ランゲルハンス島奇譚 外伝(3)(短編)上弦の月

乙訓書蔵 Otokuni Kakuzoh

上弦の月


「変わったわね」


 クイーンオブハートのシナモンロールを片頬に寄せるプワソンは俺を見据える。


 何が変わったのか全く見当が付かない。待ち合わせに利用するこのカフェはつい最近オープンしたばかりだし、服の趣味も香水も変えてない。


「何も変わらないよ。君は相変わらず麗しい王妃様ひとづまだし俺は相変わらずの独身貴族さ」


「話をはぐらかす所は相変わらずね」


 プワソンはシナモンロールを嚥下する。


「随分献身的だそうじゃない? 週に四日は海へ通ってるって聞いたしその度にお菓子や花を持ってくるって聞いたわ」


「誰に聞いたの?」


「本人よ」


「……参ったな。君達女性って生物は情報伝達と共有が優れている」


「時々集まるの。魔術師、薬の調合師、パティシエ、水マッチ職人、洗濯屋の店主……みんな仕事を抱えているから半年に一度くらいだけど。前回はニエの家に集まってハンスの手料理を楽しみながらおしゃべりしたわ」


「へえ。奥方とその友人達の為にキッチンに籠りっぱなしだったのか。夫婦仲良さそうで何よりだ」


「あなた達も仲良さそうよね。去年の街のお祭りでは一緒に歩いてるの見かけたし、あの子が口を開けばいつだってあなたの話。約束を必ず果たす義理堅い男って聞いたわ」


 口角を下げていつもブー垂れてるカナが俺の話をするなんて……。


「驚いたな」


「驚いたのは私」


 プワソンは青いロゴが刻まれたマグに口を付けると話を紡ぐ。


「義理堅いとかチャラついたあなたから連想出来ない言葉だもの。でも……泣かせた女の子にちゃんと笑顔を返してあげたってあの子から聞いたわ」


「参ったな。それも筒抜けか」


「……まさか二股かけてるんじゃないでしょうね? あの子を騙したら承知しないわよ?」プワソンは穏やかな垂れ目を吊り上げた。


「心外だな。……許されるとは甘い事思ってないけど誠心誠意謝った方がいいと思って菓子折提げてジーナの家に行ったんだよ」


「管理者のあなたにそんな事やられたら許すしかなくなるじゃない」


「まあ聞いてよ。そしたら土下座する間でもなく門前払いさ。日を改めて謝りに来ようとノブに紙袋を掛けて踵を返したらドアの向こうからお腹が鳴る音が聞こえてね。可愛い音じゃないんだよ。それこそ幾日も満足に食べてないって悲痛な音。『大丈夫?』って聞いたら泣き声が聞こえるんだよ」


 相槌も打たずにプワソンは見据える。……ケイプと夫婦喧嘩する時もこんな顔してんだろうな。


「お菓子じゃ栄養にならない。『お菓子食べて待ってて。美味しい物沢山持ってくるから』って家に戻って色々作ってね。それ抱えてまた訪ねたんだ。そしたらやつれたジーナがポーチに座り込んで待っていてくれた。……職にあぶれてもう五日もまともに食べてないらしい。家賃も数ヶ月滞納して大家に追い出されそうって泣いたんだ。……笑顔を返すどころかまた俺泣かせたんだよ」


「手料理で手懐けて寝たりしてないでしょうね?」


「しないって。俺にはカナだけ。肝心の人魚姫様は俺を全く相手にしないから辛いな……。だけど君にとって俺ってどれだけ鬼畜なんだよ」


 プワソンはさくらんぼ色の唇を尖らせる。


「……で、どうなったのジーナは?」


「彼女、絵描きなんだ。でも当たらなくてさ。風景画や人物画、素人の俺が見ても正直欲しいとは思わない。特徴を捉えているけどありきたりなんだ。描けば描く程食うに困るんだよ……絵の道具って金食い虫だからさ。だから仕事を紹介したんだ。俺のマッチ箱に分かりやすい絵を描いてよって」


