくれる。柄にもなくどきっとしながら、軽く手を振り返して、同時に振った頭で考えなおす。
そもそも、あいつの場合は俺の指をどきっと、もとい、ぼきっとさせてくれる。
さて、包帯だけ買って帰るか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます