男子校に入学したはずなのに、入学式全員女装な件

「こら!そこの君!そんなところで何をやっているんだ!」


 女装している俺が、校門のところで禿げ頭の先生に怒鳴られる。まあ、当然だろう。男子校とはいえど、先生までノリがいいとは限らないからな。


「すっ、すみません!この格好はっ!」


 駅での失敗を生かして、今度は間違えて地声が出ないように走りながらも少しづつ練習したのが、裏目に出た。先生相手にも女声で話しかけてしまったのだ。


「あっ、えっ、えっと、これはですね。」


 やばい、地声ってどうやって出すんだっけ。


「そんなことはいいから!もう始まるぞ!早く来なさい!」


 え、そっち?というか、始業式と入学式ってこんなに早かったっけかな?


 まあ、そんなことを言っている場合じゃない。早く弁明しないと。


「遅刻してきた生徒を見つけました。おそらく、一年の佐藤カヅキと思われます。

 さあきみ、早く来るんだ。」


 ええ、ちょっ、まっ。


 無理くり押されてはいった体育館は……女装男子が一面に広がっていた。


 だってそうだろ?ここは男子校なのに、女子の恰好している奴だけで埋め尽くされているとか、女装男子しかないじゃん!


 いろんな格好の奴がいる。無口そうな子、元気そうな子、あっ、カオリに似た子もいる。ていうか、みんなクオリティ高くね?


 最近の性差別対策がきちんとできている証拠なのか、先生たちもみんなあたりまえのような顔をして座ってるよ。驚いてるのは俺だけだ。


 校長先生も、在校生の言葉も普通だ。うちの母親は仕事があるから来れないとか言っていたけど、保護者も普通にしている。もしかして、俺がおかしいのだろうか。


 全員が女装していて、それが普通に受け入れられていること以外は全く持っておかしくない入学式を終え、生徒指導の先生に連れられてホームルームへと向かう。


「佐藤カヅキ君、だね。ここ、1年2組だ。今日のところは見逃してあげるから、明日からは遅刻しないようにね。」


 おそらく体育科と思われるガタイのいい先生は、見た目と肩書の割に優しかった。かわいそうだから、あだ名は「ゴリ」ではなく「リラ」にしてあげよう。


「はい!ありがとうございます!」


 畜生、郷に入っては郷に従え。思いっきり女子声で返事をしてやる。それにしても、なんで誰も「ここ男子校じゃねーのかよ!」って突っ込まないんだろう。


 横開きの扉をガラッと開けると、中からは女子のようないい匂いがしてくる。匂いまでいじくるとか、本当にみんな女装のクオリティー高いな。俺なんてタオル巻いただけだぞ。


 あまりの自分の女装の下手度に絶望しつつ、リラに教えてもらった自分の席に向かう。周りからひそひそと声が聞けてくる。


「あの方、すごくおかわいらしい。」


「ええ、歩き方からして、きっと高貴な方に違いありませんわ。」


 といった、俺の女装の拙さを皮肉るお嬢様風女装組や、


「あの子、遅刻しちゃった子だよね?まあ、朝辛い日だったなら仕方ないかぁ。」


 などという、よくわからないことで校門のハゲ教師を非難する声もある。味方がいるのは心強いが、あの教師も職務を全うしただけだと思うのだが……?


 とはいえ、誰に絡まれることもなく自分の席に座る。隣の席では、黒髪でショートカットの女装男子が、厚くない眼鏡をかけて、分厚い小説を広げていた。


 その女装男子が、なぜ女装していると確信したのか自分で疑問に思い、上から下まで眺めていくと、服装がスカートだった。


 俺はズボンでいいやと適当に決めたので、少しそこは恥ずかしい。同じ女装組として、しっかりやるべきだったか。


 さらに再び視線を上げていくと、とっ!気が付くとしっかり大きい、発育途中を想像させるお胸がっ!て、何考えているんだ、俺。落ち着け、相手は男子だ。


 いくらすごくかわいくて、胸もあって、天使に見えても、相手は男子だぞ!落ち着くんだ!