「そう言えばあなたマッチ職人だったわね。あまりにもプラプラ遊んでるから忘れていたわ」


 辛辣だな。カナの口のエグさって彼女の管理者だったプワソンの所為かもしれない。苦笑いを浮かべてバジリスク豆のエスプレッソを呷ると続きを紡ぐ。


「『fuego』って書かれただけの箱って味気ないなって以前から思っててさ。それに字が読めない子供が水マッチと勘違いして使うかもしれない。危ないだろ? 分かりやすい絵があったらなって思ってたんだ。絵を字と一緒に描いて貰う事にしたんだ」


 ジャケットの内ポケットからマッチ箱を取り出すとプワソンにラベルを見せた。


「このラベル有名よね。尻尾に火が灯った目つきの悪いサラマンダーをぐるり囲むエキゾチックな花輪……かっこいいって評判よ」


「うん。これが水マッチを使う花タバコの愛煙家にも区別しやすいって評判になってさ。この手の絵と文字が一緒になった……ロゴって言うんだっけ? そこかしこから依頼が来るようになって今じゃ島中ジーナが作ったロゴだらけ。クチバシ医者の店もハーピーの郵便もこのカフェだってジーナのロゴが宣伝になっているんだ」


「ジーナは絵描きよりも看板屋、デザイン屋だったって訳ね。……なるほどね、家賃や食料の不安も解消して彼女に笑顔を返せたのね」


「『それだけじゃ気が済まない』って片頬を思い切り張られたけどね。今じゃ素敵な彼氏と婚約中だってさ。幸せそうで何よりだよ」


 先程とは打って変わり唇に笑みを湛えるプワソンに俺は微笑み返した。すると店の入り口から俺を呼ぶ声が聞こえた。


 目が節穴の物書きだ。フシアナは短髪をバリバリと掻きつつ物珍しそうにギフトコーナーのマグを手に取りフード什器をまじまじ眺めるともう一度俺を呼んだ。


 挙げた手を振るとフシアナは気付いた。マグを棚に戻すと鬼を偲ばせる速歩でこちらのソファ席に向かう。……フシアナはハンスから預かった(世話を押し付けられた)売れない物書きだ。歴とした生者で現世住まいだがこの島の話を書く為に取材に来島している。悪魔たるハンスの熱心な信徒で一生をこの島話に捧げるらしい。取材中余計な真似をしないよう、とハンスから目付兼ガイドを俺は仰せつかった(ニエもガイドだ。しかしフシアナはカナの取材をしたいらしいので今日は俺がガイド役だ)。


『おう昨日ぶり。プーさんも取材に同行するの? シナモンロール美味そう。くれ』とフシアナは遠慮なくプワソンの隣に座す。昨日、プワソンのおしゃべり弾幕の洗礼を受けた癖に無防備な奴だな。プワソンは親しくない女性と見ればおしゃべりせずにはいられない。おしゃべりが交流を生むと信じているのだ。一度捕まれば小一時間は拘束される。


 プワソンの口が開きかかるのを遮り『そろそろケンタウロスが来るから行こう』と出立を促した。『儂もバジリスク豆のエスプレッソ飲みたかった』『黒猫のタンゴも飲みたかった』『官僚的なソナチネー』『マグカップ買っていい?』『アフターミントの缶々可愛かったな』と唇を尖らせるフシアナは俺の配慮に全く気付いていない。


「いいから。待たせたらいけない」


 ケンタウロスを、とのつもりだった一言が俺とカナの仲を知るフシアナには別の意味に聞こえたらしい。野卑な口笛を吹き『ぃよっ! 色男』と囃し立てられた。……ガイド二日目だけどもう疲れたな、俺。


 プワソンに軽く挨拶をして店を出るがまだケンタウロスはいなかった。四辻の女神像は午後の日差しを受け柔らかに輝き、ドラゴネットのケーキ屋は今日も客が行列し、午前の仕事を終えた店主達はベンチでランチを広げて一杯きこしめしている。喉かだ。


