4.「ご主人様」の「お仕事」
「ご主人様」
そう言い、玄関口でこちらに
「うむ」
我ながら何が「うむ」なのかよくわからんが、今此奴と会話すると折角のシリアスな気分が壊れそうな気がするので手短にやりとりは終わらせたいところだ。
「行ってらっしゃいませ」
だが、そんな主人の失礼な心配を他所に、彼女はまさにメイドの鑑のように言葉少なに主人を見送るだけに留めた。
これは我の被害妄想が過ぎたな。
猛省せねば。
「マリアよ」
「終わりましたら、寝室までお越しください」
「仕事しろ」
え? みたいな顔をするな。被害者は自分みたいな挙動をやめろ。
お前の仕事は家事手伝いだ。一極集中するな。
――場面転換
台無しだ。
彼奴やはり台無しだったわ。
我々の住む居住はまさに屋敷と呼ぶに相応しい豪奢な作りであることは、少なくとも、そこに入るものにはそんな印象を与えるだろう。
そんな屋敷から出て間もない間、玄関口のメイドの相手を少しでもした自分の甘さに辟易する想いに支配され、何ゆえ自分がわざわざ日頃ほぼしない外出をしたのか理由をしばらく思い出せずにいた。
だが安心して欲しい。
理由そのものがそこに待ち受けている以上、忘れたままということはないだろう。
「出てきたなぁ! 悪魔ぁっ!」
そうだ、そうだった。
やかましいのがいるのだった。
そう思うと忘れたままが幸せだったのだろう、切ない気持ちで一杯だ。
しかしこれも安心してほしい。
この気持ちをぶつける相手も、やはりそこにいるのであるからして。
「何度も何度も全く飽きもせず繰り返しこちらの話を聞いてないのだな。
我は悪魔ではない。そこらの村にいる木こりにすぎぬ」
なので話す口調は攻撃的であり、その眼差しは辟易だ。
もちろんそんな受け答えで相手が気持ち良いはずもない、案の定気分を害したような、いや当初から既に不機嫌であったので、あまり表情は変わらぬな。
「はぁっ!? はぁぁぁぁっっ!?
おま、お前はぁっ! 自分がしている所業を自覚してなお、そう言うのかぁつ!」
何でもいいが、少し音量を下げてはもらえないだろうか。
一々耳が苛つく。
「えこー」を効かせるなよ。
「所業。所業の。
そうだな。貴様らがやはり飽きもせず繰り返し聞かせてくれるので、我はきちんと覚えておるよ」
貴様らと違ってな。
そんな思いを皮肉と載せたのだが、あまり意味はなかった。
「覚えていて、なおその傲慢な口ぶり。
紛うことなき悪魔だお前は!」
此奴もしや我を「悪魔」と言いたいだけなのでは。
まさか我の追っかけなのでは。
すまん。だいぶ気持ちが悪いので遠慮させてもらいたい。
「何だその目はぁっ!」
何だと言われても。
性差別的な目だよ。
オスは「のーさんきゅー」だ。
そう、目の前の迷惑な騒音主は男性だ。特に特徴という特徴もない、一般的な中年の町人といった格好。平民風で、中年の男性ということは、今回は「シャオリィ関係」であろうか。
「誘拐魔め!」
やっと違う呼び名が出てきた。
そして、大体背景やスタンスは異なるものの、ここにくる人間の9割が大体この「誘拐」云々の要件である。
曰く。
「シャオリィを、うちの姪っ子のシャオリィを返せ! このあくまぁ!」
だそうである。
毎回一応考えはするのだが、やはりその主張は受け入れ難い。
どう考えても我、誘拐はしてないと思うのだ。
言わせてもらえるのであれば、なんであれば、我こそここに誘拐されてきているとさえ思う。思うのだ。
だって我だってここにきた経緯が全くわかっていない。寝て気が付けばこんなところに放り投げられていたと、そんな話を聞いてみれば、誰しもが我の被害者たる所以を知ってもらえると思うのだが。
だが、定期的にくるこの珍客たちはその主張を全く聞く耳持っておらず。何であれば、
悪いがそこまで暇ではない。
「………これも前に応えたと思うのだが………
あやつらに聞いてもお主らなんぞ知らんし、誘拐などされていないというではないか」
そして根本的な話として、本人らがこの話を全否定だというのだから、もう我はこの時間が徒労に感じて仕方ない。
せめて彼女たちが相手を知っているというのであれば、彼女たちが帰る場所を聞くこともでき、話によっては普通に連れ帰っていただくのだが。
知らんというし。我にどうしろというのだ。
「そんなわけがない! 言うに事欠いてそんな戯言が通じると思っているのか!