 頬をパンッと叩くと、その女子が顔を上げ、首をかしげる。


「何か?」


 透き通るような声と、ふわっと香ってきたラベンダーの匂いは、相手を女子だとすら思わせる。


「いっ、いえ!なんでも!

 ただ、せっかく初めての席が隣りなのですから、仲良くなりたいなぁ、と……。」


 すると、その女子は、読んでいた小説に「ソーダコンソメ」と行書で書かれたしおりを挟み、パタンと音を立てて閉じた。


「そうですね。あなたは遅刻でしたから知りませんでしょうが、この席は一年続くそうです。よろしくお願いしますね。」


「よっ、よろしくお願いします!私、佐藤カヅキと申します!」


「私は、浦和ユウキと言います。よろしく、カヅキ。」


 手を差し出してきたので、握手する。手、柔らかっ。俺の手はごつごつしているので、そこも女装不足か。


 同じところにユウキも違和感を覚えたらしく、


「手、丈夫ですね。何かスポーツをしているんですか?」


 と聞いてきた。なるほど、女装が甘い俺が、設定を持っているかのテストだな?


「中学の頃はバスケを部活でやっていたので、そちらの影響かもしれませんね。」


 幽霊部員だけどね。


「そうでしたか。高校ではバスケはやらないのですか?」


「うーん、今は考えていないですね。」


 そういった俺の背中にがばっと何かが覆いかぶさってきた。


「バスケやってたの?うちもなんだ。いっしょにはいろうよ!」


 なっがーい金髪のポニーテールを垂らした、俺より少し身長の高い女……装男子だ。ねえ、背中に何か当たってるんだけど?柔らかくない?君の胸?


「え、え、え、いやぁー。

ちゅっ、中学の頃も弱かったですから……。」


「そういわずに入ろうよ!

おっと、自己紹介忘れてた。うちは田中アオイ。よろしくね!」


 お日様のような笑顔でにぱっと笑いかけられると、相手が男子とわかっていても緊張する。


「さ、佐藤カヅキです。よろしく……。」


「浦和ユウキです……。」


 ユウキも、このテンションにはついていけないらしい。


「ノンノン!二人とも、同級生なんだから、敬語じゃなくていいだろー!」


「そ、そう?なら、よろしくね、アオイ……。」


 俺もユウキも戸惑い気味だが、アオイと握手する。すごい力でブンブン振られた。


「それにしても、カヅキ、手ぇがっしりしてるね。実はすごい選手だったりする?」


 もちろんかけらもそんなことはないので、手を横に軽く振る。


「いや、そんな、私はほんと、弱いよ?」


「えーっ、強い人ほどそういうもんだけどなぁ?」


 やばい、これは女装が下手だと問い詰められているのか?というか、思考を一時停止したまま放置していたけど、なんでみんながみんな、女装しているんだ?


 俺が返答に困っていると、ちょうどよく先生が入ってきた。おそらく、新卒の若い先生だろう。美人なのはいただけないが、クラス全員が女装している以上、この人も女装したイケメンだったりするのだろうか。


 しかし、Yシャツを押し上げているふくらみのサイズ的に、詰め物やなんかでどうにかなるレベルじゃない。でかい。こりゃ、本物の女子だ。てか、男子校にこんな若い先生一人でクラス担任って……。


 しかし、ここで急激に回転した俺の脳は、ある答えを導き出す。そうか、つまり、この先生が男子の出す熱気にあてられないように、みんなに女装をするように指示が下りたのか。


 俺のもとには電波障害で連絡が届かず、若い先生だからみんな張り切って女装しているのか!


 ネットには、男子校では、若い女の先生がアイドル的な扱いを受けることが多いと書いてあった。


 この先生が、次期のアイドル候補なら、みんなが女装していてもおかしくない!これで、先輩たちやほかのクラスの人も本気で女装に臨んでいる理由も分かったぞ!


 やっぱり俺は、天才じゃないだろうか。明日から部活見学がどうの、と話す先生の言葉を聞いてアオイがニパッと振り返ってきたのに手を振って返しつつ、優越感に浸るのだった。

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