『タウロスいないじゃーん』と文句を垂れるフシアナに『クッキー買えた?』と問う。フシアナはこっくり頷き、ドラゴネットの店を指差した。


「そりゃお疲れ様。何年経ってもあの店は行列なんだ。それ程美味しいんだ」


「だったら尚更食いたいけど……今日はお近付きの徴って事で全部渡さなあかんなぁ。一枚分けてくれねぇかな?」


「カナはそこのクッキー大好きだから喜ぶよ」


「そしたら写真撮らせてくれるかな?」


「うーん……それはどうかな?」


「じゃあフォス君をもう一枚撮らせろ。ブロマイド売る」


「はいはい。また今度ね」


 携帯電話とやらのカメラを押し付けるフシアナを押さえつけつつ空を見遣るとうっすらと月が出ていた。病める儚い色の半月……上弦の月だ。今月も今日がやってきたか。


 カナを優先したいところだけど、今更『悪いけど取材はまた今度にして』と断ってフシアナをがっかりさせたくないし……どうせ今月も進展はないんだ。カナだって今更俺に言われてもウンザリするだけかもしれない。


 今日はフシアナを楽しませてやろう。俺はガイドなんだから。


 鳩尾がきう、と痛むが二頭のケンタウロスがやって来たので気にせずにフシアナを鞍上に上げてやった。




『日暮れに来て欲しい』とケンタウロスに前金で迎馬を取り付け、浜に降り立つ。乗馬経験のないフシアナの下馬を手伝ってやるとカナが海から浜へ上がった。……珍しい。いつもは呼ぶまで出てこないのに。


 午後の陽光を受け燦然と輝く白銀の鱗や無垢な色の豊かな髪、ルビーのように煌く濡れた血色の瞳のカナを眼前にしたフシアナは感嘆の溜息を漏らす。そりゃ綺麗だよな。俺も彼女を初めて見た時、固唾を飲んだ(その後平静を装って直ぐに口説こうとしたけど)。きっと人魚の中で……いや、女性の中で一番綺麗なんだろうなカナは。


「チャオ、カナ。今日はカナに会いたいって人を連れてきたんだ」


 鬼と見まごう速歩でカナに近づきたがるフシアナを牽制しつつカナへ歩み寄る。しかしカナは機嫌が悪いのかカチカチと歯を鳴らしていた。弱ったな。挨拶よりも先に甘いものを食べさせた方がいい。


「フシアナ、クッキー渡してあげて」


 そう囁くとフシアナは眉を下げる。


「え。でも名乗りも挨拶も無しに渡したら流石に失礼じゃない? 餌付けに思われるんちゃう? いや、餌付けだけど。でもアレするとアレだし?」


「機嫌が悪いんだ。ほら歯を鳴らしているだろ? あんな時は直ぐに渡すに限る」


「んー……分かった。フォス君がそこまで言うならそーする」


 こっくり頷いたフシアナはクッキーが入った紙袋を人魚に差し出す。


「これクッキーなんだ。お近付きの徴にどう」


 一瞬だった。『どうぞ』を言い切らぬ内にカナは紙袋を持ったフシアナの手に牙を剥く。


「ふおっ!?」


 しかしカナの毒牙よりもフシアナが早かった。瞬時に彼女は手を引っ込めた。紙袋を咥えたカナは『番犬ガオガオ!』と腹を抱えてゲラゲラ笑うフシアナと俺を睨め付ける。


「カナ! 女性になんて事するんだ!」


 カナは眉を顰めると紙袋を砂浜に放る。


「色気ない匂いだから男かと思った」


「確かに。儂、イタリアで坊やと間違えられた」


 余計な事を言うんじゃあない。茶々を入れるフシアナを軽く睨むと『フォス君怖―い。ハンスより怖―い』と口を噤んだ。……当の本人がハプニングを気にしてないのは唯一の救いだが。


