2.「時間感覚」のない「生活」
◇ ◇ ◇
——というよりは、正直このメイドたちがなぜに自分に従属しているのか、未だ良く知らない。
なんという様な言葉は、主人としてのアイデンティティが崩壊し、自虐の様に発されたものではなく、ただの事実である。
私は、少し特殊な出生ではあるものの、一般的な100人規模程の村で生活していた、ただの木こり見習い25歳独身でしかないのだが。
言葉が少し老成過多であるとはよく言われるが、そんなものは個性のうちに過ぎない。
過ぎるというならば、真っ先に厚遇が過ぎているだろう。
理屈の分からない隷属は、先程にならっていえば恐怖をまず感じる。この状況について、説明もないまま三ヶ月ほど過ごしてみたが、慣れる兆候もなく、正直をいえば昔の村人生活に戻りたい。
まあ、その昔はといえば天涯孤独であり、当時は当然のように思っていた一人暮らしも、今となっては寂しいものだったように感じるので、戻れば戻ったで今の生活を恋しく思うのだろうが。
さて。
うだうだと考えているうちに、メイド三号の部屋の前に着いてしまったな。
今更だが、仮にも主人の仕事なのか、これは。主人扱いする気がないのならそう言ってほしいのだが。
まあよい。
コンコン
「美音。起きているか? なんぞ我が対応せねばならんのか謎ばかりだが、寝ているのなら早急に起きてくれると助かる」
.........
返事はない。
この時点で指命を果たしたとしてもいい気が凄いするが、我は主人特権とやらで各メイドの部屋にいつでも入ってよいことになっている。
それについては、小躍りの上、勝ちどきをあげてもよいほどの喜びだが、今は引き返してよい理由を潰す悪しき権利だ。
「入るぞ。ダメなら返事をしてくれ」
是非。
——間——。
一分ほど待った。
ダメなようだ。仕方あるまい、これ以上は醜い先延ばしにしかならないだろう。意を決して——鍵がかかっている事にかけよう。
ガチャ
報われなかった。まあ、さして期待もしていなかったので、軽い失意はあるものの、今度こそ入室した。——まだ、すでに起きて部屋にいない希望が残っている。
その
その少女——シャオリィより更に年若な彼女が「
それはいいが、これ、本当に我は入室してよかったのか?
レース付きの上下に分かれた、羊毛の温かみを感じる淡いピンクのパジャマ。
そんな風に全貌を評せるほどに、彼女は布団を全くかぶっていない。フルオープンの様相だ。
その上、上着がへそが見える程めくれ上がり、下も、白い下着が若干お目見えするほどずれてしまっている。
ガッツポーズのように片腕をベッドの上部に向けて振りあげられ、股は大胆に広げられている。
寝相
何だこのメイド。子供か。子供だが。明確に聞いたわけではないが、この見た目は高く見積もって14,5の頃だろう。
流石にここまであけっぴろげにされると、色気も感じんな。元々一部分を除いて色気とは程遠い位置にいる奴ではあるし、今更ではあるが。
とはいえ、こやつも性としてはめしべの方に傾く生物だ。余りこのようなあられもない姿を異性に見られるのも不憫だろう。
さっさと起こし、こやつ(と我)の不名誉を少しでも削いでやらねば。
そうして気持ち足早に美音に近寄り、幾何かどこに触ってよいか逡巡したが、結局無難であろう肩に手を置く直前に、美音の口が開いた。
「むぅ。むぅ……。
——うへぇ」
やばい顔しておる。
いや、笑顔なのだろうが、若干下品な印象が過半数を超えている。
まぁ、子供らしいとしておこう。
そう思い、改めて起こそうとすると、今後ははっきり言葉をつぶやき始めた。
「主様ぁーーー。
うみぃ……。
だいすきー」
………。
まぁ待ってくれ。
違う違う。
ロリコンじゃない。
我はロリコンではない。
こやつはすぐ、人に対して好意に準じる言葉を口にするのだ。
我に限った話ではなく、「シャオリィ」や「マリア」にも毎度挨拶のように触れ回っている。
つまりは、性嗜好的な好きではなく、友愛的なそれだ。
なんぞまだ、次は横向きに寝転がり、性懲りもなくまた「主様スキスキぃ…」と寝ぼけながら掛け布団を抱きしめ、何やら激しい頬ずりを始めているが、誤解なのだ。というか、こやつこれでまだ寝てるのか。
「あふ………。
……ん……」
という疑問はさしあたり妥当なものであり、既に意識的には「寝惚け状態」に近かったのだろう、程なく彼女の眼は薄く開けられ、視点の定まらないない中、何となくだが私を視界に収めた空気を感じた。
「…………むぅん?