本人を出せ! そうすれば全て解決するのだ!」
「そうは言うがなぁ………」
貴様ら、本人出したら無理矢理攫うではないか。ヘタをすると殺しかかるやつも過去おったぞ。
何よりも本人が出ることをひたすら嫌がっておるし。
正直、彼女らの「知らない」は割と疑わしいとは思っている。知らないなら、あれほど嫌がり怯える理屈が通らんしな。いや、最初の頃は知り合いなのかと思ってだいぶ渋られつつも相手をしてもらっていたのだが、最終的に実力行使に出ることが主だったため、以降本人たちには余程のことがない限り直接対応することは許していない。
箒――と思って手に取ったが、よく見ると穂先が布拭き仕様のため、これはモップだったのだろう、それを軽く一振り二振りしながら、ふと気になったことを問いかけてみる。
「貴様、シャオリィを姪と抜かしたな」
「………それがなんだ」
「つまり貴様はあやつの叔父と言うわけだ」
「何が言いたい!」
「いや。何人目だったかと思ってな。叔父」
「………!」
そう。
どう言うつもりなのか知らんのだが、一度クレームに現れた人間は、二度と訪れておらず、毎回別の人間が現れるのだが、役割が割と似通っているというか、直接的な物言いをするなら「丸被って」おるのだ。
あやつ何人叔父がおるのだ。
いや、いる人間はいるのだろうが、大家族すぎるだろう。20人叔父って。
だが、それはまだマシな方だ。
シャオリィの恋人という人間に至ってはもうすぐ30人の大台に載る。なんかもうあやつに対する認識に偏見がついてしまいそうになる。
そして、それは多かれ少なかれ「マリア」にしろ「美音」にしろ、それに類する奴らが飽きもせず後もきれず押し寄せてきよる。
そして、これも妙な話だが、一日には一人以上来ることはない。
何ともまぁ、ここまで来れば作為的なものを隠しもしないその態度に、こちらとしても真面目に対応する気が失せるのも、同調せざるを得ないと言うものではないだろうか。
なので、そろそろ今日も切り上げることにする。
「そ、そんなことはどうでもいいだろう! 早く「うむ疾く早く済ませよう」はや……え?」
やることはひどくシンプルである。
モップを左手に持ち替えながら無造作に相手に近づき、そのまま片手で後ろに振り上げ、
バットのスイングのように前に振り抜く。
グシャッ
「がぁっ!?」
そして振り抜いた先にあった中年の豊満な腹にめり込み、そのままやはり勢いを止めず振り抜き終えた。
何の抵抗もなく、足が地面を離れ、それに留まらず中空に舞う。
そして飛びゆく自称シャオリィの叔父。
さようならシャオリィの自称叔父。
毎回のことだが、人って簡単に飛ぶものよな。
◇ ◇ ◇
いろいろ諸兄にも思うところがあったと思う。
我もある。
まず、何だこの馬鹿な力は。
一振りで男性一人を視界外まで吹き飛ばすその膂力は、果たして人の範疇に収めていいものなのだろうか。
我は普通のきこりだと言うておろうに。
あと、あのような所業を施された相手は、まぁ、ヘタをせずとも死んでおるんではないか? と言うもの。
相手は偽物なのか何なのか解らないものの、一応我が下僕たちの身内と名乗った連中である。流石においそれと命を奪うのはどうかとは思っている。
それについて、当事者である彼女らの談なのだが。
「お勤めご苦労様です、ご主人様」
その言葉通り一仕事終えた自分を玄関で迎えたのは、やはり侍女長であり、そしてこれもまたやはり
これはお勤めなのか。確かに仕事のように定期的に淡々と努めてはいるが、それであれば随分血生臭いお仕事に就いてしまった。
「今日はシャオリィの叔父だったようだ。
いつも通り吹き飛ばしてしまったが………」
そんなこちらの言葉に、マリアは頭を上げ、濁りのない笑顔で言う。
「ご主人様はお優しい。あのような者共にさえ気遣いをなされる。
ですが前からお話ししている通りそれらは不要です。
彼らは「死ぬわけではない」と言うのはご存知でしょう?」
死ぬわけではない。
彼女らはそう言う。
誰とも知らないという彼らの、しかし生存如何については存じていると。
事実我も彼らの死体を確認できたことはない。
正しくは、「対応」した後の彼らが幻のように消えゆく姿は見たことがある。
幻のように、夢だったと自分を誤魔化す妄想のような事象を、数十回も見せつけられ、そろそろ「そう言うことなのだろう」と受け入れるようにはなったが。
人は死ぬ時、霧の様に儚く消えゆく存在だったろうか? そんな幻想的で清廉な存在だったと言うなら随分ありがたい話だが、そこまで人間に夢は抱けるとはもう思えない。
いろいろあったしな。
「では」
そう言って、こちらが手に持っていたモップをさりげなく受け取ると、侍女長マリアは再度一礼し踵を返してその場を立ち去った。
その姿は、過去先祖が幾人も美しい人物の後ろ姿を花と見立てたことに、共感を得るに不足ない所作であった。
しかしマリアよ。
そちらにはおそらく我の寝室くらいしかないわけだが。
行かぬぞ。
仕事しろ。
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