 溜息を吐き、頭を掻き毟る。


「……どうしてそんなに機嫌が悪いんだ」


「どうもこうもないわよ。何の日だか忘れてくれるなんて」唇を噛み締めたカナは俺を睨め付ける。血色の瞳はいつの間にか潤み、白い鼻先も赤く染まる。


「上弦の月の日だろ?」


 そっぽを向いたカナは返事の代わりに頬に伝う涙を拭った。


「忘れる訳ないよ。カナが唯一許してくれた日だ」


「じゃあ何で女なんて連れてくるのよ。この日はニエだってキルケーだってみんな遠慮してくれるのに」カナは肩を震わせ声を震わせた。


「ハンスから彼女のガイドを仰せつかったんだ。彼女が君に会いたいって言うから」


「アタシは今日を大事にして欲しかった!」


「……ごめん」


「『ごめん』ばっかり! 嫌い!」


「じゃあどうすりゃ気が済むんだよ」


 カナは唇を震わせる。


「分かってない! 馬鹿! 大っ嫌いっ!」


 ……嫌いは堪えるな。片恋の女性の言葉なら尚更。


 言葉が出ない俺を睨みつけ、カナは海へと潜って行った。


 今まで積み上げてきた関係とか時間とかもうパーなのかな。だったら苦しいな。もう会えないのかな。……いや、会っても他人行儀になってるのかな。カナがいないと俺、寂しいな。


 引いては押し寄せる翡翠色の波を眺めていると紙袋を抱えたフシアナに背を突かれた。


「痴話喧嘩と夫婦喧嘩には首突っ込まないって決めてるけど、儂にも原因ありそうだから話してくんない? 何? 上弦の月を見たら大猿になって暴れるの? 人魚ってスーパーなヤサイ人なの?」


 溜息を吐くと俺はフシアナに流木に腰掛けるよう勧めた。




「ほーん。なるほどね」


 掻い摘んで話したがフシアナはブーツの爪先を動かし、砂浜に絵を描いている。……ちゃんと人の話聞いたのか?


 フシアナは爪先を上げると左右に振り、黒革に乗った砂を払う。


「フォス君としては恋人に進みたいけど、現世で心ないカスどもに乱暴されたり元旦那殺されたりした人魚がまだ心の準備が出来てないと。フォス君はお友達として付き合って辛抱強く人魚を待っていると。でも友達として長いとフォス君も人魚もフォス君の気持ち忘れちゃう。普段指一本触れる事は許されないけど上弦の月の日は人魚の手ェ繋いだり髪に触ったりしていいって二人で決めてたんだ? 序でに次に進めるようにその日は毎回『付き合ってくれ』って告白もしてたのね?」


 意外にもフシアナはちゃんと聞いていた。俺は頷いた。


「でも最近上弦の月の日も人魚はつれない態度だし、告白してもどうせまた振られるって諦観して儂のガイド引き受けちゃったのね? そしたら意外にも人魚が上弦の月の日を大切にしていたって事でよろし?」


 チキンになった事が悔やまれる。耳が痛いが頷いた。


「ぶうぁーか」


 遠慮のないフシアナの一言が胸に刺さる。ぐうの音も出ない俺は背を屈めた。


「諦めたらそこで終わりでしょーが。それにそーゆー日って絶対に忘れない。フォス君が誠心誠意待ってるから人魚だって甘えられるのよ? 毎回振って友達付き合いのままでも人魚は関係育んでるの。それが人魚にとっての心の準備なの。そんな月一の大切な日に何処の馬の骨だか分からんばばあを連れてきたフォス君、ローレンス以下よ。ヤリチンだった癖に童貞くさーい」


 雄として全く気の利かないクチバシ医者と同列……いやそれ以下にされた。彼には悪いが堪える。


「ちゃんと『大切な日だからガイドはまた後日』って断ってよ。儂が原因で夫婦仲とかカップル仲を引き裂くの耐えられんわ」


「……ごめん」


「ごめん言うならさっさと仲直れ。どら。おばちゃんが人魚の一本釣りをして進ぜよう」


 紙袋からクッキーを取り出したフシアナは流木から腰を上げると波打ち際へと歩き出した。そしてクッキーを一枚齧っては興奮する。


「むほーっ! ゾーディアックカカオ農園のチョコチップうめぇーっ! 流石ユウとリュウッ! 目の付け所がシャープ! あ、こっちはディオニュソスワイナリーのブランデーが入ってる! おっちゃん生まれてきてくれてありがとーっ!」