あるじーさまー?」
「ああ、『あるじーさまー』だ。起きろ美音」
コミカルな呼び名をあえてそのまま返すと、さらに意識が浮上してきたのか、目を擦り上体を起こしながら、一度伸びをして、目をしばたたせた後、再度こちらを見た。
「んー………。
主様ぁ?」
「なんだ?」
言ってみるがいい。
「いつもの気持ち―の、してくらさいー」
「やめろ。さっきから貴様は我にどうなってほしいのだ」
主が捕まってしまうぞ。
まぁ……多分これのことだろう。
嫌な汗を背中に感じながら、右手を美音の頭の上にある『耳』を伏せさせるように置き、柔らかく揺らす。
しばらくすると、正解だったのか、また眠りにつきそうな至福が顔に張り付いたような表情になる。寝てはいかんぞ。寝たらやめるぞ。
そのまましばらく、なでり、なでりと......
なで.......
まて。
思わず頭を気安く撫でているが、何をしている。
起こしに来た責務などはこの際どうでもよいが、年端もいかぬ女子に不用意な接触とはずいぶん危ない橋を渡るじゃないか。
どこの主人だと言えば、我しかいないので、誤解も生まれる余地はない。
罪を擦り付ける相手が不在のため、撫で付けていた手を即座に離陸させる。させるが、うまく離陸できずにいる。なんと地面が、頭が手を追尾してきおった。
我が翼。こうなっては失ったも等しい。
「というか、何をしている。手に吸い付くな。さっさと離れなさい」
「わがつばさぁ?」
拾うな。
そして貴様手を追い越してしまって、既に主への頭突き攻撃に移行しておるぞ。ぐりぐりするな。不敬というか、懐き過ぎだ。
若干しつこいので、少し強引に頭を引きはがそうとすると、涙目で「じゃあほっぺにチュー」と脅しをかけてくるわがメイド。メイドってなんだ? 自由ってことか?
少し哲学タイムに入り込みそうになっていると、もう飽きたのか、美音は着崩しと呼ぶとおしゃれ上級者に怒られそうな乱れた姿のままベッドから飛び降り、一つあくびをするとこちらに振り向き「にやーっ」と笑った。
「しょうがないなー。主様がどうしてもって言うなら起きてあげるよー」
「本当だな? それくらいお安い御用だ。『どうしても』」
プライドってなんだ? おいしいのそれ?
そんなメイドのためわが身を投げ打つ主人に、美音は何となく温度の下がった視線を一つくれると、もう一つあくびをする。
「もうちょっと寝させてくれても、罰は当たらないと思うけど、んねっ」
主人に起床を手伝わせた貴様に罰は下っていいと思うが――まぁ待て、ここで着替えるな。何をそんなに焦ることがある。ゆっくり落ち着いて別室で着替えてくるがいい。どうしてそんな頑なにここで脱衣する所存だ。なんだ貴様。謝ればいいのか。ごめんなさい。
「もうちょっと、と貴様は言うが、もう皆とっくに起床して仕事をしているぞ、朝は起きるもの――」
再度尊厳が唾棄されたことを誤魔化すように、弾みで口をついたことが良くなかったのだろう。そう。何故尊厳が汚された被害者の私が気を遣って誤魔化すのだ?
「あはは。主様。『朝』って」
もちろん良くなかったのはそこでは――そこだけではないが。
「『ここ』に『朝』とかないじゃんかー」
彼女は明るくそう言うが。
『それ』は間違いなく、ここの生活における大問題であり。
平穏ならざる障害に他ならなかった。
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