 波打ち際でクッキーを大騒ぎで貪るフシアナに波間から飛び出たカナが襲い掛かった。


「アタシのクッキー! 勝手に食べんじゃないわよ!」


 カナに押し倒されたフシアナは波に濡らされながらもゲラゲラ笑う。


「食べ物投げ捨てる雑魚にはあげまっしぇーん」


「アンタがアタシにくれたんでしょ! アタシのものはアタシのもの!」


 食べ物の恨みで目が吊り上がってるものの、カナの瞳の光は何処か楽しげだった。


 細波に濡れ子犬のように転げ回る二人に俺は近づいた。


 気配に気付いたカナは俺を見上げると口を噤む。それをいい事にフシアナは彼女の手からクッキーを取り戻すとモリモリ貪る。


「……何よ」泣き出しそうな瞳でカナは俺を睨む。


「ごめん。俺が悪かった」


「大嫌い。ごめんばかり聞き飽きた」鼻を鳴らしたカナはそっぽを向く。


「うん。俺も言い飽きた」


「……じゃあ何よ。土下座でもする気?」


 ……他人がいるとやり辛いな。視線を彷徨わせるとフシアナは俺の意図に気付いたらしい。ニヤニヤと笑みを浮かべてクッキーを大切に抱えその場を離れた。


 再び頬に涙を伝わらせるカナを前に波打ち際に膝を着いた。


「土下座なんてやめてよ! そんな事されたら友達じゃなくなっちゃう!」


 ごめん。また泣かせた。


 両腕を差し出すと泣き叫ぶカナを抱きしめた。




「んで仲直り出来ました?」


 海に背を向け砂山を作るフシアナに声を掛けようとすると問われた。


「……お陰様で」


 くるり振り向いたフシアナは俺達の繋いだ手を見つめる。カナは手を瞬時に離すと俺の背に顔を埋めた。


「およ。がっつり触ってんじゃん。荒療治か?」


「アタシから触る分にはいいの!」


 恥ずかしがるカナを眺めてフシアナはぐふふと笑う。


「『あとはお若い二人で』ってクールに去りたい所なんだけどさ、おばちゃんその気遣い出来ない訳よ。タウロス来てくれないと帰れないんだよね。……ちょっと今日はアレイオーンの撮影で朝が早くて疲れちゃっててさ。先生ん家まで歩くの辛いわ。ごみんね」


「ちょっと変な気遣いしないでよ! 恥ずかしいでしょ!」俺の背からカナが顔を出す。


「謝らないでくれよ。悪いの俺だから」


「うん。フォス君が一番悪いね。そして美味いクッキー放り投げた人魚もクソ悪い」


 ぐ、とカナは唇を噛む。


「わ、悪かったわよ」


「全部食べちゃったからね。ざまぁみろ。……しかしそれでも儂は気が済まなんだ」


 俺とカナは互いを見遣る。一体何を要求するつもりなのだろうか。


「ラブラブな二人の写真撮らせてくれたら許したる」


 満面の笑みを浮かべたフシアナはカメラを俺達に向けた。




 後日、ハンスから封筒を渡された。フシアナから写真が送られて来たらしい。俺の分は一枚きりだった。俺らがウンザリする程にシャッターを切った癖に結局選んだのは隠し撮りの一枚だった。きっと帰りのケンタウロスの鞍上から撮ったのだろう。流木に腰かけて居眠りする俺を抱きしめるカナの後ろ姿。『どんなシーンよりも君達らしかった』と一筆箋が添えられていた。


 カナに見せてあげよう。ジャケットの内ポケットに写真を偲ばせハンスの家を出ると昼の空には儚げな上弦の月が浮かんでいた。




                                       了

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